第26話、夜食会

 



 ***




 城へと戻ってきていた玲喜はラルとアーミナの三人でゼリゼの部屋に居た。

 玲喜がソファーに腰掛け、二人は立っている。

 マギルとジリルを助ける為だったとはいえ、あの人数の前で魔法を使用したのは迂闊としか言いようがなかった。

 今までゼリゼやラルが己を隠そうとしてきた行為を無駄にしてしまったのだ。

 玲喜は落ち着いた今になって、己のした事を考えて気落ちしていた。

 中には勘付いた者もいるだろう。だとすれば言及されるのも時間の問題だった。

「ごめん、ラル。オレ言われた通りに大人しくしていられなかった」

 項垂れて肩を落とした玲喜に、ラルは表情を崩して柔らかく微笑みかける。

「玲喜のおかげであの二人を始め近くにいた方々は助かったんですよ。落ち込むところじゃありません」

「そうですよ。玲喜様のおかげで皆んな助かりました!」

 二人からの言葉に少し救われた気がした。

 それでも今まで通りに動けなくなるのは必須。城内で行ける場所も限られて来るだろうと容易に予測出来た。

 ふいに居ない筈のゼリゼの気配がして、帰ってきたらのかと玲喜が顔を上げる。

 何もない空間に突如明るい紫色の炎があがり、濃い黒色の文字が浮かんで大きさを整えながら一つずつ形が順序よく揃っていく。

 他に読み取られないよう考慮したのか暗号化されているようで、表示に時間が掛かっているようだ。文字が前後左右に行ったり来たりを繰り返している。

『皆を助けてくれた事に感謝する。お前が居なかったら被害は深刻なものになっていた。今から帰る』

 ゼリゼからのメッセージを読んで、玲喜は嬉しくて胸の奥が温かくなった思いがした。

「ほら、ね。ゼリゼ様も同じ事を思っていらっしゃいます」

「うん。ありがとう」

 それからメッセージが崩れたかと思いきや、また形を変えて纏まっていく。

『帰ったらもう一人孕むくらいにはお前を抱く』

「……」

「……」

「う……うわーーーっ!」

 無言でメッセージを見つめるラルとアーミナの視界からメッセージを消すように、玲喜は叫び声を上げて立ち上がると空に浮かぶ文字を腕で振り払って消した。

 ——さっきの感動を返せ!

 玲喜は怒りやら恥ずかしいやらで眩暈がしてくる。

 まだ易者の格好をしていて良かったと心の底から思った。

 フードを引き下げて深く被り直し顔を隠す。今はとてもじゃないが二人の顔を見れそうになかった。

 そんな玲喜に気がついたのかアーミナが口を開く。

「大丈夫です。ボクは何も見ていません」

 アーミナの優しさが身に沁みると同時にもっと恥ずかしくなった。

 そんな中でラルが急に距離を詰めたかと思いきや、玲喜の両肩を掴んだ。

「玲喜! 本当に本当に、あのボンクラに計画的に孕まされたりしてないんですか? 本当に大丈夫なんですか⁉︎」

「あ……うん……」

 ラルにだけは一生真実は言えそうになかった。

 そのボンクラがヤンデレ化してしまったなんて、玲喜には口が裂けても言えない。

 アーミナは何処か遠い目をして、何かを悟ったように笑んでいた。

 とりあえずゼリゼが帰って来てすぐに殺傷沙汰にならないように、ラルを落ち着かせたい。

「気になってたんだけど……」

 と、それとなく話題を変えていき、ラルの病気だという妹の具合は大丈夫なのかと玲喜は尋ねた。

 過去にラルが日本へと飛ばされた時、セレナが態々一緒にマーレゼレゴス帝国に来て治してくれたと伝えられ、逆に玲喜が心を落ち着かせられてしまった。

 セレナは恩人を通り越してもはや崇拝対象らしい。

 後、玲喜の考えていた通り、セレナは二つの世界を自由に行き来出来たとか。喜一郎も事情は全て知っていたとか。己の意思でセレナが喜一郎と共に日本に残ったとか。

 まだ玲喜が幼過ぎて理解していなかった事を色々と聞かされ、初めて知った事実に玲喜は何だか嬉しくなった。

「玲喜!」

 扉が開く気配もなかったのに、急に現れたゼリゼに背後から抱きしめられ、玲喜は体を大きく揺らした。

「うわ、びっくりした! どうやって来たんだ⁉︎」

「つけられていたから転移魔法で部屋まで移動した」

 盗聴される可能性もあると言い、常時張っている結界に重ねて防音魔法壁と侵入阻害魔法壁を張っていた。

「お前ら帰っていいぞ。ご苦労だったな」

「ゼリゼ様、その事でお話が……」

「明日にしろ」

 ゼリゼが指を鳴らすと、ラルとアーミナの姿が部屋から消えた。

 玲喜が唖然としていると、部屋の外からラルが憤慨している声と宥めるようなアーミナの声が聞こえてくる。

 そういえば、マギルたちに拉致された時もゼリゼは急に現れたのを思い出した。転移魔法だったのだと今になって知り「便利だなそれ」と玲喜は何処か他人事のように考える。

「玲喜」

 顔中に降って来る口付けを受けて、そのまま抱き上げられてベッドまで移動された。

「ゼリゼ、あの文はちょっと……」

「後で聞く」

「いや、あの……、ん、ぅ、っあ」

 言葉はゼリゼに食べられた。

 ——どんだけ余裕ないんだよ!

 宣言通り、玲喜はゼリゼに死ぬ程甘やかされて、トロトロになるまで愛されまくった。





 そして、問題は次の日に発生した。

「あーいたいた。昨日ゼリゼが玲喜の作った夜食食べてるって言ってたからおれらも来てみたぜ」

「そうそう~ゼリゼが言ってたもんね~ウッカリと口走ったのにも気が付かずに~」

 玲喜が夜食を作っていると急に騒がしくなってきて、厨房から食間に顔を出した。

 すると、問題児二名が我が物顔で椅子に腰掛けているのが分かって驚く。

 テーブル席のいつもの上座には、額に手をやり項垂れているゼリゼがいた。

 昨夜ついうっかり『夜食』の事について口を滑らせていたことを今になって知り、後悔している所だ。

 下座にいるアーミナの横に移動したラルが声を殺して爆笑していて、アーミナが表情筋を殺しつつ肩を震わせて笑っているという〝どうやってるのそれミステリー〟が見れた。人体の神秘を超えている。

「玲喜、おれも食べるからよろしく頼むぜ」

「僕の分もね~」

「マギル、ジリル、何でここに?」

「勿論お前が作る夜食を食べにだよ。ゼリゼが言ってたし、場所はシェフたちを脅し……聞いて回ってたら此処使ってるって耳にしてな」

 ——今、脅したって言いかけなかったか?

「へえーそうなんだ。まあ……ゼリゼが言ってたんなら仕方ないな」

 じっとりと非難めいた視線を向けるとゼリゼの項垂れ加減が酷くなって、ラルとアーミナの腹筋崩壊具合も酷くなった。

 人体の神秘どころか、二人はそろそろ人の域を超えそうだ。

「分かったよ。少し待っててくれ」

 来てしまったものは仕方ない。

 しかも相手は仮にも皇子である。出さないわけにはいかなくなった。

 ゼリゼの時みたいに不敬罪だと言われ兼ねない。

 玲喜は野菜中心の具沢山にした味噌汁と、消化にいい軽食を作り始める。

 今日は使って良い食材が、まるで見計らったかのように多めに用意されていたのが幸いした。



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