第31話 元小鬼さん提案を受け入れる

 ドヴジルさんに付き添って農作業をしながら、今後どうするか考える。今後、と言っても、要するにアグシアの提案を呑むかどうかについてだが。


 彼女が言った内容に一瞬納得した自分が居たのも間違いなかった。

 何せ、俺は真面まともに戦い方を誰かから習ったことがない。ラタヅがとにかく相手の背中を取ることが大切だとかなんだとか言っていたような気もするが、彼の話は大抵が繁殖区の女性から聞いた話だったから信用が置けたわけでもない。別に反抗する必要もなかったし、特に理に反したことを言っていたわけでもなかったので聞いてはいたが。

 ともかく、完全に我流で戦おうとすれば、いつかどこかで限界に突き当たるだろうとは前から思っていた。


 しかし考えてみれば、俺が今後討伐者になる気があるかどうかで、話が大分変わってくる。討伐者になるつもりがないのであれば、別に今後は一切合切戦う必要などない。だから戦闘訓練する必要もない。


 まぁ、経験として、アグシアから戦い方を習ってみるというのも良いのかもしれない。怪しいと思ったら距離を置けばいい話だし、今ここで今後の予定を全て決めなければならないわけではないのだから。

 それに、少し気になっていないわけではなかった。人間の戦闘訓練とはどのようなものかが。


「おい、イノーグ。場所変えるぞー」


 諸々の作業が終わって、ドヴジルさんが立ち上がる。彼に従って、次の畑へと場所を移した。


 最近になって、考え事をしながらでも農作業ならできるようになった。未だに農業以外の他の事をしている最中では、何か考えていると手が止まるのだが。




 †




 夜になって、前と同じように町へと繰り出す。飲み屋街の辺りで壁に寄り掛かって待っていると、アグシアが姿を現した。


「おー、本当に来てくれるとはねえ」

「まぁ、よろしくお願いします。嫌になったらすぐ辞めますけど」

「全然引き止めるけど、それはそれとして敬語はやめようよ。距離感凄いし」

「嫌ですけど」

「えー」


 距離感が欲しくてわざわざ敬語を使っているのだから、急にフランクに話すわけがないだろう。


 ………実は、この世界では基本的には敬語は使われないようで、大きな恩があってどうしても敬意を示したい際などに用いられるらしい。だから本当はこんな怪しげな女に敬語を使って話しかける必要など微塵もなかったりする。だからこうして見ず知らずの人間に対して敬語を使うのは、前の世界からの習慣となるわけだ。

 まぁ、珍しいからこそ使っているのだった。前の世界で感じるような距離感よりも、さらに拒絶感を感じるらしいから。必要以上に親しくならないためにも、敬語を使って話しかけるのは悪くない手段だろう。


 ドヴジルさんたちに対して敬語を用いているのは、宿を借りているという大恩があるから、ということにしていた。宿なしで生活をするのはこの世界では大分危険とされていて、宿を無償で貸してくれるなどという事態は命を救ってもらっているにも等しかったりする。それも、見知らぬ男を招き入れて自分の命を危険に晒してまで。

 そうなると、敬語を使っていたところで何も不自然ではないのだった。近所の人たちにも、疑問に思われたことは一度もない。


 アグシアが歩いて行く方向は、町の外に向けてだった。というよりも、件のドヴジルさん夫婦の家の方向に向かっている。


「人の目が嫌なのもあるし、広い場所に行きたいから、ちょっと町からは離れるからね」

「了解です」


 我が家の比較的近くを通り抜けて、段々と家の数が減ってきた。


「アグシアさんは普段どこで生活しているんですか」

「踏み込んだこと聞くじゃない」

「別にただの世間話ですけど」


 もし彼女が我が家の近くに住んでいるのであれば、毎回毎回町に出る必要はなくなる。ただ、飲屋街の様子を観察するのは日課にすらなっているし、それがなくなるというのは少し 寂しいか。

 聞かなくてもよかったかもしれない。聞いてしまったものは仕方がないが。


「私は町中の宿に泊まっているけど、ちょっと高いからもう少ししたら場所を変えようと思ってる。お金に余裕がないわけじゃあないけど、部屋で過ごす時間も短いし、無駄遣いは辞めたいからねえ」


 お金に余裕がないわけではない、と。

 そこまで高級取りとなるとこの人の仕事は………まぁ、討伐者でまず間違いないか。あそこまでドヤ顔で、技術を教えてやる、なんて言われて討伐者でもなんでもなかったら、流石にタチが悪すぎる。


 ということは、アグシアほど弱くても討伐者は儲かるのだろうか。それとも、アグシアほどの凄腕だから儲かるのか。討伐者の実力感はよく分からなかった。男女二人組にタコ殴りにされた記憶もあれば、洞窟にきた人間達が簡単に死んでいった記憶もある。洞窟にきた討伐隊にも強い人間は多くいたが、それはともかく。

 まぁ、今考えることではないか。実力があればあるほど儲かるのは間違いないのだろう。戦闘を始めとした、体を資本にする仕事なのだから。だったら体を鍛えて悪いことは何らない。


「イノーグ君はどうなの?」

「黙秘で」


 これで住所が彼女に知られて家にまで来られたら流石に嫌だった。自分の精神的に嫌であり、且つ普通にドヴジルさんとアウラルさんに迷惑がかかる。

 俺から住処の話題を振っておいて、自分のことについて何も答えないのは流石に申し訳ないと思うが。


 アグシアに視線を向ければ、案の定半目でこちらを見ていた。すいませんね。秘密主義で。

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