第23話 元小鬼さんは疲れた



 こちらの陣営が俺とラタヅの二人であるのに対して、相手方に残っているのは、剣士二人と魔法使い二人だった。とはいえ、魔法使いは一人は腹にナイフが刺さった状態で床で縮こまっている。


 ラタヅはと言えば、俺のしたいことが分かったようで、同じように魔法使いに接近しつつ戦っていた。今まで魔法使いは前にだけ魔法を放っていれば良かった。剣士たちと合わせた動きも手慣れたものだった。

 ただ、全員で近接戦闘をするとまた話は違うらしい。


 驚いたのは、無事だった方の魔法使いが徒手空拳で戦闘に参加してきたことだった。そして、技術はないが力がべらぼうに強い。

 素手で戦い慣れていない部分は節々から感じる。しかし、一撃でも食らってしまえば危ないだろう。


 飛んで来た拳を、左手で受け止める。押し返そうとすると負けるので、そのまま受け流して、片手で剣を振った。それを拳で弾いた魔法使いの男の陰から、剣士が飛び出してくる。

 一気に状況が面倒になった。


 ラタヅの傍を走り、彼が相手をしている剣士の首元に剣を突きつける。相手は、反射的に体を逸らしてそのまま逃げた。その隙に、魔法使いの相手をラタヅに押し付ける。

 剣士二人が相手でも良いから、馬鹿力の相手はしたくはなかった。


「おいお前!」


 ラタヅが文句を言いたげな視線で叫ぶ。言いたげな、というか叫んでいる時点で口には出しているのだが。

 それにしても、ラタヅは大分余裕そうだ。もしかしたら、剣士と魔法使いの二人を相手してもらうべきだったかもしれない。


 なるべく一人だけを相手にできるように、位置取りを工夫しながら剣で打ち合っていく。


 人体、そしてゴブリンの体というのは弱いもので、剣一つで簡単に命を失ってしまう。だからこそ、こういった剣戟では、敵も味方も案外呆気なく死ぬ。魔法があれば尚更だが。


 剣が飛び出して来て、慌てて避ける。


 戦闘を生業にしているだけあって、やはり連携が取れていて、リズム感が掴みにくい。緩急があるせいだろうか。


 左側の男の腹に柄を突き刺し、そのままの反動で裏にいる女へと突きを繰り出す。それを弾いた女が、剣を正面に構えた。

 真向切りを、剣を沿わせるようにして避けて、一旦横へと跳ぶ。


 女が直ぐに飛び掛かってくる。一泊遅れて、男が左側から飛び出して来た。右から横薙ぎに振る剣を、屈んで、更に前に進んで避ける。

 男まで切りそうになった女が慌てて剣を引いたタイミングで、彼女の腹を蹴り付けた。男が振り下ろしてくる剣を、剣を両手で持って受け止める。そのまま力で押し込んで来ようとするのを、一旦力を抜いて逃げた。


 女が剣を突き出す。それを上から叩き落とし、続く男の斬撃に合わせて剣を翻す。柄を持ち上げて衝撃を逃がし、そのまま一歩前へと詰め寄る。

 男が一歩後退った。そのまま鍔迫り合いで更に追い込んで行く。


 女が後ろで振りかぶった剣を避けた。奇襲にしては足音が大きすぎる。


 女は勢い止まらず、男の左腕を切り飛ばした。男の情けない悲鳴が聞こえる。女の剣がまだ男の腕を捉えている間に、胸元から上向きに、剣を突き刺した。

 見事なまでの一輪挿しに、男のうなじから剣の先が飛び出る。


 今度は女が悲鳴を上げた。


 構える様子のない女に近寄り、下に垂らすようにして持っていた剣を蹴り飛ばす。絶望的な表情でこちらを見た女の首を刎ねようと剣を持ち上げた。


「………待て、イノーグ」


 ラタヅの言葉で動きを止める。


 彼の方に少し視線を向ければ、戦闘はとうに終わっていた。が、何故か腹部にナイフが刺さっていたはずの女が拘束されていて、男の方の魔法使いは体が原型を留めていない状態で倒れていた。辛うじて顔だけは認識できる。

