第30話、そしてみんな寝てしまった
「ならもういい。用済みだ。俺は今からまた仕事に戻るから帰……「ちょうど良かった玲喜。おれ最近寝れてないからお前一緒に寝ろ」」
「わ!」
ゼリゼが言い終わらない内にマギルが言葉を連ねて、そのまま玲喜をベッドに押し倒す。便乗して右側にはジリルが転がって、玲喜は両側から双子に挟まれた。
「え?」
唐突すぎたので玲喜も対応出来ずにいると、ゼリゼがムッとした表情で声を荒げる。
「おい! お前ら寝るなら部屋にかえ……」
その言葉さえも最後まで発せなかった。
ほんの数秒で二人の寝息が聞こえてきたからだ。
「はっ?」
流石のゼリゼも驚いたのか、珍しく間の抜けた声を上げていた。
「あ、もしかしてオレの回復魔法また自動で回ってる?」
「いや……分からん。あれはお前と一緒に寝てみて初めて分かるからな」
双子の頭の下から引き抜いた腕をゼリゼに伸ばしたが、ゼリゼがそのまま横向きに倒れて玲喜を腕枕にして寝た。
「は?」
今度は玲喜が間の抜けた声を上げるはめになる。
ゼリゼからも安らかな寝息が聞こえてきて焦った。
双子はどうか知らないが、ゼリゼに限ってはあり得ない話だ。
——何だこれは。何が起こっている?
玲喜は本格的に動けなくなってしまい、途方に暮れる。
「ゼリゼも寝たとか、嘘だろ……」
最近体調が悪くて自動で回っていた筈の回復魔法が機能していなかったせいで強度が倍増しているのだろうか? 逡巡する。
答えは出なかったが、そうとしか思えなかった。
確かにシェフ特性のシャーベットを飲んでからは嘘のように体調が回復したが、自分でも気が付かない内に弱っている体に自己回復魔法を回し始めているのかもしれない。
左腕の近くにマギルの頭、右腕の近くにジリルの頭、右腕の上にゼリゼの頭があって腕が胸の上に乗せられている。
「え、ええ~……。オレいつまでこのままなんだ?」
玲喜の嘆きが空にとけていく。
一時間後に数回のノックと共にゼリゼの部屋の扉が開けられる。
「ゼリゼ様、そろそろ宜しいでしょうか?」
時間がかかり過ぎているのを疑問に感じたラルが様子を見に部屋に入ってきたのだ。
玲喜は涙目で助けを求めた。
「ラル……っ、助けてくれ」
大男三人に挟まれて乗っかられるのは余りにも辛すぎた。
揃いも揃って寝相が良く、腹の上に乗っかられたり蹴られたりしなかったのが唯一の救いだった。
だが、全身痺れては回復しての繰り返しで、これではまるで過酷な筋トレである。
拷問に等しい。
「何をやってるんですか、貴方たちは‼︎」
ラルの怒号で三人とも飛び起きて、その後三人はずっと床に座らされたままラルから怒涛のような説教を食らっている。
「玲喜、悪かった……」
「何でコイツらと……」
「うえ……吐き気がしてきた~」
反省以前に一つのベッドの上で仲良く三人揃って寝ていたのがかなり堪えたらしい。罰だと言わんばかりに、ラルにそれぞれ政務を追加されていた。
意気消沈としつつも大人しく部屋を出て行く姿は、哀愁さえ漂っている。
皇子としての威厳など何処にもない。
玲喜の中で、ラル最強説が出来た瞬間だった。
◇◇◇
「で? どうして大男がよってたかって体調が悪くて臥せっている筈の玲喜の上で寝ていたんですか? しかもゼリゼ様は玲喜にお飲み物を届けに行った筈では?」
執務室でラルにいびられながら、ゼリゼは書類に目を通してハンコを押していた。
「う……分からん。玲喜の横でアイツらが突然即寝しだして、その玲喜を助け起こそうとしたのだが、俺まで急に意識が飛んだんだ。飲み物は気に入っていてすぐに飲み干していたぞ。また頼んでおいてくれ」
「玲喜がお飲みになられたのでしたらそれは良かったです。安心しました。また作るように声をかけてきます。で、何故あのお二人までお部屋にいらっしゃったんですか?」
まるで尋問だ。
ラルはどこか不機嫌そうにしていて、手を動かしながらも質問されるままに答えているゼリゼに視線を向けた。
「ジリルに初めて会った時に、腹の子は双子だと言われたと玲喜が言っていてな。だが俺の見る限りでは、子は一人だった。産婆も医者も特に何も言ってなかったから、直接ジリルに聞こうと呼び寄せたらマギルまでついてきただけだ。そしたら初め見た時は双子だったのに、一人になってると言い始めて、その事について考えていたら、突然マギルが最近寝れていないから一緒に寝ろと玲喜に言い出して……」
そこまで言った時に、ラルが突然血相を変えて割って入った。
「ちょっと待って下さい! 玲喜の子は初め双子だったんですか?」
「ああ。そうだと言っていた。どうかしたのか?」
考える素振りを見せて、ラルが眉根を寄せて視線を落とす。
「ゼリゼ様が玲喜の元へ行った後、私はシェフとセレナ様の話をしていたんです。以前はセレナ様の専属料理人の見習いとして働いていたようで……。セレナ様も身籠っていた子が双子だったのが、いつの間にか一人になっていたと話していました。これって偶然だと思いますか?」
「それは確かか?」
ゼリゼが顎に手をやり、逡巡するかのように視線を落とす。
「ええ。ですがこれ以上の情報がありません。玲喜の母親はまだご存命なのでしょうか……。探して関連性を聞いてみた方が手取り早い気がします。どうも嫌な予感がするんです」
しかし、ラルが以前に掴んだ噂の情報通りだとすれば、玲喜の母親は一癖も二癖もある一筋縄ではいかない人物だ。
ラルはセレナの事以外は調べていない為に、玲喜の母がその後どうしたのか行方は分からない。今の所は妙な噂は流れては来ないが、沈黙さがかえって不気味だった。
ゼリゼもラルも同じ違和感と妙な胸騒ぎを覚えている。
触れてはいけない何かに触れているようで心が騒ついて落ち着かない。
それと、ゼリゼは日本で玲喜と共に見た、セレナが作った絵本の事も脳裏を過っていた。
小さな子どもの読み物だ。
主人公は一人の方が動かしやすいし、読み聞かせる対象である子どもも理解しやすいだろう。
それなのに何故あえて双子にしたのか。
展開も子どもに読み聞かせるとしては設定が細かく、どちらかと言えば成人してからの方が楽しめるだろう。
単なる絵本では無い気がしている。
もう一つ。玲喜がうなされて毎日のように言っている寝言の内容も引っかかっていた。
「……ダメだ」
「ゼリゼ様?」
まさか反対されるとは思っていなかったのだろう。
ラルの表情が訝しげに顰められた。
「しかし……」
「ダメだ。玲喜の母の件については保留にする。許可はしない。それよりも急ぎでやって貰いたい事がある。ラル、初めて〝あれ〟が必要になるかもしれん。玲喜の能力の高さは知っているだろう? あれに匹敵させるには他に方法がない。今すぐ準備だけはして来てくれ。取り越し苦労になるならそれはそれでいい」
ゼリゼが遠くを見つめるように真っ直ぐに目線を上げる。机に両肘を乗せて額の前で尖塔のポーズを作り、瞬きもせずに逡巡していた。
「まさか……」
「急げ。俺が思っている通りだとすれば恐らくもう時間がない。書類は片付けておく」
「分かりました。では隣の部屋を使わせていただきます」
足早に執務室を出て作業に取り掛かる。
ゼリゼは呪文を口にすると、手動でしていた作業をオート魔法作業に切り替えた。
体や脳が鈍るのもあって普段は手動でしか作業をしないが、緊急を要している気がして、ゼリゼは即座に頭を切り替える。
指から指輪を外し、呪文を唱え始めた。
城を中心に半径五百メートルに至るまで特殊な魔法壁を張り巡らせていく。検査会場を守る為に使われているものと同じ魔法壁だ。
そして、それは王族にしか伝えられていない呪文と魔法壁だった。
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