人里編
第28話 元小鬼さん農作業する
広がる晴天、差し込む日差し。頬を流れる汗を拭って、痛む腰を持ち上げる。
元々都会人だった自分は、畑で歩いているだけでも体力を削られている。昇格によって身体能力は向上したはずだというのに、それでも隣で作業している老人の方が動けていた。
「おう、イノーグ。大分疲れてるじゃねぇの」
そろそろ五十になるだろうドヴジルさんが闊達に笑って、こちらを見たまま手を動かし続ける。
「大分長いこと農業から離れていましたから」
「まぁ、慣れない内は辛いかもなぁ」
ドヴジル夫婦の家に泊らせてもらい始めてから、一週間が経っただろうか。
ドヴジルさんの妻であるアウラルさんが、街路で眠りこけている俺を早朝に発見して家に通してくれたのが、俺が町を訪れて二日目の朝だった。普段はそういったことはしないのだが、最近になって息子が家を出たから、ついつい親切心を表に出してしまったらしい。
怪しい人間を家に入れて殺された人を知っているから後から少し後悔した、とからから笑いながらアウラルさんに言われて、血の気が引くような気がしたのを思い出す。
彼ら夫婦には、最近まで討伐者だったが自分が弱すぎて帰って来た、と説明してある。出身地は遠い町だとして、細かいことは少しも話していない。
最初は渋っていたドヴジルさんも、俺が農作業を手伝うことを対価に許してくれた。
「それで、お前さんは魔物と闘ってたんだろう? 毎日のように戦ってちゃあ、辛いんじゃねぇのか?」
ドヴジルさんは、やけに討伐者時代のことについて聞きたがる。大分体も強いし、もしかしたら過去に討伐者を目指していた時期でもあるのかもしれない。
ちなみに討伐者というのは、魔物を殺すことだけが仕事ではないらしい。森に居たのは町へと魔物が乗り込んでこないように対策しているだけであって、柵や塀を作ることも仕事に含まれているのだと。実際の仕事の内容は、人間以外の生物が原因で町が被害を受けることを防ぐこと。
夫婦に元討伐者だと言ってしまったので、色々と説明できるように調べた。街行く人々の中にも結構な確率で討伐者が居たので、その話を盗み聞いて。
「辛かったから辞めたんですよ」
個人的な体験談に関しては、実際に魔物と闘った経験、しかも魔法を使える人間がいない中でグループで戦った経験があるので、その時の話をすれば討伐者としてのエピソードは語りやすかった。昔の苦労話をしているだけで、新人討伐隊の話として聞いてもらえる。
事実、ドヴジルさんは既にラタヅ達との共闘について随分と詳しくなっていた。そして、その上で畑作業ができない俺を見たので、俺は相当に出来損ないだと思われている。
「そりゃあ、残念だ。まぁ今は助かってるから良いけどよ」
「俺もめちゃくちゃ助かってます。ありがとうございますね、本当に」
「力仕事してくれりゃあ、その間は泊めてやるって話だろ」
仕事に戻って行くドヴジルさんに軽く会釈をする。
いつまでこの人たちにお世話になり続けるかは、まだ悩んでいた。正直今のドヴジルさんの様子だったら、俺が居なくても仕事は何とかなる。全く役に立っていない訳ではないだろうが、俺が居た方が良いかと言われたら分からない。
出て行く際には、また討伐者に戻ると話すことになるだろう。今まで自分が話して来た内容からは、それが一番自然だから。
俺に討伐者の仕事が出来るだろうか。魔物達と闘うことには慣れているが、人間の戦闘の仕方は良く分からない。そもそも、身分証も何もないのにそういった公の仕事に就けるかどうかですら分からないのだから、一歩目から
ただ、もし討伐者になるのであれば、洞窟にいた頃の戦闘感覚を忘れないうちになりたい。
もしかしたら一般人向けに、新人討伐者に向けた講義なんぞがあるかもしれない。そうであれば、正直非常にありがたいが。人間らしい戦い方を学べる上に、戦闘感覚を思い出したりできる。
まぁ、普通に考えて何もガイダンスがないわけがないだろう。新人に何も教えなくとも彼が仕事ができるだろうと期待するのはあまりに愚かだ。
話は戻る。結局問題は、いつ討伐者になるかだ。本音を言ってしまえば、殺伐とした世界からは少しの間離れて居たかった。かといって、いつまでもドヴジル夫婦に迷惑をかけるわけにもいかない。
何せ、赤の他人が路頭に迷っているからといって、家に泊めて食事と仕事と寝床を与えてくれるような人たちなのだから。一方的に迷惑をかけ続けるのは御免だった。
「イノーグ、集中しろー」
ドヴジルさんにどやされて、謝りながら作業に戻る。考えると手の動きが止まるのは前の世界にいた頃から変わらないらしい。
手を動かしながら、自身の平和について考える。自分は将来何を目指せば良いのだろうか。
討伐者になるしかない、とは理解している。他の人たちの話を聞けば、職業は大抵親から受け継ぐもので、行き先がない人がする仕事は娼館か討伐者、もしくは適当な肉体労働らしいから。
ただ、その先は?
討伐者になった後、自分は何を目指して生きて行くのだろうか。争わずに済む生活? そんなにぼんやりとした目標を掲げていても、達成できるとは思えなかった。
「おい、イノーグ。集中しろって言っただろ」
「すいません、考え事してました」
また、手が止まっていた。考えるのを止めて、作業に戻る。
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