第40話 元小鬼さん恐怖する

 数は半分になったものの、戦い易さは然程変わらなかった。八匹いたときから、相手方が常に同じ戦法を使用しているためだ。とはいえ、相手もこちらも若干の疲労で動きが鈍くなってきてはいるが。


 動き回りながら戦ってはいるが、それでも周囲は血塗れだった。垂れ流れる血液の噎せ返るような匂いが辺りに充満している。


 無駄な動きを減らすようにはしているが、どうしても息は上がってしまう。無理やりに拍動を押さえつけて、長く深く呼吸をした。


 やはりハイエナは愚直に、二匹ずつ飛び込んで来る。リーダーが殺された今、指示を出す人間がいないのだろうか。

 確かに、在りし日の俺たちも、ラタヅが急にいなくなったら真面な団体行動ができたとは思えないが。


 ハイエナの鼻先を目掛けて、剣を叩き付ける。器用に身を捩って避けられる。直後に、後続の個体が飛び込んできた。その後ろで、先程のハイエナが身を屈めて再度飛び込む準備をしている。


 腰の位置を上下させないまま、一度横に移動する。後ろから飛び込んできたハイエナは、俺の居たはずの場所を噛むに終わった。もう一度跳び込もうとしていた個体は、器用にこちらに身体を向けて、走ってくる。


 口を開いて飛び込んで来るハイエナを、ぎりぎりまで待った。一匹で襲い掛かってくる機会は少ないのだから、これを活かさない手はない。

 剣を構えていた腕を引いて、俺の眼前に剣の先端を持ってくる。ハイエナが空中で姿勢を変えようとしている最中に、その剣を前へと突き出した。


 鮮血が吹き出して、ハイエナが低い悲鳴を上げる。その死体が勢いよく衝突して、俺は地面へと倒された。

 次のハイエナが飛び込んでくる前に、急いで立ち上がる。そのまま死体から剣を引き抜いた。


 途端に、寒気がした。


 周囲を見渡すも、何も異変はない。しかし、ハイエナも何かを感じているようで、姿勢を低くしたまま何かに備えているようだった。


 少し離れ当た所から、何かが擦れる音が聞こえて来た。それが、尋常ではないスピードで近づいて来る。


 視界に、緑色の巨大な何かが飛び込んできた。反射的に避けようと跳ねたハイエナ二匹を、無慈悲に巨大な口が呑み込んでいく。


 この薄暗い森の中でも分かる光沢を持った鱗だった。うねるように、そして器用に木々を避けていた。

 その巨体にしては理解不能なほどに高速で動いていたそれは、蛇だった。


 口を閉じた巨大蛇の、無機質な瞳が此方を見ていたような気がした。黒々としていて、焦点が合っていない瞳だった。


 この巨体が、この速度で動いているというのに、彼が這う音はあまりにも小さかった。


 後を追うようにして、突き抜けるような恐怖が脳を支配した。あれがもしも自分を狙って動いていたとすれば、避けられる気がしなかった。

 あの腹の中に収められて終わりだ。腹の中でどうなっているかは知らないが、真面に生きて居られるとは思えなかった。


 蛇が離れて行った。音も立てずに、何事もなかったかのように。




 †




 残り二匹となったハイエナの対処は簡単だった。二匹一緒に飛び込んできても、その後の休憩タイムを襲えば良く、一匹ずつ襲ってきても、ずっと二匹に対処していた身からすれば怖くはない。

 結局、十数分もしないで残党の処理は終わった。


 本当は、蛇のことがあったから、早々にこの森を出ようと思っていた。森の入って初めての戦闘であのレベルの魔物に出会うとしたら、この森は明らかに魔境だ。俺の居て良い場所ではない。

 ただ、蛇に関しては、どうも樹木を積極的に避けているようだったし、木の裏に隠れて居ればどうにかなるのではないかと思っていたりもする。地を這う音が少しするために、どこから襲い掛かって来るかは分かるから。


 とはいえ、やはり長居は良くないかもしれない。想定外の事態であっけなく死ぬのは嫌だった。


 取り敢えず空腹が酷いので、ハイエナの死体から皮を剥ぐ。向こうの魔物よりも階位が高いのか、毛皮を剥ぐのも、筋肉が硬質なせいで難しかった。

 特に、最初の頃に殺したハイエナは硬直してしまっていて、上手く捌けない。


 処理ができたものから順に腹に収めていく。嚙み切りにくく臭みも強いが、食べられないほどではなかった。酷い空腹だというのもあるだろう。


 結局、斃れていたハイエナの死体は四匹分食べた。相変わらず全て腹に入っているとは思えないが、ともかくこれでやっと満腹になるのだから仕方ない。


 蛇に持って行かれた二匹を除いて、残り二匹はそこに放置していたのだが、この森に入った直後に見た蝙蝠が、その死体に齧り付いていた。

 日本の脚で器用にしがみ付いて、大口を開けて肉を噛み千切っている。俺の知っている小動物というのは、もう少し優しい挙動をする生物だったのだが。

 目の前で行われている捕食シーンは、体が小さいながらも、何も知らずに急に目撃したら多大な恐怖を覚えそうだった。


 食事をしながら考えたが、今後の方針としては、森の浅い場所で活動することにした。山側の森の部分であれば、そこまで強い魔物も出現しないだろうという願望だった。

 実際にどうかは分からないが、強い魔物が少ない場所を探してみる価値はあるだろう。蛇に遭って痛感したが、俺はまだ大分弱いのだから。


 満腹で重い身体を持ち上げて、立ち上がった。

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ゴブリンに転生した 二歳児 @annkoromottimoti

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