第22話、玲喜は誰にもやるつもりはない



「玲喜だけは誰かにあげるつもりも、今後手離す予定もない。他をあたれ」

 目を細めて告げたゼリゼは、背筋が凍りそうな程に冷めた表情をしていた。

「玲喜大丈夫か? 部屋に戻れそうか?」

「ん……」

 首を上下に振って肯定の意を紡ぐ。

 本当はまだ動きたくない程に吐き気がしていたが、この場に居たくなくて玲喜はゼリゼの首に腕を回して抱きつく。

 ゼリゼの腕の中で体温を感じていると心身共に落ち着いてきて、胃のムカつきも治ってきた。

「へえ……」

 低く落とされたマギルの声と、獲物を前にしたような獣みたいにギラついた視線が身に刺さる。

「玲喜。おれお前のこと諦めないからな」

「オレの全ては……ゼリゼにあげた。アンタにやる分は残ってねえよ。諦めてくれ」

「ゼリゼがいない時にでもそっちに遊びに行くわ。体の相性はおれとの方が良いかもしれないだろ。試そうぜ。あーあ、今日ももっと手こずると思ってたんだけどなぁ」

「無視かよっ! アンタにやる分ないっつったろ!」

 突っかかった玲喜を見て、閉じられていく扉の向こう側で爆笑しているのが玲喜の方まで聞こえてきた。

 急に歩みを止めたゼリゼが振り返る。

「やはり今日のはあの二人が仕組んだ事か……」

 ボソリと漏らした呟きと共に、暗雲が立ちこめた気がした。

「ゼリゼどうかしたのか? 忘れ物か?」

「ああ〝忘れ物〟だ。今ここで消し炭にするという重大な忘れ物が出来たとこだ」

「なんか忘れ物に対してのニュアンスが違ってる気がするんだけど気のせいか……?」

 ゼリゼの右手の掌に膨大な量の魔力が集まっていく。先程の魔法壁の色の事もあり、ゼリゼが主に扱う魔法が闇属性だというのを玲喜は今日初めて知った。

「気のせいじゃありませんね。間違いなく中身ごと部屋そのものが消し炭になるでしょう。まあ、あの二人が消えた所で何の問題もありません。寧ろ喜ぶ人が多いかもしれませんね。主に私とか」

 ——ラルだった!

 ラルの顔が喜色に染まる。止める気もさらさら無さそうだ。

 あの二人と出会ってまだ一時間も経たないくらいなのに、ラルやゼリゼがあの二人に今までどれだけの苦労をさせられてきたのかが、手に取るように分かってしまった。

「いや、でも駄目だ。問題も大有りだろ。待て待て待てゼリゼ! ダメだ。消しちゃダメだ。正気に戻れ。とりあえずその忘れ物の事を忘れよう!」

「大丈夫だ玲喜。安心しろ、俺は正気だ」

 ゼリゼからの返答はまともだった。その顔が闇堕ちバーサーカーのようになっていなければの話だが。

 ——全然正気じゃねえ‼︎

「ラル……っ!」

 ゼリゼが止まる気配を見せない為、玲喜はラルに縋るような眼差しを向けた。

「お願いだ、ラル!」

 必死な様子にラルが、やれやれというように肩をすくめる。

 セレナや喜一郎に恩義を感じているラルは玲喜には弱いとこがある。恩人の孫は恩人と変わらない。

「しょうがないですね。玲喜、ちょっと浮いててください」

 ラルは玲喜に浮遊魔法をかけて、ゼリゼの背後に回ると首筋に手刀を入れた。

 ゼリゼの手が玲喜から離れた瞬間、玲喜の体が空中に浮く。見えないベッドに転がっているようで中々気持ちよかった。

「ラル……っ、貴様……」

「はいはい。お叱りは後でたーぷりとお聞きしますよ」

 倒れ込んでいくゼリゼの腕を肩に乗せて歩き出したラルに続いて、玲喜たちはその場を後にした。

 部屋に強制連行されたゼリゼは、目を覚ました瞬間から玲喜から離れなくなっていた。

 初めはずっとベッドの上で横抱きにされていたのだが、視界がずっと傾いたままだとさすがに酔う。

 背後から抱きつく形に変えて貰ったのは良いものの、ゼリゼは何も言わずに玲喜を抱きしめたまま彼此一時間は経過していた。

「ゼリゼ。何がそんなに不安なんだ? オレのせいか? オレに求めたい事があれば言ってくれ。もうすれ違うのは嫌だ。あれはツライ」

 振り返ってゼリゼと正面から向き合う。やっと視線が絡んだ事に安心した。

「……玲喜のせいではない。この国に来て、お前がこれから注目されるだろうというのは分かっていた。いざそうなってみて、お前が誰かにとられるかも知れないと考え、みっともなく俺が慌てているだけだ。情け無いな」

 両手でゼリゼの頬を包み込んで、軽く口付ける。

「みっともなくないし情けなくない。こうやってちゃんと言葉で伝えてくれるようになったから嬉しいよ。オレは誰に興味を向けられてもゼリゼしか見てないし、ゼリゼしか欲しくない。オレにとってゼリゼはもう切っても切れない存在になっている。こうやって触れるのもキスするのも体を重ねたいのもゼリゼだけだ。なあ、ゼリゼはもうオレを抱くのには飽きたのか?」

 マーレゼレゴス帝国に来てからゼリゼと一緒にベッドを共にするものの、一度も体を重ねていない。

 もしゼリゼが不安に思っている気持ちにそれも含まれているのなら、先ずはそこから改善していきたかった。

 少しでも良いからゼリゼに安心感を与えたい。

「飽きるわけがないだろう。俺も反省はするし、過ちも正す。玲喜が嫌がる事はもうしたくないだけだ」

「それはゼリゼに嫌われてると思ってたから嫌だっただけだ。気持ちが繋がった今は、ゼリゼに触れられるとオレは嬉しいぞ」

「だが、玲喜……体調は大丈夫なのか?」

「甘い匂いがなかったら何とも無い。平気だ」

「本当に触れても良いのか?」

「いいって言ってる。オレはゼリゼに触れたいし、触れられたい」

 膝立ちになってゼリゼに口付ける。自分から舌を絡ませて吸い付くと、後頭部に手が回りそのまま固定された。

 口内の奥深くまで犯され息継ぎが上手く出来ずに口を離すと、先ほどとは違い欲の孕んだ視線を向けられる。気恥ずかしくなったが、視線だけは逸らさなかった。

「オレ、変じゃないか? ちゃんとやり方合ってる?」

「変とは?」

 何度もフレンチキスを繰り返して、顔の角度を変えて口付け合う。

「こうしてキスするのもセックスするのもオレはゼリゼが初めてなんだよ。だから勝手が分からないというか……他にやり方とか、その……やって欲しい事とかあれば、教えて欲しい」

「お前、初めてだったのか」

 ゼリゼにポカンとした顔で見つめられる。

 玲喜は困ったように笑い、ゼリゼの額に額を合わせた。

「初めてだよ。オレは全ての事が……ゼリゼが初めてなんだ。日本はここみたいに同性愛者に優しくない。ちゃんとした恋愛すらした事ないし、だから恋愛対象が男だとゼリゼにもバレないように気をつけて……ンンッ!」

 言葉尻はゼリゼの口内へと消えた。

 口付けたままベッドに優しく押し倒されて、歯列をなぞられまた深く口付けられる。その間に着ていた服は全て脱がされ、ゼリゼの掌が玲喜の素肌を撫でた。

 無い胸を揉みこんで突起を摘む。それだけで玲喜の腰には甘い疼きが走り、全身が大きく震えた。



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