第29話 元小鬼さん町に繰り出す
翌日。
外が明るくなる気配と共に目を覚ます。最初の頃は辛かった早朝の起床も、夜に寝る時間を早くすることで耐えられることが判明してからは、老人のような生活習慣となっていた。
ここまで早く起きるのは、アウラルさんの代わりに朝食を作るためだった。
というのも、アウラルさんとドヴジルさん達は二人とも、結構夜遅くまで起きていることが多いのだ。盗み聞きするつもりはなかったのだが、夜中に偶に部屋の前を通ると二人の楽しそうな話し声が聞こえてしまう。そうして夜ふかしをしているため、そして年齢もあってか、朝起きるのは二人とも辛そうだった。
勿論目覚まし時計など存在しないため、そんな状況では目も覚めない。その代わりに俺が寝る時間を早くして、早朝に済ませなければならない仕事を代行していた。
前の世界では料理はあまり得意ではなかったのだが、流れ作業として覚えてしまえば簡単だった。何せ、庶民の食事というのはワンパターンらしく、穀物を少しの肉、野菜とスープの中にぶち込んで、それに火を通してしまえば終わりだ。
一応食器やらナイフやらの管理は気を付けろと言われたので、従っているが。加えて、水を汲んで来るのも一仕事らしく、あまり使いすぎないようにとも言われた。
ともかく、形の若干歪んだ鍋の中に、ナイフで切った不揃いな野菜を投げ込む。アウラルさんは朝食はあまり食べないので、量の調整が少し面倒だったりした。
ちなみに味付けは塩のみ。塩があるだけまだマシで、これはドヴジルさんの
使いすぎると怒られるので、調味料黄金期であった前の世界の記憶がある俺にとっては非常に薄味のまま、蓋をする。蒸気でお湯が逃げたら困るので。俺が気にしすぎているだけかもしれないが。
あたふたしながら朝食を作っていると、アウラルさんが起きて来た。その後に付いて来るようにドヴジルさんが起きて来る。
アウラルさんは寝起きでも絶対に眠そうな顔をしないのはどうしてだろうか。ドヴジルさんは目が半分閉じているのだが。
皿に
「いつもありがとうね」
アウラルさんが微笑みながら言った。未だに適当な返事がいつも思いつかないのだが、いつものように「いえいえ」と小さく返す。
朝食をアウラルさんの代わりに作るようになったのはいつだっただろうか。何も仕事をしないわけと思い立って、とにかくできることを探したのだが。
食事を終える。その頃には段々とドヴジルさんの目も覚めてきて、仕事をするために畑へと出た。
†
力作業と、長時間腰を曲げ続ける仕事は、ドヴジルさんの代わりに俺がすることになっている。ドヴジルさんは年齢を言い訳にして俺に押し付けているが、最近になって彼が面倒臭がっているということを察した。
作業中に辛いのは筋肉だけではなくて、ドヴジルさんがなんだかんだ言って話しかけて来るのに返事をするのも少し大変だった。何せ、作業に必死過ぎて話が入って来ない。しかも、農業理論的なものを論理立てて話してくれるお陰で、最初の部分を聞き逃すと何も分からなくなって来たりする。
しかし若干大変だとは思っていたが、アウラルさんに「息子の代わりみたいに思ってるのよ」と言われてからは下手に聞き流せなくなった。どこかにいる息子さんに謝りながらドヴジルさんの話に相槌を打っている。
ともかく、体と精神に負荷がかかる農作業が今日も終わった。
昼食は作業中に軽食を取って、夜ご飯は既に皆で机を囲んだ。今日の夜ご飯には少し肉が使われていて感動した。ドヴジルさんも心なしかテンションが高かった気がする。
ということで、今日すべきことは全て終わった。ここからは、一日の楽しみの時間だ。
とは言っても、実際には町を探索するだけだが。
ちなみにドヴジル夫妻には一応許可を取っている。夜出かけてきても良いかと聞いたら、何でそんなことをわざわざ聞くのか、と言いたげな怪訝な視線で見られたが。
まぁ確かに、俺は既に見た目が成人しているわけで。よっぽど神経質な人でもなければ、ただの居候が少しどこかに出掛けたところで気にもしないだろう。その日中にしなければならない作業が終わっている限りは。
ということで、今は少し暗くなりつつある町の中を歩いている。最初にこの町に来た時に感じたように、夜の町は少し雰囲気が荒んでいる。とはいえ、飲み屋から騒がしい声が聞こえて来たり、その付近で楽しんでいる討伐者の集団が居たりと、明るい空気感の場所もあった。
俺が寄り付いているのは後者の、仕事を一通り終えた討伐者達だった。最初にドヴジル夫妻に討伐者事情を伝える際に情報収集をしたときからというもの、一日の仕事を終えた夜の習慣となっている。
羽目を外している討伐者の皆様方は、本当に騒がしい。少し離れた道から笑い声が聞こえてくるほどには。凄い楽しそうに聞こえる笑い声が。
本当はこの世界の酒も飲んでみたいのだが、如何せん金がない。
酒屋のある場所を巡りつつ歩いて行く。何気に店は多く、店に入らず歩いているだけでも少しは楽しかった。
唐突に、肩を叩かれて反射的に後ろを振り向く。跳ね上がった心臓が、そのまま強く脈を打った。冷汗のようなものが流れて来る。
心臓に悪いから、脅かすのは本当にやめて欲しかった。
「………良い反応だね」
立っていたのは、白みがかった茶髪の、少し背の低い女だった。筋肉質で、足は太い。
そして何より、彼女が動いても音がしない。
「ねぇ、ちょっと話そうよ」
体の後ろで手を組んで、上半身ごと首を傾げながら彼女はそう言った。
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