第4話 小鬼さんたくさん食べる

 食事を終えると、隊は再度森の奥へと歩き出し始めた。歩く速度は先程よりも少し遅くなっている。

 どうやら腹を満たされて気が急かなくなったようで。貧弱一般ゴブリンにとっては非常にありがたかった。


 次に狙うのは、どうやら魔物らしい。

 色黒ゴブリンのときから感覚的な話で申し訳ないが、自分の中で魔物と動物の境界というのは曖昧で、強そうな雰囲気の動物を魔物と呼んでいる。基準で言えば、元の世界にもいそうなレベルか、そうではないか。


 魔物と動物の境界について考えたのは、ゴブリンがどう考えても動物ではないからだ。ゲームではモンスターやら魔物やらと呼ばれているが、この世界の人間がどう区別しているかは知らず、また知ることも出来ない。だから実際にこの世界の文化を知るまでは、自分の考えた適当区別で呼び分けようと思っている。


 ともかく、次の獲物は軽い気持ちで行くと命を落としかねないという話だ。まぁ元々動物と闘っている時点で危険ではあるのだが。

 先ほどの戦いでもゴブリンが一匹負傷して帰って行った。一人で帰るというのもリスキーだが、負傷した者を抱えながら戦うのは味方にとって危険だ。そのため、リーダーが有無を言わさず帰らせた。


 赤毛の、熊のような魔物が五匹群れている所に近づいて行く。どうやら家族のようで、三匹の体は大分小さかった。それでもゴブリンと比べると少し大きいのだが。


 先程と同じように、リーダーの指示に従って散開する。そして、合図と共に襲い掛かった。


 唸り声を上げながら、熊が此方に迫ってくる。どうやら俺が一番弱いと判断されたらしく、大人の熊が二匹同時に襲い掛かって来た。

 この貧弱ボディは見縊みくびられているらしい。腹が立ちますね。


 リーダーがこちらに駆け寄ってくるのを見ながら、左側に飛び退く。一度に二匹もの相手ができる訳がない。

 本当は自分の身を守ることに徹して、他のゴブリンに熊の退治を任せたいところではあった。ただ、下手に逃げる姿勢を見せても余計狙われるだけかもしれない上に、ここで逃げ出したら逃げ癖が付いてしまうような気がした。


 熊が振りかぶって来た腕を避け、横から差し込む形で顔面に石のナイフを突きつける。熊が前傾姿勢になっていたおかげで、丁度良く眼球の辺りにナイフが刺さった。


 ショックなのか何なのか、熊が苛立たし気に唸り声を上げた。足が止まったそのタイミングで、首元に跳び付く。

 腕を組んで首を絞めると、苦し気に熊がのたうち回り始めた。熊の顔面から溢れ出る血液で手が滑る。


 熊が振り回した腕が、俺の腹部に当たる。変な向きだったお陰でそこまで勢いはなかったが、数秒の間は息が出来なかった。ただ、痛い。


 熊がふら付いて倒れる。下敷きにならないように避けてから、また顔面の辺りに跳び付いた。石のナイフを引き抜いて、そのまま喉元に突き刺す。

 喉笛の辺りに深くめり込んだナイフは、そのまま熊を絶命させた。数度痙攣した後、熊が動かなくなる。


 放心状態で一瞬地面に寝転がったままだったが、リーダーの怪訝な視線を受けて立ち上がった。

 リーダーも熊を一匹殺している。小熊三匹も順当に狩られたらしかった。銘々に皮を剥ぎ始めているのを見て、自分もそれをまねて肉の処理をする。


 熊を殺した瞬間から、自分が謎の高揚感に包まれている。ランナーズハイ的なものなのだろうか。


 血液で全身がベタベタになりながら、肉の処理を終えた。数人はそのまま食事を始めたが、リーダーは食べ始める様子はない。

 戦った反動か空腹だったので、自分も熊の肉をむさぼる。


 無心で食事を続けて居たら、四分の一程度は食べ切ってしまった。自分の体のサイズからして入りきる量ではないと思うのだが、何かしらのファンタジー要素があるらしい。これだけ食べてもまだ満腹ですらない。というか、ゴブリンになってから常に空腹に襲われているような気がする。


 本当は他のゴブリンたちの為に残して置くべきなのかもしれないが、腹が減り過ぎている。

 腹が減っては戦はできないのである。別に食い意地がどうのこうのという話ではない。次の戦に備えているのである。決して自分勝手な理由ではない。


 自己正当化を済ませ、残りの熊肉も胃の中に収めて行く。

 こうして食べてみると、生肉も案外悪いものではなかった。確かに食感やら風味やらは最悪だが、耐えられないほどではない。それで腹が満たされ、栄養も取れるのだから、それで良いだろう。


 結局、熊肉は全て食べ切ってしまった。自分が飼ったのがこの群れの中で一番大きな熊だったから、かなりのサイズだったはず。

 辺りを見渡すと、リーダーがこちらを呆れた目で見ていた。確かに食べすぎたかもしれない。もっと他人に分け与えるべきだったか。


「まダ、食べたいのカ?」

「あ、いらないです」

「ならいイ」


 急に話しかけられて怖かったが、このまま帰るのだと。………確かに、飲み会メンバーにここまで爆食している奴がいたら、二次会に行く必要があるかどうか聞きたくなるか。

 俺はそこまで強欲じゃないので、午後にもう一回狩りに来て我慢します。


 にしても、案外動物やら魔物やらもいるものだな。まだ巣を出てからそこまで時間が経っていないのに、もう二つも群れに遭遇した。

 狩りと言えば、一日狩りに出ても何も狩ってこれないというのが常だと思っていたのだが。これもファンタジーだからなのか。


 熊に殴られたわき腹が若干痛む。昼の間に寝たら回復するだろうか。

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