第33話、受け止める余裕なんてない



「何で……オレが生かされたんだ……? セレナが生きていた方が、皆んな幸せだったろ‼︎ 意味分かんねーよ! そんなの望んでいない! 双子の兄諸共そのまま殺してしまえば良かったのに‼︎」

 恐らくはそれが最適解で取るべき選択肢だったのだ。

 自分はこの国に来てはいけなかった。

 ゼリゼと共にマーレゼレゴス帝国に来ずに、日本で一人ひっそりと年をとって内側にいる兄と共に朽ちてしまうべきだった。

 そしたらこんな事にもならずに済んだ。

 例え辛かったとしても、周りに救いなんて求めなければ良かったのだ。

「そんなの急に色々言われても理解出来るわけないだろ! 本当に、意味……っ、分かんねえよ。オレなんて要らなかったろ! オレなんて……ッ居なくていいから……皆んなに、セレナを返して……」

 日本だけでなく、ここでもセレナは愛されていた。

 ラルから聞く話でもセレナは優しくていつも綺麗な存在で、とても眩しくて尊い。

 あんなに求められていたのに、何故そのセレナが居なくなって自分がいるのだろう。

『邪魔じゃない。俺にはお前が必要だ』

 ゼリゼの顔が思い浮かんで、玲喜は座り込んだまま地に額をつける。

 ——ゼリゼ……。

『お前と子と家族になりたい』

 ——ごめん。

 今同じ事を言われたら、あの時と同じように頷けそうになかった。

 きっとこれからゼリゼにも、腹の子にも同じ運命を背負わせてしまう。それがツライ。

 ゼリゼを愛してる。

 片時も側を離れたくないくらいには愛してしまった。

 でも、恐らくは愛してはいけなかった。

 自分がゼリゼに出会うのは必然的で己に課せられた運命だったのだろう。

 しかし、日本でしっかりと離別していなければいけなかった。

 自らゼリゼを誘惑する真似をして、その上で助けも求めてしまったから、ゼリゼや本来関係なかった人たちにまで危険が及んでいる。

 少女がこうして自分の元に現れたのを考えると、日本に居ても会いに来たのだと予想出来た。

 自分は時が来るまで耐え抜いて、大人しく日本にいるべきだったのだ。

「オレ……、選択すべき道を……間違えたんだな?」

 ——オレはどうすれば良いんだろう。

 頭の中がぐちゃぐちゃで思考回路が働かない。

 何を考え、何を優先して、何をすべきか、答えなんて出そうになかった。

 いくら考えたところで今さら何も選べやしない。

「間違えていないわ。どうして貴方が悔やんでいるの。貴方がいたから今まで日本もこの帝国も無事でいられたのよ。胸を張っていい。貴方はセレナの希望なの。レキ・アルバート。いいえ、佐久間玲喜。幼かった貴方に、貴方の名前に漢字をつけたのはセレナと喜一郎よ。綺麗で純粋な心で、喜びのある道を歩んで欲しい。そんな願いが込められている、と二人は話してたわ」

 玲喜は胸を抑えた。

 名前負けもいいとこだと自嘲して、ひたすら左右に首を振り続ける。

 そんな高尚な精神なんて己は持ち合わせていない。

「セレナ……喜一郎…………。何で? 何で……っ、だってオレはセレナと喜一郎から生まれた父の子どもだって言ってたじゃねえか。違うならそいつは誰だよ。母なんて知らねえよ! 双子の兄とかもっと意味分かんねえ! オレは父だけの子で良かった。セレナや喜一郎みたいになれない! 何かも許してやれる程、人間出来てねえよ! オレには……っ、日本にいる事さえも耐えられなかった。一人が嫌だった。寂しさに負けた。期待になんて……応えられそうにない……、こんなオレを希望になんて……しないで」

