第16話、どうやらチートだったようです

 ラルが呪文を唱えると魔法陣が発光し始めて、何もない空間にも魔法陣に書かれていた文字が浮かび上がる。すると何処からともなくブザー音のようなものが聞こえてきた。

「何だこの音?」

 玲喜の言葉にラルとゼリゼがまた顔を見合わせている。

 魔力量過多で計測不能を知らせる音なのだが、玲喜だけが知らない事項である。

 初歩的で少ない魔力量から使える術を試してみるか、とラルは玲喜に歩み寄った。

「玲喜、私の言葉を真似てみてくれませんか? 意識はあそこに見える山に向けて下さい」

 玲喜から見て正面の山を指さされる。

「分かった」

‎「חץ כהה」

‎「חץ כהה」

 紡ぎ出されたラルの言葉を真似てみると、突然地響きと共に視界の先にあった山に沢山の黒い矢が突き刺さり、そのまま消し飛んだ。土埃が舞って玲喜たちの方まで風で飛ばされてくる。山が在った筈の箇所を三人で見つめた。

「……」

「……」

「え?」

 ——もしかしてこれ……オレのせいなのか? いや、違うよな?

 自分のせいだと言われるのが怖くて、玲喜は問いかけられずに口を引き結んだ。

「今度は火属性の魔法をいってみましょう。右手にある山に意識を集中させて下さい。あれは死火山なので大丈夫だと思います。たぶん」

「たぶん?」

‎「אֵשׁ」

「う……、‎אֵשׁ」

 また真似てみると、今度は右側にあった火山が噴火した。

 全然大丈夫じゃなかった。

 すかさずゼリゼが水属性魔法を放って、流れ出した溶岩にぶつけて事なきを得る。

 ——死火山て言ってなかったっけ……?

「……」

「……」

「……」

 皆言葉に出来ずにその有様を眺めた。

 その後に繰り返した風属性魔法では歴代の瞬間最大風速を上塗りし、左手にあった山が鎌鼬かまいたちのようなモノで半分から切断された。

 地属性魔法では、海底火山が爆発して海だった所にちょっとした大陸が出来てしまった。

 三人の間に沈黙が流れる。

「ごめんラル。オレ……もうこういう魔法は使いたくない」

 軽くトラウマになった。

 心臓が痛いくらいに脈打っていて、玲喜は自分の心臓を押さえるように服の上から手を当てた。

 ——どういう事なんだろうコレは……。

 正直泣きそうだった。

「それが良いかもしれないですね。予想を遥かに超えて……規格外過ぎました」

 遠い目をしたラルの言葉に、ゼリゼが頷く。

「ラル、此処に来る事を誰かに告げたか?」

「いえ、口外しておりません」

「ならいい。今日の事は三人だけの秘密だ。周りには魔法能力は適性ゼロだと言っておけ。玲喜も口外しないようにしろ」

「分かった」

 言われなくても話したくない。

 ゼリゼの表情が険しくなっているような気がして、玲喜は少し肩を落とした。

 不出来過ぎて呆れられたのかも知れないと考え、ゼリゼの袖口を摘んで引く。

「ごめん、上手く出来なくて。お前らの国を壊してしまった。山も海もあんなに綺麗だったのに……」

 そう口にすると、ラルとゼリゼが驚いた表情をした。

「いえ、玲喜がチート過ぎただけですよ。何も悪くありません。さすがセレナ様の孫ですね。それにこの国の周りを海に沈めたのはゼリゼ様ですからね。山は魔法で元に戻せますから気にしなくて大丈夫ですよ」

「一言以上多いが……ラルの言う通りだ。こういうのも想定して検査場が作られている。使用される場所には誰も住んでいないし、結界を張っているから魔物はおろか、人も動物も近付けん。他言無用にしたのは他人に知られた時にお前の力を悪用しようとされたり、敵視されて命の危険に晒される可能性があるからだ。それに玲喜は初めに使った闇属性魔法以外に光属性魔法にも適性がある。恐らくその力が一番強いとみている。それも光属性の聖魔法使いとあれば稀有過ぎる存在故に特に狙われやすい。奴らに見つかると厄介だ。伏せておいた方が良い」

