ゴブリンに転生した
二歳児
洞窟編
第1話 小鬼さん誕生する
「ガァ、グフッ………」
疑問の声を上げようとして、上手く口が動かずに、良く分からない呻き声が上がる。…………いや、まさか、まさかそんなことはないはず。
先程死んだ記憶はある。何が原因かは分からないが、建物が倒壊して、そのまま潰された記憶が。その時に全身を襲った苦痛を思い出して身震いした。
そして、目が覚めたらこの状況である。薄暗い空間、緑色の手、上手く発せられない声。何が起きているのか理解が全く追いつかない。
嫌な予感がしながらも、自分の全身を確認した。…………緑色で、
認めよう。認めるしかない。どれだけ嫌でも、この事実から逃れる術はない。
どう見ても、どう目を逸らそうとしても、俺はゴブリンだった。
暗い中で周囲を確認してみても、転がっているのは赤子のような緑色の小さな塊。低く耳障りな呻き声を上げながら、
気持ち悪い。流石に気持ち悪すぎる。ゲームの中のデフォルメされた程度のモンスターならまだしも、現実世界のテクスチャではあまりにも気持ちが悪すぎる。
どんな動物でも赤子なら可愛いと言われている。それなのに、赤子でもここまで醜いのである。これが成長したらどれだけ見るに堪えない姿になるのかなど、想像するまでもなかった。
そして将来、自分はそんな姿になる。端的に言おう。不細工である。泣きたい。切実に泣きたい。
低い呻き声の多重奏の中で、一人
†
口に中に何かを突っ込まれて目を覚ました。粘性のある液体が口の周りに付着して、その気持ち悪い感触が口内全体に広がっている。
あまりの不快感に吐き出すも、首の後ろを強く掴まれて、そのまま喉の奥へとそれを突っ込まれた。逃げ出そうにも赤子の体では逃げ出せない。ついぞ呑み込んでしまえば、生臭い匂いが食道から鼻、口両方にかけて広がる。涙目になりながらも、胃の中に収まった内容物を吐き出そうとして苦闘する。
自分の手を喉の奥に突っ込んでも、何も出てこなかった。
「グ、ガフッ………」
何も出てこないのにえずきながら、
その姿勢のまま顔を上げれば、自分が居た場所は想像よりも広かった。寝る前よりも幾分か明るくなっていて、状況が良く分かる。
周囲には、様々なゴブリンが居た。ニ十体程度だろうか。体が小さいものから大きいものまで。大きいとは言っても、目測で身長140cm程度だが。大抵の個体が床で小さく丸まっている。
その隙間を縫うように歩きまわっている者がいた。片に薄汚い袋を担いでいる。袋からは赤黒い液体が滴っていて、その中身を時折取り出しては、床に転がっているゴブリンたちの口の中に詰め込んで―――つまり、赤子に食わせて回っている。
食べさせている物は、察するに、動物から皮を剥いで骨を取った物らしかった。調理はされていないが加工はされているというのは、一応は乳児食という扱いなのだろうか。
生肉を食うにしても、せめて血抜きされたものが良かった。血液に塗れた生肉の触感の悪さと生臭さを初めて知らされる羽目になったから。
心の中で悪態を吐きながら、その食べ物を配っているゴブリンを睨みつける。食事を与えられたとはいえ、信じられないほどに不快な体験だった。
許せない。いつか両足の小指が腐り落ちてしまえば良いのに。小指がなくなってバランスが取れなくなって転んで頭を打って死んでしまえば良いのに。
数分の間気持ち悪さに襲われていると、もう一度先程のゴブリンが近づいて来る。周囲の赤子たちが食事を従順に飲み込んで行くのを遠目に眺めながら、溜息を吐いた。
身体を起こす。食事を配っているゴブリンと目が遭った。
無言で手を差し出すと、そこに生肉を乗せられる。なに、主張してみるものだ。口に突っ込まれるよりも、自分で食う方がまだ良い。
腹が鳴った。先ほど少しは食べたはずなのに、既に胃の中は空で、目の前の生肉が旨そうに見えて来る。血迷ったか、俺。
なるべく血を落として、口に含む。弾力のある肉の筋が口の中に残るのを感じながら、感情を空にして食べて行く。
周囲で倒れているゴブリンの中には、先程言った通り身長の高い者もいる。その身長は、大体食事を配っていた恐らく成人済みのゴブリンと大して変わらない。
となれば、真っ先に思い浮かぶのは、生まれてからの体の成長が速いということ。前世でも、犬などは生まれてすぐの成長が速く、そこから寿命に達するまでは成長し切った体で、その生の殆どを過ごすのだとよく聞いた。実際には人間が特殊で、何年も成長し切らない幼児のままでいることが普通ではないらしいのだが、それは置いておくとして。
ともかく、今の自分の成長速度は速いはず。となれば、食事をしない手はない。空腹なのだから、食事が足りていないことは間違いがない。与えられたものは食わなければ。
いつまでもこんな小さな赤子ボディでは大して行動もできない。数週間か、数か月か、分からないが成長するまでは堪えねば。
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