第26話 元小鬼さん母を感じる


 言葉に詰まっている俺の方を見て、後ろに控えている男が舌打ちした。表情は変えないようにして、必死に頭を回す。


「洞窟で拾っただけですね」


 自棄やけになりながら、頭の中で話を組み立てた。


「………ゴブリンどもの住処か?」

「えぇ」


 実際、拾っただけであることは間違いない。今着ている服は、洞窟の中を探し回って真面まともだったものを着用しているだけだ。

 目の前の面々の仲間がどんな人間だったかも、正直分からなかった。


 目の前の男たちの雰囲気が更に悪化した。殺気が眼光に籠っているどころではなく、行動に起こす直前の様子のメンバーがほとんどだった。

 唯一冷静に見えるのは矢面に立っているリーダー風の男のみ。


「………お前らが置いて行った死体を漁って何が悪い」


 少し踏み込んで、悪態を吐くような口調で、小さく言う。それに対して、討伐隊の一人が手を挙げようとした。

 リーダーがそれを手で制す。


禿鷹はげたか、か」


 苦々し気に、男が言う。


「今回の大規模討伐は大々的に発表したから、禿鷹がくことは想像していた。………実際に自分の仲間の死体を漁られ、しかも遺品を堂々と着用されるとは想像もしていなかったが。いや、想像したくなかった、の間違いか」


 怒りを抑えようとしているのか、リーダーの口は止まらない。


 他の隊員の怒りを抑えているように見えて、その実この五人の中で一番沸点の限界に近いのはこの男だろう。表情は落ち着いていて怒りをあらわにする気配はなくても、一人だけ目に生々しい怒りを湛えていた。

 あまり神経を逆撫でるようなことは避けたいのだが。


 「俺が禿鷹になる理由も想像はつくだろう? 薄汚れたみすぼらしい服に身を包んで高級品持ち帰るぐらいだったら、立派な装いで堂々と日の目を見させてくれよ」


 俺の言葉に対して、男の瞳の中に一瞬の同情の色が浮かんだ。

 魔物を殺すことによって生計を立てている者達も、真面な出自をしているとは思えない。貧しさ故に倫理的にグレーな仕事に就くことに対して例え共感はできかったとしても、理解できる部分は多くあるだろう。


 少し渋った後に、男は遂に溜息を吐きだした。


「街に帰ったら新品の服でも買ってやる。だからその時にはその服を返せ。………天国の仲間の服を他人が来ている状況は、正直気分が悪ぃ」


 まぁ確かに、気分が良いと感じる人間はいないだろう。


 剣の柄をわざとらしく手で二度叩いて「この剣は良いのか」と聞けば、彼は一度首を縦に振った。


「その剣はあいつのモンじゃねぇ。他の奴らでも気にしてる奴はいなかったから、お前が持っていても構わねぇだろうよ」

「分かった。それで、誰かが代えの服を持っていたりしないのか? 破れていない、汚れていない服があればそれでいい。今すぐにでも着替える」


 俺の提案に対して、少し面食らった様子の男達だったが、直ぐにその内の一人が名乗りを挙げた。

 前衛職で、どうしても攻撃を食らう機会が多く軽装ではあるが予備の服は用意してあるらしい。今俺が着ているものよりは若干下等になるらしいが、この状況で難癖を付けられる訳もなく、その男の服を貰う方向で話が付いた。


 テント地に荷物が置いてあるらしく、それを取りに行くと言って、俺に服を貸す予定の人間が走って行った。距離的にはそこまで離れていないと思うが、十数分もすれば帰って来るだろうか。


「………禿鷹は、稼ぎは良いかもしれねぇが直ぐに死ぬ。今日みてぇなことがこれから何度もあるだろうよ。早く足を洗え」


 こちらには視線を向けずに、リーダーが遠くを見ながら言う。どうやら、先程の貧乏アピールが今になって効いて来たらしい。やけに優しい口調だった。

 もしかしたら、死体漁りの先輩なのかもしれない。だからこそ、無駄に状況に感情移入してしまった、とか。ただただ元から感受性が豊かな人であるだけなのかもしれないが。


 ともかく、命を狙われる状況は免れたらしい。

 あの格好で村やら町の中を出歩いていたらいつかは遭遇していた場面だろうから、他の人に騒がれない状況で何とかなったのは逆に良かったのかもしれない。狭いコミュニティで無駄に人から嫌われても面倒だろうから。


 別にそこまで長い時間を人里で過ごすつもりではないが、やはり人間に対して性格的な部分の印象というのは大切だと思っている。

 人というのは案外昔のことまで覚えているものだし、その頃に見聞きした情報が少しでもネガティブだったら、その後一生その人の印象にその負のイメージが付いて回ることになる。本人によってその悪印象が取り除かれない限りは。

 いつか戻ってきたことのことを考えていても、むやみやたらに悪印象だけを晒して回るようなことは避けた方が良いだろう。


 そうして時間を潰していると、先程の男が戻って来た。手渡された服に、大人数の視線を感じながらも着替える。


「………おい、こんな服も着れねえのかよ」


 どうやら着用の仕方が間違っていたらしく、男が呆れた表情をして着せ直してくれた。母性でも湧いて来たのだろうか。やけに親切だった。

 まぁ、真面な服の着方も分からないような貧困と言われれば、相当な不幸を思い描くか。実際問題貧困していなかったこと以外の状況は同じだったのだから、良いということにしておいて欲しい。


 脱いで畳んだ服を返した。そのまま、彼らとは分かれた。先ほどよりも少し心許ない恰好ではあるが、動きやすさと涼しさは向上した。元々ほぼ全裸のゴブリンに合わせて大分薄着ではいたから、慣れていないかと言われればそうでもないが。


 最後のリーダーの捨て台詞を思い出す。もし町で困ったことがあれば、翼を失った虎を、訪ねろと。大分親切な人間だったようである。意味深な助言は少し遠慮したかったが。

 少し程度は脳裏に入れておくか。


 町に向かって歩き出す。人間の確りとした町というのは、ゴブリンになってからは初かもしれない。少し高揚感を感じながら、歩を進めた。

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