第32話 元小鬼さん稽古をつけてもらう

 それで、アグシアと闘ってみたのだが。


「うーん、何が足りないかねえ………」


 地面に倒れ込み、仰向けで浅い息を繰り返す俺の顔を、彼女は覗き込んでいた。全身を包む疲労と、手足の各所に残る打撲の痛みのせいで、あまり思考が回らない。


 彼女の武器は剣だった。俺のものと何ら変わらない見た目の武器だ。訓練用として、木剣を二人とも使用した。


「体自体は結構丈夫だと思うんだけど」


 何よりも敵わなかったのは、速度だった。


 戦い始めた直後は、自分から動いて攻撃していた。その力を見られているのだと思ったし、正直アグシアのことを舐めていたのもある。

 俺の攻撃が完全に防がれた時点で色々と察したが、実際に彼女が反撃に転じ始めてからは、全速力を以てしても微塵も彼女の動きに追い付かなかった。


 力でも勝てなかった。鍔迫り合いをしても、押し込める気配が全くしなかった。

 戦い方にしてもそうだった。どれだけ必死にフェイントをかけても、全てに対して先んじて対処されている。


 速度でも、力でも勝てない。立ち回りでも勝てない。俺には何もまさっている部分がなかった。彼女に対して勝てるヴィジョンが全く以て見えなかった。


「疲れてそうだねえ。今日は流石に、これ以上は無理かな」

「まだ………行け、ます………」


 舐めていた。自分はもう少し戦えるものだと思っていた。洞窟で過ごしていた頃は、人間を相手取って戦うことができていたから。魔法が使える相手であっても、まだ引けを取ることはなかった。


「あんまり無理はしないようにね」

「………俺は、俺の実力は………どのくらいですか」

「討伐者新人より、ちょっと強いぐらいかなあ」


 新人より少し強い程度か。

 洞窟に来ていた者達が討伐者新人なのだとしたら、確かにその実力判断に整合性はある。

 例の襲撃の際には、騙し討ちも濫用した上で人間を相手取っていた。純粋な実力勝負で言えば、敵わなかった戦いも多いのかもしれない。しかも、洞窟での状況は、自分にとって馴染のあるものだった。あそこまで岩場で、しかも暗がりという状況では、慣れない人間にとっては戦い難かっただろう。


 そう考えると、実際自分はゴブリンにしては少し強い程度でしかなかったのだろう。その後に一度昇格をしているから、実際にはもう少し強くなっているとは思う。思いたいだけかもしれないが。


「息が整うまでそのままにしてて。その間にちょっと振り返りしよっか」


 倒れ込んでいる俺の隣に座り込んで、アグシアが先程の模擬戦の改善点を挙げていく。


 彼女の話を纏めれば、やはり必要なのは戦闘経験だということだった。人間というのはどうも剣を用いて型を練習することが多いらしく、例えば連撃を入れる動きだとか、細かい部分部分を体に染み込ませるらしい。

 対魔物戦闘では、人間との戦闘とはまた話が違ってくるが、それでも型の練習は有効。何なら、魔物の方が単純であるため、フェイントにかかりやすいことも多いのだとか。


「私の方が肉体的にも上なのはあるけど、それでもやっぱり細かい部分の練習は必要だと思うなあ」


 確かに、戦闘中のアグシアの動きは至極洗練されていた。例え俺がアグシアと同じ速度で動けたとしても、小さな切り替えしや足の動かし方の数々が積み重なって追いつけなくなるような気がする。それだけ、彼女の動きには無駄が少ない。


「………大分体力が回復したので、教えてください。練習方法」

「おー、熱血だねえ」


 想像以上に自分が貧弱だったお陰で、徐々に危機感に襲われていた。このままでは討伐者になったとて、大して金も稼げないどころか、普通に魔物に殺されて死ぬような気がした。

 以前洞窟を発つ際に、谷の向こう側に行ってみようかと思ったことがあったが、実際に行っていたらどうなっていたのだろうか。実力足りずに無様に命を散らしていたような気がする。


 立ち上がり、隣に落ちていた木剣を拾う。アグシアが用意してくれていたもので、俺が使用していたものよりは幾分か長かった。


「最初は普通に素振りかな。君は今、振り方がかなり滅茶苦茶だし」

「了解です」


 振ってみて、と言われて素直に剣を振る。先ほどの疲労がまだ残っているせいで大分キレはないが、それでも普段の振り方だった。

 それを見て、アグシアが苦笑いをしている。


「やっぱり全体的に歪んでるねえ。そもそも膝が曲がりすぎかな。それで、もう少し背筋伸ばして」


 細かい指示を聞きながら、段々と振り方を変えて行く。一度に色々と聞いても確実に忘れるだろうが、一度は正しいフォームでの剣の振り方を体験しておきたい。


 アグシアが、何かを確認するように隣で剣を振り始めた。その太刀筋は真っ直ぐで、足腰の位置も自然だ。

 こう、振り方が自然に見えるのは、何が原因なのだろうか。無理をしている部分がないというか、力が上手い具合に抜けているというか。


 ゆっくりと、自分でも剣を振るってみる。


「もう少し左手から力抜いて。今はまだちょっとぎこちない」


 なるべく脱力するようにして、振ってみる。ただ、相手を切りつけるときに力が入っていないのでは意味がない。


「芯がないんだよね。力が表面的過ぎる」

「………どういうことですか」

「それが説明できないんだよねえ。………どう言ったらいいかな」


 意味の分からない語彙を使用しないで欲しい。感覚派の人間は嫌いなのだが、アグシアがそうでないことを祈ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る