 どれだけ酷く暴力を振るったら、死体の様子がああなるのだろうか。


 良く見れば、女は服は血塗れだが苦しそうな様子はなかった。ひたすらに青白い顔をしてはいるが、出血多量で死にそうな見た目ではない。

 ナイフが刺さっていたはずの部分も、服に穴が開いているだけで怪我はしていなかった。


 俺が視線を外したのを良いことに、ラタヅが女を拘束した。


「これで満ち潮は終わった」

「………終わったのが分かるんですか」

「あぁ。先ほどの男から聞き出した。他に誰もいないことは確認して回って来た、と」

「見逃しもありそうですけどね。………俺一旦見回ってきましょうか?」

「そうしてもらおうか」


 ラタヅの口調がやけに静かだ。元々目標にしていた満ち潮の生存を達成したからかもしれない。

 ともかく、この巣の内情がどうなっているかを、調べておいた方が良いだろう。一応男を尋問して他に誰もいないと言わせているのだから、そこまで警戒しなくても良いだろうが。

 もしかしたら、ゴブリンが数匹生き残っているかもしれない。色黒ゴブリンたちは結構強いのだから。ラタヅはまぁ、少し度を越えて強いとしか思えないが。


 考えて見れば、今回の満ち潮を通してラタヅの強さを再認識した気がする。前回の満ち潮の時は生まれていなかったというから、そこまで長寿ではないと思うのだが。それにしても他のゴブリン達と隔絶しすぎているような気がする。


 まぁ、今気にしても仕方がない。洞窟の中は広い。手早く回るに越したことはない。




 †




 結局、繁殖区も含めて全滅だった。人間はおろか、ゴブリンの一匹もいなかった。死体は大量に転がっていたが。唯一、ゴブリンの赤子が死にかけで這いずり回って、そこに落ちていた人間の死体を近くに置いておいた。

 もしかしたら生き延びるかもしれない。


 あそこまで賑やかだった洞窟が、今となっては中に数名しかいないような状態に陥っていると思うと、やはり少し寂しさのようなものがあった。それと同時に、周囲に死体しかない状況に、若干背筋が粟立つような気配を感じる。

 地獄のような情景から逃げ出すために、上へ向かって走った。


 直ぐに入り口付近、先程の戦闘地にまで辿り着きそうになって、足を止めた。


 悲鳴が聞こえる。悲鳴と笑い声が。


 見れば、そこには悲鳴を上げる人間を前にして、醜悪な笑みを浮かべながら腰を振る魔物が居た。


 隣では、先程の剣士が白目を剥いて気絶している。


 生存本能なのだろうか。同族が大量に死んだことに対して、数を増やすための衝動的な欲望なのだろうか。

 それとも元々人間が好みだから、ただ単純に機会を見つけてがっついただけか。


 後ろから近づく。目の前の肢体に夢中な魔物は、此方に気が付きもしなかった。近寄って、背中に小剣を突き刺す。鈍い感触と共に、剣は抵抗なく体の中へと刺さっていった。


 魔物が崩れ落ちた。重たい何かが地面に崩れ落ちる乾いた音がした。


「お前………」


 床に崩れ落ちたまま、最後の力で首だけを捻って俺を見て来る。

 久しぶりにゴブリンの顔面を注視した気がする。結局、ゴブリンの顔は醜い。端的に言ってブスだった。


 死体を蹴り飛ばす。その顔面に持っていたナイフを全て突き刺した。今まで殺してきた人間に対して贖罪をしているような気になった。

 本当は、純粋に自分の嫌悪感に耐えられなくなっただけだが。こういった類のものは、実際にリアルで見てみると、性欲や興奮に先立って悍ましさを感じるものらしい。


「………殺し、て」


 か細い女の声が聞こえる。その要望に応えて、落ちていた剣でその首を刎ねた。鮮血が噴き出す。


 流石に全裸状態の死体を放置するのはいかがなものかと思う。が、服を被せるなどという粋な行為をするとなると、繁殖区の死体たちにも同じことを施さなければならなくなるといいう結論に思い至って、それは止めた。

 もともと殺そうとしていた相手だ。弔う義務はない。


 気絶をしている女はまだ何も失っていないようだった。先に帰った討伐隊の者達はまだ付近にいるだろうか。できれば届けてしまいたいのだが。


 ────閾値超過を確認。高位への昇格を承認します。


 声が頭の中に響く。


 ラタヅの分か。それとも、女魔法使いの分か。どちらの方が効率的だったのだろうか。階位を上げるためには。


 それはまぁ良い。そんなことより全身が痛くなって来た。

 気絶した女を床に放り投げる。ここは離れたかった。


 森の中では、視界が開けていて危険だ。身を隠せるような場所があまり思いつかない。だったら、洞窟の中の方がましだ。死体の内の一つになれば良い。


 洞窟の奥へ奥へと歩く。痛みが段々酷くなって来た。岩陰で足を止める。そのまま目を瞑った。


 色々と疲れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る