第5話、お前の側はよく眠れる


 あれ以来手掛かりは何も掴めないまま、二週間以上が経過しようとしていた。

「お前毎日オレの布団に潜り込んでるよな……」

 客室にはちゃんとゼリゼ用の布団を敷いている。

 寝に入る時も別々だ。

 なのに朝になるといつも抱きしめられて寝ている状態だった。

「お前を抱き込んで寝ると何故か睡眠の質が良くなる。疲れもよく取れる。玲喜お前ももう一度一緒に寝ろ」

 布団の中に引き摺り込まれて抱きしめられる。玲喜からすれば意味不明だった。

 距離感がバグっているとしか思えないゼリゼにため息をつく。

 勘弁して欲しい。それに朝だけに困った生理現象に見舞われそうだ。

 性癖は極力ゼリゼにはバレたくない。有り体に言えば非常に困る。

「離せ。オレはこれからバイトなんだよ」

「俺を放置してまた家を空ける気か」

「仕方ないだろ。バイトに行かないと生活が出来なくなるし。これからの引っ越しにも金が掛かるんだ。それにお前の好きな味噌汁が作れなくなっても良いのか?」

「それは困る」

 ゼリゼの腕の力が緩まった隙に布団の中から脱出する。

「電車代と弁当置いとくからな。でもあまり遠くまで行くとお金足りなくなるかも知れないから気をつけろよ。夕飯は冷蔵庫の中にあるから、いつもの様に温めて食べてくれ」

「分かった」

 ゼリゼは一度乗り方を教えておいた電車に乗って、遠くまで散歩するのがお気に入りらしい。一緒にいてやれないから良かった。

 ゼリゼは一度見たものや教えたものはすぐ覚える。きっと地頭が良いのだろう。

 玲喜は朝から夜までバイトで家を空けているので、ゼリゼには外出する楽しみを一通り教え込み、この世界での生活方法を説明していた。

 起き上がるとノソノソと洗面台に向かったゼリゼを見やり、玲喜はバイトへ向かった。


 上がれる時間になり玲喜が家に着くと、ゼリゼがちょうど風呂から出てきた。

「帰ってたのか」

「ただいま。ついさっきだ。オレも風呂」

 ゼリゼと入れ替わりで風呂に直行する。

 出てくると、ゼリゼがアルコール飲料の缶を手にしていて玲喜は焦った。

 飲む前で本当に良かった。

「こら、アルコールは二十歳からだ!」

「そうなのか? マーレゼレゴス帝国では十五歳から飲めるぞ」

 缶を取り上げて代わりに一気に飲み干す。それをゼリゼが驚いた表情で見つめていた。

「何だよ、ジッと見つめて?」

「アルコールを口にしているとなると、玲喜お前二十歳を超えていたのか」

「俺は二十一歳だ。悪かったな童顔で」

「いや、どちらかと言うとそのペラペラの体をどうにかした方がいいぞ」

 頭のてっぺんからつま先までゼリゼに何度も観察されてしまい、玲喜は少し拗ねた口調で言った。

「お前と違ってオレは脂肪も筋肉も付きにくいんだよ。というより、おかしいのはゼリゼだからな? 十九歳の体つきじゃない」

「そうなのか? 俺の周りは皆こうだぞ。それよりも玲喜、腹が減った。夜食が食べたい」

「まだ育つつもりなのか!」

「羨ましいか?」

 ふふん、と鼻を鳴らされる。

「ムカつく」

 正直な気持ちを述べると、肩を揺らしてゼリゼが笑った。

 家族とは何処か違う。初めて気兼ねなく話せる友人が出来たような気分になって何だか居心地いい。

 冷蔵庫を開けて食べ物を物色する。簡単なツマミを何品か作ってゼリゼの前に出した。

 まだぎこちなく箸を使っているのが分かり、玲喜はバレないようにゼリゼに背を向けて笑う。

「おい……。笑っているのは分かっているぞ」

「ごめん、態度は偉そうなのに箸使いは拙いからギャップが可愛いなと思って。馬鹿にしてるわけじゃ無いんだ……っ」

