第30話 元小鬼さん絡まれる
彼女に「付いて来て」と言われ、夜中の町を人気のない方へと導かれて歩いて行く。飲み屋の数々によって僅かに照らされていたはずの町並みは、ついぞや月光に照らされるだけとなった。
誰の気配もしなくなって、狭い路地裏に入った所で女は遂にこちらを振り向いた。前の世界よりも格段に良くなった視力では、この暗さの中でも彼女の顔がはっきりと見える。
それでも尚、彼女の表情は何も読めなかった。彼女が何を考えているのかは全く以て分からない。
彼女は路地裏に置いあった小さな木箱の上に腰かける。静かな街中に、彼女が腰を下ろした際の木の軋む音が僅かに響いた。その後を追うように、どこからかフクロウの鳴き声のようなものが聞こえて来た。
「こんなところまで連れてきて何がしたいんですか」
付いて来させたというのに話を振る気配もない彼女に痺れを切らして、思わず口を開く。周囲の静けさに吊られて、思わず小声になった。
「単刀直入に言えば、君は誰かの助けが欲しいのではないかなぁー、と私は思ったのさ」
少し芝居がかった動きで、彼女が人差し指を立てながら得意げに言う。
それにしても、助け、とは。
少し考えて見ても、何も心当たりがなかった。
「凄い怪訝そうな顔してるね。まぁ、私が言いたいのは、君は体は強いのに技術が追い付いていないように見えたってこと。仕事終わりの討伐者たちのこと随分熱心に見ていたから、少し興味があるのかと思ったの。討伐者に本当になりたいなら技術があった方が良いでしょ?」
まぁ、大方間違ってはいないか。それにしても、俺が討伐者のことを眺めていると分かったということは、随分と長いこと俺の様子を観察していたということだと思うのだが、どうだろうか。
気にしても仕方がないか。別に周囲を警戒して歩いていた訳でもないし、誰かに遠くから観察されていたとしても気が付けなかっただろうと思う。何せ、夜とはいえ、あの辺りでは夜中まで結構な人がうろついている。
「だとして、あなたが何をすると?」
「私が鍛えてあげるよ」
鍛える、ね。まぁ確かに後ろから近づかれても、肩を叩かれるまでは気が付けないほどには技術的に劣っているかもしれないが。
「遠慮させていただきます」
「ツれないねぇ」
流石にそろそろ家に帰りたくなって来た。明日も早く起きなければいけないのだから、できればそこまで遅くならない内に寝たい。
「まぁ、今すぐにじゃなくても良いよ」
女は、ひらひらと手を振って、上を見上げた。俺もつられるようにして上空に視線をやる。いつも通り、綺麗な星空が広がっていた。
前の世界では、都会の光で夜の景色は最悪だった。俺は本当にそれが嫌いだった。そんなことを思い出しながら、その場を離れた。
†
翌々日。また夜中に町へと繰り出した俺に、近付いてきたのは例の女だった。
「今日は気付けたね」
「………何の用ですか」
前回町に来た時に女の存在に気が付けなかったのが自分的には悔しかったので、少しは気にしていた。今回はきちんと彼女の存在に気が付けたようで良かった。
前回と同じように大きなコートを身に着けた彼女は、今日も静かに歩いていた。
「また同じように勧誘しに来ただけだけど」
「前回断りませんでしたか」
「遠慮する、って言ってたね。まぁ、遠慮してるだけなんだったら、別に私は良いのにって思ったかな」
「断るという意味で言ったのですが」
「だろうねえ」
若干腹が立ってきた。生活の中での唯一と言っていい自由時間なのに、邪魔しないでくれるだろうか。仕事終わりの討伐者を眺めているだけではあるが、それでも自分的には案外楽しかったりするから。
極力彼女の存在を気に掛けないようにして、いつものように町の中に歩を進めて行く。
今日の昼間は一瞬天気が崩れたから、石畳が雨で少し滑りやすくなっていた。討伐者が用いていた靴をそのまま使っているから、こういったアウトドア的な場面には強いはずなのだが、時折転びそうになって怖い。
もしかしたら、何かしらのメンテナンスが必要だったりするのだろうか。
「君はどんな魔法が使えるの?」
黙りこくって視線すら向けない俺に痺れを切らしてか、彼女が聞く。一瞬沈黙を挟んで話す意思があまりないことを示してから、口を開いた。
「………魔法は使えません」
「へぇ」
彼女が瞳を細めてこちらを見つめた。何か返答を間違っただろうか。
「それで討伐者になろうだなんて挑戦者だね」
「だからこうして燻っているんでしょう」
まぁ確かに、討伐者の中では魔法が使える者が多いだろうが。別に使えない者が居たっておかしくはないだろう。実際、ゴブリンと闘っている最中に魔法を使っていなかった討伐者も多数いたのだから。
前に言った通り、恐らくゴブリン討伐に回される討伐者というのは大分下っ端だろうから、魔法が使えなければそうなるぞ、という意味を込めて言っているのかもしれないが。
「じゃあ、やっぱり私が必要じゃん」
「なんで見ず知らずの人の助けが必要になるんですか」
「見ず知らずの人でもなければ戦い方を教えてくれる人なんていなかったからでしょ」
「確かに」
実際、誰かに戦い方を教えてもらおうと思ったら、見知らぬ誰かに頼むか、公的な機関に頼るしかない。
「はい、私の勝ち。じゃあ、明日からもよろしくね」
「いや待てよ流石にそれはないだろ」
「あ、敬語外れた」
楽しそうに女が笑う。
「とにかく、明日からよろしくね。あ、ついでにだけど、私はアグシア。君は?」
「イノーグです。って、そうじゃなくて」
じゃあねぇ、と暢気に言い放ったアグシアが、そのままその場から消える。背中に回られたと思ったら、いつの間にか見える場所からは姿を消していた。
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