第3話 小鬼さん初めての狩り

 信じられない空腹で目を覚ました。体は成長し切ったはずだというのに。エネルギー効率が悪いのだろうか。


 起床直後の重い身体を引き摺って、餌をさがして洞窟の中を歩き回る。すぐそこ眠っているゴブリンの近くに置いてある肉を奪う。これは眠っているのが悪い。

 土の付いた、生臭い生肉だが、もう随分と慣れてしまった。段々と自分の文化レベルが下がって行くのを感じる。いつかは、こうして考えることすらできなくなったりするのだろうか。


 人間だった頃と比べると、考え方は随分と変わった。裸で転がされている人間の死体を見ても何も感じなかった。

 もう後戻りできないところにいるのかもしれない。まぁ、考えても仕方がないか。


 ………これも思考停止では? 自分が段々と人間をやめて行くのを感じる。あぁ、もう既に人間じゃないのか。泣きたい。


 口の周りに付着した血液を拭って、ほとんどくぼみのような部屋から出る。洞窟の入り口の方から、日の光が差していた。


 取り敢えず、処理区に行って何か武器として使えるものがないかを探してこようと思う。ゴブリンたちも個体によってはナイフのようなものを持っていたり、鉄の棒を持っていたりする。大概は薄汚れて古びたものだが、それでも武器を持つことは珍しくないらしい。


 入り口から離れる方向、そして下へ下へと進んで行くと、処理区に到着した。明らかに病原菌やら何やらの絶好の培養地になっているだろうに、この薄暗い場所にわざわざ処理区は位置されている。


 腐肉の山をかき分けると、数分もすれば小さなナイフを見つけた。石でできたナイフのようだった。柄の部分には文字が刻み込まれている。知らない文字だったが、意味は分かった。『神の御加護を』と。祈り虚しく死んだらしいが。

 身体に着いた血液を手で拭い取りながら、処理区を出る。


 次はどの集団について行くかだ。

 とはいえ、この数のゴブリンの集落。しかも文化的な仕事が殆どなく、大抵の住民が狩りに出かけるような場所だ。居住区を探せば、今にも出発しそうな集団は大量にいる。一つに決めることは難しい反面、選択肢に困ることはない。


 少しの間悩んでから、五匹程度の中規模集団に付いて行くことにした。居住区を出ようとする集団に、しれっと混じる。

 最後尾にいたゴブリンには一瞬訝し気な視線を向けられたが、話しかけられるようなことはなかった。そもそもゴブリン同士が会話することは珍しい。あまり体系的な言語が存在しないために、喧嘩する際の暴言程度しか、頻繁に聞く単語はなかった。


 洞窟を上へ上へと進んで行くと、袋小路になっている狭い道へと辿り着いた。先頭にいた色の濃いゴブリンが、その一番奥の部分で天井に手を伸ばす。そのまま力を込めると、上にあった板状の何かが動いた。

 どうやら、集落の入り口はきちんと隠しているらしい。


 全員が外界へと出ると、最後尾にいたゴブリンがまた板を戻す。そして周囲の枯れ葉を上に被せた。

 カモフラージュまでする、と。身を守ることに関しては頭が回るのだろうか。それとも本能的な行動か。


 周囲を見渡す。場所は森だった。


 置いて行かれないように、軽く小走りになりながら木々の間を進む。先頭を進むゴブリンは、身長が高いことに加えて体力もあるようで、少しも疲労を見せない。後ろに続く五人の一般ゴブリンは、自分も含めて若干息が上がり始めている。

 レベルの高い集団に付いて行くためには、そもそもの体力が必要だということだ。あんまり無茶なリーダーについて行かなくて良かったらしい。


 リーダーが足を止めた。視線の先では、かなり遠いが動物の群れがいる。あれを狩りたいのだろう。


「散レ」


 低い声で出された指示に、それぞれが集団を離れて行く。そして、群れを囲った。それと同時に動物がこちらに気が付いたようで、草を食んでいたのを止めて顔を上げた。


「行ケ!」


 リーダーの指示に従って、前に飛び出した。動物は飛び上がって逃げようとするも、囲まれていることに気が付いて一瞬右往左往した。

 その隙に、リーダーが襲い掛かる。手に抱えていた小剣で、逃げ出そうとした大きな犬状の動物を貫く。短い断末魔の後に、動物が絶命した。


 その後、銘々が犬共に襲い掛かる。反撃を受けて噛みつかれる者も、逃げられる者も居た。自分も後者の内の一人だ。


 死んだ獲物を、リーダーがその場で解体し始める。慣れた手つきで皮を剥がすと、小剣で関節部分を切断した。丁度良い具合に食べやすくなった肉を前にして、リーダーが食事を始める。

 それに従って、魔物を捕まえた者達は食事を始めた。


 食料の毛皮やら骨やらが処理区にないのが気になっていたが、どうやらその場で解体していたかららしい。確かにゴブリンたちは、獲物を狩って、それを持ち帰って皆で分け合うなどという思考には至らないだろう。

 いや、養育区用の食料は誰かしらが持ち帰っているはずか。


 そんなことを考えて居たら、食事をしていたメンツが続々と食事を終え始める。それに従って、獲物を獲得できなかった者達が残された死体に群がり始めた。

 一応狩れなかった組にも食料は回ってくるらしかった。ありがたい。


 先達共に無駄にキレられても困るので、若干遠慮しつつ足の切れ端を貰う。肉は少なかったが、空腹には大分染みた。


 

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