 玲喜の涙が地を濡らしていく。実際に濡れてはいないが、少女にはそう視えていた。

 恐らくセレナは玲喜にだけは己の境遇を知られたくなかった。

 それにそんな中で玲喜が生まれたのだと知ったら玲喜は心を痛めてしまう。それが何よりも一番嫌だったのだろう。

 玲喜を見ていると聞かずとも察する事が出来てしまい、少女は目を細める。

 地に縫い付けられたかのように暫く動けずにいる玲喜の頭を撫で、落ち着いたのを見計らってから少女は静かに言葉を発した。

「なら、此処にこのまま残る? それでも良いわよ?」

「何……」

 少女が言わんする言葉の意味を正しく受け取れずに、玲喜が聞き返す。

「アタシはこれから城内に行って貴方の体がある場所に行くわ」

「…………何の、ために?」

 淡々とした口調の玲喜の声音は乾いていて、何の感情も含まれていなかった。

 そこには今〝無〟しかない。空っぽだった。

 何もかも抜け落ちたように何も頭に入ってこない。感情が動こうとしてくれない。

 玲喜は虚ろな眼で地の一点のみを見つめている。

「貴方を含めてあの皇子様たちに信じて貰えるか分からないけど、レジェが出てくる前に、貴方の体を一時的に封印しなければならないからよ。そうしなければ、貴方の体で目を覚ましたレジェが全員殺すわ」

 ——ころ、す?

 ピクリと玲喜の体が震えた。

 ずっと魘されながら見ていた夢と〝今〟が重なって交錯していく。自分の手が真紅に染まり、全員床に臥していた。

 アレが現実に起こるのだと考えると寒気がする。

 ——嫌だっ。

 悲観に暮れて蹲っているだけじゃ何も変わらないだろうと己を叱咤する。

 ゼリゼたちを見殺しにするのか? 玲喜の瞳が揺れる。此処に残るというのと、見殺しにするのは同意義だと感じた。

「何で……そいつらは、んな事する必要があるんだよ?」

 玲喜は力なく上体を起こした。

 気力がなくてもやらなければいけない。いや、やりたい事があるから動くしかない。

 けれど、考えることの方が多くて体が上手く動いてくれなかった。

「レターナも、その意思を受け継いでいるレジェも、自分たちをそういう風に生み出したこの国を恨んでいるからよ。王はセレナを裏切って教会に売った。その教会がセレナを裏切ったのが決定打となり、とうとう負のエネルギーが爆発してレターナが生まれた。そしてレターナはセレナ自身をも恨んでいる。復讐する為に王族諸共帝国を破壊するわ。その後の行き先はセレナが次に愛した日本でしょうね」

 破壊しても復讐しても何も変わらない。気が晴れたような思いになるだけだ。それからは空虚な心が続いて思考まで乾き、己を正当化する上で次を求めるようになる。何の意味があると言うのだろう。

「あの二人は、何でそこまでして壊したがる? あんたは……どうしてそれを止めたいんだ?」

「ハッキリ言えば、アタシはセレナを蔑ろにした王も教会も、ついでに言えば日本も嫌い。でもアタシはこの国は好きだからね。猫又って、日本ではすっごく嫌われてるのよ。不吉で穢らわしい生き物だと何度も命を狙われて、殺されかけた。でもセレナと喜一郎だけは良くしてくれた。怪我を治して、姿を変えたアタシを目の当たりにしても友として迎え入れた。親友だと呼んでくれた。そのセレナが貴方と貴方が暮らす日本と、あんなに蔑ろされたこの国を愛してる。アタシには動く理由なんてそれだけで充分なのよ。それに、この国もアタシが存在して普通に街なかを歩いていても、当たり前のように接してくれる。居心地がいいの。玲喜、貴方は?」

「オレに……何が出来る? だって誰にも見えないんだろ? オレにやれる事なんて……ないだろ」

「〝出来るか〟じゃなくて、貴方が〝どうしたいのか〟をアタシは聞いてるのよ」

「オレは……」

「このまま此処にいても誰も貴方のことを責めないわよ」

 耳鳴りが聞こえてくる程の静寂が訪れる。その間ずっと無言が続いた。

 少女は口調を和らげ、強要どころか玲喜に何も求めもしなかった。

 玲喜が自らの意思で口を開くまで、何も言わずに耳を傾けて玲喜からの答えを待っている。

「オレも、この国が好きだ。喜一郎とセレナと暮らした日本も好きだ」

 玲喜の口から本音が溢れた。


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