「奴らって?」

 よく分からずに玲喜は首を傾げた。

「教会の連中だ。光属性の聖魔法使いを集めて回り、治癒を理由に金稼ぎをしている輩がいる。表向きは慈善事業としているが、良い噂を聞いた試しがない」

 面倒臭そうにゼリゼがため息を溢す。

 三人で来た道を戻り、また城へと向かう。

 門を潜った所で茶色のボブカットの華奢な体付きをした少年が立っていて、深く一礼しているのが視界に入った。

「ラル様、お呼びでしょうか?」

「アーミナ、今日から玲喜の従者をしてくれないか?」

「畏まりました。玲喜様、これからよろしくお願いいたします。アーミナとお呼びください」

 満面な笑顔がとても可愛い。年齢も玲喜と近そうだった。

「城内が見たいそうだ。案内してやってくれ。あと玲喜は走るのが苦手だ。くれぐれもはしゃがせないように」

「畏まりました。気をつけます」

 どちらかと言えば超がつく程の健康優良児なのだが。過保護過ぎやしないか、と玲喜はゼリゼを見たがそこは無視された。

「よろしく、アーミナ」

「はい! よろしくお願いします!」

 玲喜はそのままアーミナと共に城内の探索に行き、それを見送ったゼリゼはラルと共に政務の為に執務室へと足を向けた。

 ゼリゼは作業用のデスクに腰掛けて、昨日の分と纏めて書類に手をつけていく。そして二時間程時間が経過し、その作業がひと段落した時に、飲み物を用意してきたラルがゼリゼのデスクに置いた。

「ゼリゼ様、セレナ様が何故お亡くなりになられたのか玲喜に聞いていませんか?」

 静かな口調でラルが問い掛ける。

「ああ。病気だと言っていたな。だが、セレナは治癒能力に秀でていたのだろう? その能力を持ってしても治せないくらい重い病だったのか疑問が残るな」

 顔を上げたゼリゼが答えながらラルに視線を向ける。ラルはどこか遠い目をしていた。

「セレナ様は此方の世界と日本を自由に行き来できました。そして初対面だったにも拘らずにも、態々此方に赴いてまで、誰にも治せなかった妹の不治の病を治して下さいました。私が知る限りでも帝国随一の光属性聖魔法使いです。恐らくセレナ様に治せない病はありません。ただ、誰かの命をお繋ぎになる為に自身の寿命を対価と差し出したのならば、それは契約上の縛りとなりますので、そこから生じた病は治せません」

 その言葉にゼリゼは息を呑んだ。

「まさか……」

「ええ。もしかしたら、玲喜はセレナ様が亡くなられる前に死亡……もしくは一度亡くなられる程の重症になられていた可能性があります。それをセレナ様が己の寿命と引き換えに玲喜の命を繋いだ。それ以外にセレナ様があの歳で亡くなられる理由がありません。喜一郎の為だったとも考えたのですが、喜一郎の性格上、後二十年も生きられるか分からない己の為に、態々難易度の高過ぎる魔法を使わせるとは思えないんです。喜一郎はそれ程にセレナ様を愛しておられました。それと気になる噂話も耳にしたんですよ」

「噂?」

「ええ。私は個人的にどうしてセレナ様が王族から除名されてしまったのかも、ずっと調べていました。能力も人格も共に秀で、また誰からも好かれるようなお方でした。故に理解が出来なかったんです。そんな時に教会の外れにある小さな村に調査で訪れた時に耳にしたんです。それは聖女が産んだとされる子との話でした。〝子を産んですぐにその聖女は姿を消した。その子は類を見ない程の魔力を有していて、子の身でありながらその土地を支配していた。だが突然姿を見かけなくなり、戻ってきた時には何故か子は成人していて身籠っていた。産まれた子は数年間その地で育っていたが、聖女に似た初老の女に連れられて姿を消した〟らしいです。時の経ち方がこの帝国と日本に似ていると思いませんか? 恐らくは聖女と初老の女というのは同一人物でセレナ様の事を指していて、そのセレナ様が産んだ子どもが玲喜の母親、セレナ様が何処かへ連れていったという子どもが玲喜じゃないかとみています。玲喜は父親の方がセレナ様と喜一郎の息子で、その息子が自分だと聞かされているようですが、実は母親の方がセレナ様の実の娘だった。そしてその喜一郎ですが、玲喜とは血の繋がりはありません。何故ならセレナ様が身籠ったのは一度きり、それも教会職員からの集団暴行によって授かった命でした。喜一郎は全てを知った上でセレナ様も玲喜も受け入れたのでしょう」

 一息にそこまで喋ると、ラルは床に視線を落とす。

「セレナが名を消された本当の理由はこれだな。王族の汚点として処理されたか……」

「はい。先程は玲喜がいた手前話せませんでした。セレナ様についての話題は城の中では他言無用とされていますので、恐らくはそうだと私も見ています」

 ゼリゼは額に手を当て、苦虫を噛み潰したような顔をした。

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