「ったく。この俺に対してそんな態度を取る輩などお前とラルくらいだぞ」

 不機嫌そうに眉根を寄せたゼリゼを見て、玲喜はこれ以上開かないくらいに目を見開いた。

「え、ラ……ル?」

「ああ。前に話しただろう? 異世界転移した事がある従者がいると。その男がラルだ。どうかしたのか玲喜?」

「いや、何でもない。その人……何歳なんだ?」

 動揺をなるべく悟られないように気をつけながら、玲喜は尋ねた。

「今年三十歳になると言っていた」

「そっか」

 安心した。

 年齢を聞く限りだと玲喜が知っているラルとは別人だ。何せラルと会ったのは、十六年前だからだ。

 出会った当時にはもう二十九歳だったので、生存していたとしても四十五歳を超えている。同一人物である筈がない。

 冷蔵庫からアルコール飲料をもう一本取り出してプルタブを押し上げる。

「まさかお前、俺を差し置いてまた一人だけ飲む気か?」

「だってゼリゼは二十歳になってないだろ」

 今度は玲喜が鼻を鳴らして笑う。それから晩酌を始めた。

「有り得ない」

 ゼリゼが呟いた。そしてそれから三十分後だった。

「……有り得ない」

 ゼリゼは額に手を当ててまた呟いた。

 自分から晩酌を始めたというのに、二本目を飲み切らない内にダイニングテーブルの上へと上体を倒したまま、玲喜が動かなくなったからだ。

 玲喜は飲むのは好きだが、アルコールにあまり強くなかった。

「玲喜、寝るなら布団で寝ろ」

 ゼリゼが玲喜の肩を揺すって起こす。

「んーー……。ゼリゼ……連れてって?」

 玲喜の手が持ち上がり、ゼリゼの頬を撫でる。蕩けた表情がゼリゼを見あげた。

「お前……アルコールが入るといつもこうなのか?」

「何が……?」

「甘えたになると言うか、人懐っこいと言うか」

「んー? 他人と飲んだ事ないから分からない」

 ヘラリと笑った玲喜の言葉を聞いてゼリゼがため息をつく。

「少し待っていろ」

 ゼリゼは布団を敷いてダイニングに戻るなり、玲喜を横抱きにした。

 玲喜の部屋に入り、布団に下ろすと玲喜は幸せそうな顔で体を丸めて寝ていた。

 ゼリゼは玲喜の顔に手を伸ばして頬を撫でて、途中で手を止める。

「一体何をしているんだ俺は……」

 布団の横で胡座をかいて座り直す。

 今まで生きてきて、誰かを寝床に抱えあげて寝かせる等、今までかつて一度だってした事がない。しかも頬を撫でるなど……。

 ゼリゼは己の行動が信じられなかった。

 眉間に刻まれた皺を伸ばす様に手を当てる。

「ゼリゼ?」

 薄っすらと目を開けた玲喜がゼリゼの姿を捉え、ボンヤリとしながら玲喜は上体を起こした。

「お前な、起き上がれるのなら自分で……」

 ゼリゼが言い終わらない内に、その口は玲喜からの口付けで覆われる。

 酔っている思考回路では、性癖がどうのこうのという話はすっかり抜け落ちているようだった。

 玲喜は酔っていて気がついてもいない。

「ふふふ、怒ってる奴にはこうするのがいいってテレビでやってた。機嫌直ったかよ?」

 すぐ離れていった唇を追って、ゼリゼは玲喜に口付けた。

 数回口付けると、玲喜が唇を開ける。それを合図に口付けは深くなり、ゼリゼは玲喜の口内に深く舌を潜り込ませて、内部を余す事なく犯した。

 歯列をなぞり上顎を舐め上げる。悩ましげな玲喜の嬌声が、口内でくぐもって漏れた。

「ん、んぅ……あ」

 それからは、なし崩しで行為がエスカレートしていく。

 ゼリゼが玲喜の上着を脱がせて白い肌に吸い付くと、玲喜は首を傾げて状況を処理しようとしているのかゆっくりと瞬きを繰り返した。

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