第24話 元小鬼さん人里に行く
昇格が終わり、痛みも引いた時点で洞窟を出た。気絶した女は放っておいてある。
身長は大分伸びた。体感的には人間だった頃とほとんど同じ程度。肌も見慣れた色になって来た。筋力も強くなっているような気がする。体があまり大きくなっていないのに力が強くなっているのは謎だが。
この後はどこに行こうか。
谷の向こう側にでも行ってみようか。自分は行ったことはないが、ラタヅ曰く強い魔物が多いのだと。良い経験にはなるだろう。軽い気持ちで行って命を落とすというのも困るが。
容姿も人間寄りになったし、人里に降りてみるのも良いのかもしれない。
一旦人間に会いに行くか。この世界の雰囲気的なものを感じてみたい。とりあえずは露見したらすぐに逃げ出す方針で。トラブルを起こすのも面倒だから。
検問とかはあるのだろうか。
戦闘民族に会いに行くのも手か。草原に生息している彼らに。民族風の見た目をしているから、部外者に冷たくなければ良いが。
夜の森を歩いて行く。周囲の警戒はしているが、森の生き物は総じて気配が薄い。一人で森の中を歩く機会というのが少ないから、もしかしたら接近されても気が付かないかもしれない。
昇格を経て、諸々の感覚が強くなっているような気もするから、実際どうなるかは分からないが。
ちなみに、この昇格で諸々の感覚が強くなるというのは結構都合が良いようになっていて、ただ単に過敏になっているだけではなかったりする。
言葉にするのが難しいが、簡単に言ってしまうとすれば、感覚の限界が広がったような印象だった。細かい音も聞き取れるが、かと言ってそこそこの音量でも耳が潰れるなどという状況には陥らないような。
良く分からないが、思いつくのは、感覚が鋭敏になると同時に身体が強靭になったから。少し程度ダメージを受けても耐えられているだけで。
ただ急に魔物に襲われるかもしれないとはいえ、この森の中にいる魔物程度なら相手取って死ぬことはないと思う。
怪我をしたとて、昇格を迎えればそれも治る。耳の欠損でさえ治ったから、大分大きな怪我でも恐らく治る。
だから、あまり危機感は持っていなかった。散歩のような気分で歩を進める。
†
草原に辿り着いたのは、月がかなり高く昇ってからだった。草原の中を、テントが見えるまで歩いて行く。
矢が飛んできて、体を捻って避けた。遠くに気配がして、慌てて手を振る。
「おーい、ちょっと待ってくれ!」
無害そうな旅人を装いつつ、わざとらしく足音を立てながら気配の方へと走って近付いた。
昇格してから初めて声を出したが、やはり随分と話しやすい。体だけで判断すれば、ほとんど人間と言っても差し支えないのではないだろうか。自分の外見を確認したわけではないから確信は出来ないが。
気配の元は、見知らぬ生物の上に跨り、弓を番えている男だった。
「そこで止まれ」
男の外見は、想像していた通りの民族衣装だった。モンゴル風だが、帽子は被っていない。丈が長く、動きにくそうだった。
彼が跨っている生物は、馬のような体躯でありながら、首が短い。顔の形はどちらかと言えば犬に近かった。
夜だから色は良く分からないが、恐らく茶色。体毛は短いのだろうか。
「泊る当てがないんだが、寝床を貸してくれないか」
相変わらず両手を上げて無害アピールをしつつ、言葉を続ける。男が近寄ってくる。やっと見えるようになった表情は無だった。何の感情も表に出していない。
「………来い」
連れて行かれたのは、集落の端にあるテント群だった。かなり簡素な様子で、他のテントからも離れている。
………もしかしなくても、討伐隊の人間達が、この中にいるのではないだろうか。そう言えば、彼らもこの集落に泊っていた気がする。しかもそれを自分の目で確認したような気がする。
「勝手に使って良いが、朝になったら出て行けよ」
男は冷たく言い放った。
少なくとも、俺が魔物だということはバレていないらしい。もしかしたら気付いた上で黙っているのかもしれないが。
何せ、俺の場合は外よりもこのテントの中の方が危ない。直ぐ近くに魔物退治を生業としている人間が大量にいるから。
「ありがとう」
一応お礼だけ言って、テントの中に入り込む。まぁ、これも経験か。
死にたくはないが、明日の朝早くにここを出発すれば良い話だ。人間との初めての接触なのだから、失敗も付きものだろう。
それに、討伐隊の人間も俺の顔を見て直ぐに分かる者はいないはず。顔を合わせたとしても、討伐隊が最初に雪崩れ込んできたときだけ。更にそこから二回も昇格を挟んだ。顔がどれだけ変わったかは分からないが、少なくともゴブリンには見えないと思いたい。
明日朝早く起きるのであれば、今日は早く寝た方が良い。起きれるかどうかは不安だが、睡眠不足というわけでもないから大丈夫だろう。
疲労は溜まっているが。
さぁ寝よう。寝込みを襲われないことを祈って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます