第27話 元小鬼さん観光する

 人里、というよりも町に辿り着いたのはその日の昼頃のことだった。途中で大分走ったため、通常よりは速く辿り着いたと思うのだが、どうだろうか。


 町は、想像以上に大きかった。想像通り背の高い建物はないが、平坦な建物が疎らに位置しているのが大量に見える。


 特筆すべきは、町の中にある大きな塀だろう。そう、町の中だ。

 比較的貧相な建物が畑などと共に町の周縁にあり、内側に行くにつれて段々と建物が大きくなって行く。中心部に何があるのかは殆ど分からないが、唯一背の高い建物の屋根が一つだけ見えた。


 中心部には富裕層が集まっているのだろう。そして、その中心部を囲うようにして大きな塀がある、と。


 ともかく、町に入るだけであれば問題はなさそうだった。もしかしたら検問的な何かがあるかもしれないとは思っていたが、何もなくて安心した。


 目に見える範囲の農地では、殆どの人が農作業に明け暮れていた。所々で子供が駆け回っていたりするが、親らしき大人を手伝っている幼子も多い。

 この世界に来てから、初めて見た長閑な光景かもしれない。何となく平和な気分になった。




 †



 

 住民が呼ぶには、町中央の塀は城壁なのだという。やっとのことで近くへと辿り着いて、その高い壁を見上げる。

 目測だが、高さとしては十メートルない程度だと思う。人間はおろか、少し程度運動神経の良い魔物でも超えることは出来ないだろう。成形された石でできた壁だけに、登って超えるのもあまり現実的な話ではない。


 この城壁を通り抜ける門は、俺が見た限りでは一つしかなかった。一周回ったわけではないので、もう一つぐらいあってもおかしくはないと思う。

 ともかく、その数少ない門は兵士のような人に守られていて、出入りする人の姿はなかった。門の奥に見えたのは整備された道と、背の高い建物たちだった。やはり中には富裕層の人間が住んでいるのだろう。


 覗き込んでいると門番に睨みつけられた。あまり興味を示しすぎるのは良くないらしい。


 城壁の付近では、建物の密度が大分高かった。人の数も多い。薄暗い路地裏のような場所も一部見受けられた。


 暗い路地裏に足を踏み入れる。蹲るようにして屈み込んでいる者達が多くいた。裏口のような場所に腰かけている者達もいる。

 一気に空気が重くなって、呼吸が浅くなったような気がした。誰もが低い声で会話をしていて、何かを伺うようにこちらを見ている。


 少し怖くなって足早にその付近を去った。




 †




 夜中になるまで、足を踏み入れられる限り町の探索をして回った。金がないので買い物をしたりだとかは出来ないが、それでも店を見て回る程度だったら出来た。

 そもそも何かを販売している店というものが珍しかったことに加え、少しいい雰囲気の店は入った所で追い返されるので、落ち着いて見て回れた場所は少なかったが。それでも楽しかった。


 日が暮れて、道からも人々の気配がしなくなって、また町の端へと戻って来た。街中ではどうしても人が多いせいで、夜中になると一気に恐ろしい空気になって来ていた。人間だった頃も都会の夜中は恐ろしいものだったが、それはこの世界に来てからも変わっていないようだった。


 さて、今日の夜はどう過ごそうか。本当は宿を取りたかったが、何せ金がない。


 最初は質屋で物を売る予定だった。そのために死体から回収してきたものも幾つかある。ただ、街の散策ついでに探しても、どうにも見つからなかったのだった。

 現地民の誰かに聞けばよかったのだが、謎に緊張して話しかけられなかった。周囲に人が多かったせいで、人間だった頃を思い出したのかもしれない。


 星空を見上げる。

 森の中で過ごしていた頃は、こうして煌々とした星々を見る機会は少なかった。上を見上げても木で覆われていることが多い上に、洞窟で過ごしていることも多かった。

 久しぶりに見る光景は想像以上に良い。


 今日は取り敢えず適当に野宿でも良いか。例の草原の集落のお陰なのか、この町の付近では魔物の姿はなかった。町の端の部分も、ここまで適当な柵で今まで生き残って来たのだ。

 夜中に見張りは立てられないが、それでも大丈夫だろう。


 森の中では、野宿は大分適当だった。寝具も特に用意せず、身を隠せる位置に寝転がって寝ていた。

 ただ今では、町の中にいるということも相まって、道端に眠りに就くのは若干恥ずかしい。まぁ、何も野宿道具を持っていないから、どうすることもできないのだが。


 上着を脱いで、道端に広げる。その上に寝転がった。近くに住む者達に見つかったら不気味がられるだろうか。

 そこまで寒くなくて良かった。綺麗な星空が見えなくなることに少し寂しさを覚えながら目を閉じる。そのままゆっくりと眠りに就いた。

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