第2話 小鬼さん探検する

 二日後。既に成長し切った体で、俺は洞窟内を探索していた。成長痛のようなものなのか、全身に痛みはあるが、動かすに際して違和感はない。ここまで身長が低いというのはどうにも慣れないが、無視できないほどではなかった。


 これほどにも成長が速いとは思ってもいなかった。それだけ、ゴブリンの繁殖が速いということだろう。ゲームでも何でもゴブリンは殺されるのが役目だし、確かに数は必要だろうが。


 おぉ、何とも不憫な小さき者達よ。これで不細工でなければ同情を誘えていたかもしれない。………なぜ俺はこんなゴミみたいな生物に生まれ変わってしまったのだろうか。


「ア゛、アァ゛……」


 呻き声を上げて嘆く。


 生まれてすぐと比べると、随分発声しやすくなった。そもそもゴブリンの声帯が人間の発話に適したものではないだろうというのは分かっているのだが、それでもここから改善することを望まずにはいられない。


 何せ、今できることと言えば、言葉とも取れない呻き声を上げること程度。この世界に人間がいるかどうかも、人間とコミュニケーションが取れるかどうかも分からないが、できればまともに話せる程度にはなりたい。


 それにしても、自分が生まれた洞窟というのは想像以上に広いようだった。一度見つけた洞窟の入り口の一つから外を覗いた限りでは、ここが位置しているのはどこかしらの崖。餌が用意されている以上、外に出る道はどこかしらにはあるのだろうが、あの崖から外に出れるとは思えなかった。


 足場の悪い洞窟の中を進んで行く。


 誰が作ったのかは分からないが、よくもここまで広げたものだ。この中に、洞窟のサイズに見合うだけの、夥しい数のゴブリンがいることも恐ろしいが。


 ここまで歩いて分かったことだが、この洞窟は場所によって大体四種類に分けられる。


 一つが、居住区。ここに成人済みのゴブリンたちが寝泊まりしている。時間帯による行動はしていないのか、昼だというのに眠っているゴブリンも多くいる。


 次に、養育区。これが俺が生まれた場所で、生まれた赤子を此処に運んできて、一人で生活できるようになるまでここで育てる。食事は大人が与え、子供は大抵体を作ることに集中して、遊んだり動き回ったりすることはない。


 そして、繁殖区。ここには多種の生物を大量に運び込んできて、繁殖に用いる。ゴブリンには何故か雌がおらず、他の種から補っているようだった。勿論人間も含まれる。


 最後に、処理区。ここは腐った肉や、寿命か何かで死んだゴブリンの死体、繁殖区にいたが死んだ他種の雌などが捨てられている。


 どこも不潔で、生物が生きる環境としては最悪だった。閉塞感のある地獄。ゴミ屋敷も青い顔で泣いて逃げだすレベル。

 自分がこの衛生観念が絶滅した環境で生まれたことが信じられない。人間だった頃も潔癖ではなかったと思うのだが、この地獄を前にすると吐き気と眩暈に悩まされずにはいられなかった。


 ともかく、環境としては終わっている。だからここからは早く逃げ出したいのだが、無策で外に飛び出すわけにもいかない。

 何せ、養育区に赤子が連れて来られる頻度を考えると、ゴブリンの繁殖速度は異常。それでもこの場所がゴブリンで溢れていないということは、同じ数だけ死んでいるということ。


 それが寿命のせいなのか、それとも他種に襲われて死んでいるのかは分からないが、野生に飛びこんで直ぐに殺されるなんてことにはなりたくはない。


 ただ、一つ気が付いたことがある。それは先達ゴブリンたちの肌の色だ。傷が多く、歴戦の雰囲気を醸し出しているゴブリンというのは、総じて肌の色がより深い緑色になっている。中には黒に近いゴブリンというのもいた。そして、色が濃い個体というのは殆どが図体が大きかった。

 そういったゴブリンに共通して言えるのは、他のより一層色が薄いゴブリンからは尊敬を向けられているということ。


 赤子のゴブリンで肌の色が濃い個体は見つからなかった。養育区のどこを探してもそうだ。つまりは、何かしら強さの指標としてあの肌の色があるはず。

 肌の色が違うから強いのか、強いから肌の色が違うのかは正直分からない。ただ、自分が強くなれる可能性をわざわざ否定しなくても良いだろう。


 とはいえ、色の濃いゴブリンたちがどれだけ強いのかは分からない。それでも一つだけ言えるとすれば、一度遭遇した、飛び抜けて肌の色が黒い個体には近寄りたくもなかったということ。それだけ周囲の空気が張り詰めていて、動き、眼光から何から、全てが殺気立っていた。

 自分に強さを感じられるだけの戦闘経験がないことを念頭においても、あの個体は強いと自信を持って言えるほどだった。もう二度と近寄りたくない。身の毛もよだつという感覚を初めて体感した。


 ということで、当分の目標は、戦闘経験を積むこと。できれば早い内に肌の色が変わってほしい。どういうシステムなのかは検討も付かないが。


 幸い、ゴブリンというのは集団で行動するようだった。どのようなルールで行動しているのかは分からないものの、強い個体に群がって外へと出て行き、何か食料となるような動物を狩って帰って来る。それを一日に何度かこなすことが、ゴブリンたちのルーティーンらしかった。


 自分も明日には、そこそこに強い個体に着いて、外に出て行くつもりだった。そこで実際に戦闘を経験できれば上々。出来なかったとしても、外の世界の空気を感じられればそれで良いだろう。

 リーダー枠のゴブリンがあまりにも強すぎると、それだけ立ち向かう敵も強くなるだろうと思う。順当に考えれば、敵が弱い狩場は弱い奴が担当して、敵が強いかりばは強い奴が担当するべきだ。………そこまで考えて行動しているのか? さっき見たゴブリン、腕ぐらいの太さの骨を丸呑みしようとして死んでたぞ?


 まぁ、明日のことは明日考えれば良いか。細かいことを気にしていても仕方がない。

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