第4話、セレナの秘密

「お前、何故これが王族の証だと分かった?」

「子どもの頃セレナが王族の証がオレたちの目の色だって教えてくれた…………あー‼︎ 思い出した! その国名何処かで聞いた事があると思ったら、子どもの頃セレナが作ってくれた絵本に出てきたんだよ! アレキサンドライトの事もその時教えて貰った!」

「絵本? それはまだあるか?」

 二人でセレナと喜一郎が使っていた部屋へと向かい、押し入れを開ける。

 整理整頓された箱が並んでいて、一つずつ取り出して中身を確認していく。その内の一つを開けると煌びやかな白いドレスが出てきた。

「これはマーレゼレゴス帝国のものだ。しかも王族用のドレスだぞ」

「え、嘘……」

 何故セレナがマーレゼレゴス帝国の服を持っているのだろうか。それも王族の物だ。セレナは銀髪で、玲喜と同じ不思議な色合いの瞳をしていた。

 名前と見た目で玲喜は外国人だと思っていたのだが、異世界人の可能性は全く考えていなかった。

「セレナと言っていたな? その者はどこに居る?」

「セレナは十年以上も前に病気で亡くなったよ」

「そうか……」

 落胆するゼリゼを見て、玲喜も残念な気持ちになってくる。

 セレナが生きていたら、もしかしたらゼリゼが元の世界に戻る糸口が見つかったかも知れないからだ。

 その他の荷物を開けていくと目当ての絵本が出てきた。

「ゼリゼ、これだ! あったぞ!」

 もう古ぼけてすぐに破れてしまいそうな代物だけど、虫には喰われてはいなかった。

 その絵本を開いて、またしてもゼリゼの目が驚きに見開かれていく。

「この絵本の挿し絵は、どれもマーレゼレゴス帝国の景色そのものだ」

 手書きで書かれたイラストを何枚も捲っていって、二人で文字も読んだ。

 小さな頃は良く分からなかったが、その絵本はファンタジー世界を主軸にした、双子の少年たちが主人公の冒険譚だった。

「セレナはマーレゼレゴス帝国の人物だった可能性が高い。それも王族だ」

 ゼリゼの言葉にドキリとした。玲喜も同じ事を思っていたからだ。

「え? 嘘……何で」

「お前は何も聞かされていなかったのか?」

 ゼリゼからの問いに、勢いよく縦に首を振る。

「セレナは外国人だと思ってた」

 セレナがもしマーレゼレゴス帝国の人物だったのだとすれば、帰らずにそのまま日本で過ごしていた事になる。

 喜一郎は知っていたのだろうか。

 帰り方が分からなかったのか、それとも知っていてあえて帰らなかったのか真相は分からないが、後者のような気がした。

 喜一郎はセレナを本当に愛していた。

 愛して大切にしていた。

 職人肌の喜一郎は無口で厳しい人物だったが、セレナと玲喜に向ける眼差しはとても優しく、慈しみを帯びていたのを思い出す。

 心臓を鷲掴みにされたような痛みが走った。

 ——じゃあ、もしかしてあの人も?

 脳裏に一人の人物の顔が思い浮かぶ。

 いつの間にかこの家に住み、いつの間にか居なくなってしまった男……玲喜の初恋でもあったラル・マニアンスもまた転移してきていた可能性が出てきたからだ。

 あの喜一郎が文句一つ言わずに家に住まわせたのは、セレナと同じ異世界人だと知っていたからではないのか。

 それならラルがセレナに『様』を付けて呼んでいた理由も納得がいく。

 ゼリゼは昨日此処に来たのは何か意味があると言っていた。今なら玲喜も同意見である。恐らくはセレナが持っていたマーレゼレゴス帝国の持ち物が鍵となり呼び寄せている。

 しかしラルの事を聞くと、自分の性癖までも露見してしまいそうで、玲喜は何も聞けずに視線を落としたまま口を閉ざした。

「玲喜、どうかしたのか?」

 初めてゼリゼに名前で呼ばれた。

「ううん、何でもない」

 玲喜は力なく首を振って答える。

 そのまま荷物を漁っていると、ゼリゼが持っているアレキサンドライトの指輪や、アクアマリンのネックレスといった装飾品が出てきた。

 昔見せて貰ったネックレスだ。

 ゼリゼの瞳に良く似た宝石。アクアマリンを薄めてシルバーをメインにするとゼリゼの髪色になる。

 船乗りを愛してしまった人魚の涙とも言われている宝石は、今も褪せる事なく輝いていた。

『玲喜、どうにもならない程困った事があったらこのネックレスを持っていなさい。貴方を導いてくれるわ』

 セレナの言葉が脳裏で蘇る。

 もしかしたらこのアクアマリンが鍵なのかも知れない。

「セレナはやはり王族だ。この純度の高いアレキサンドライトの指輪とアクアマリンのネックレスがその証だ。しかしセレナという名は聞いた事がない。何故だ」

 そこまで言葉にしてゼリゼが一度口を閉じる。何かを思案するように顎に手を当てていた。

「玲喜、お前はセレナの本当の血筋か?」

 静かな口調で問いかけるゼリゼに、首を縦に振って見せる。

「そうだよ」

「それならば玲喜、お前と俺はハトコという関係になるのかも知れん。やはり俺がこの家に転移したのは偶然じゃない。お前に流れる我が帝国の血と、この王族の証に呼ばれているのだろう」

 それには流石に目を瞠る。

「ゼリゼとオレがハトコ⁉︎」

「そうだ」

 さっきから驚いてばかりだ。

 ゼリゼの為に手掛かりを探るつもりでいたのに、思いもしていなかった方向へと話が流れていて、さっきから心音が激しく音を刻んでいた。

 ハトコとなると玲喜自身も王族の血をひいている事になるからだ。

 ずっと庶民だと信じて疑わなかった自分が、突然別の生き物になってしまったような気がして、玲喜は動揺していた。

「え、ええ⁉︎ いや、オレ庶民だし」

「そういう生き方しかしていなかっただけだ。お前はマーレゼレゴス帝国の正統な王位継承者だ」

「オレ、庶民でいいんだけど……」

「欲のない男だな」

 二人で手分けして、どんどんセレナの荷物を開けていく。

 しかし手掛かりになりそうなものはそれ以上何も出て来なくて、そのまま荷物をしまうはめになった。

 ——あれ? アクアマリンの指輪もあった筈なのに無くなってる。何でだろう。

 玲喜は不思議に思いながらも、その他の装飾品全てを布製の小袋に入れてゼリゼに手渡す。

「もしかしたら、ゼリゼが帰る糸口になるかも知れないから肌身離さず持っていた方がいいと思う。昔、セレナが言ってたんだ。このアクアマリンのネックレスが導いてくれるって」

「しかしこれはお前にとって形見だろう。良かったのか?」

 ゼリゼからの問いに、玲喜は迷いもせずに頷いてみせた。

「いいよ。オレには過ぎた宝だ。それに元にあった場所へ戻してしまった方がいい気がするんだ。この家も無くなるから、新たな転移者が出た時戻れなくなってしまうのは可哀想だし」

 本当にセレナがマーレゼレゴス帝国の王族であるならば、ゼリゼが元の世界に戻った時にあるべき場所へ返せるのではないかと思った。

 その前にゼリゼに教えておくべき事項が幾つかある。手掛かり探しはそれからだ。

 あとは暇つぶし方法を教えておこうと玲喜は心の中で決心する。

「そうだ、ゼリゼ。家ばかりに居ても退屈だろ? オレは明後日からはまたバイトでほぼ一日中家にいないんだ。ずっと一緒に居てやれないから、気晴らしに何処か出掛けてみるといいよ。意図しない所に手掛かりもあるかもしれないしさ。電車とか乗ってみるか?」

「電車?」

「そう、電車。時間潰しにもなると思う」

 早速出掛ける事にして、ゼリゼを連れて駅に向かった。

「ここで乗車する切符を買うんだよ」

「ほう」

 お金を入れて二人分の切符を購入する。

 ゼリゼは物珍しそうに玲喜の行動一つ一つ観察するように眺めていた。購入した切符の一枚はゼリゼに手渡す。

「通る時はこうだ」

 先に改札の通り方を教えて、見様見真似でついてきたゼリゼに手を差し伸べる。

 到着した電車に乗って席を確保すると、ゼリゼが窓の外に視線を走らせた。

「転移魔法無しで移動出来るのか!」

 感心したように瞳を輝かせるゼリゼはやはり年相応で可愛い。

 本当は引っ越しの為の荷物を片付けるつもりだったけれど、一日潰してゼリゼと一緒に色々な所へ遊びに行く事にした。

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