第6話 小鬼さん焼かれる

 二週間後。


 魔物を殺しては家に帰って来てという生活を始めてから、大分長い時間が経っている。まだ肌の色に変化なぞないが、段々と戦闘に躊躇いが無くなって行くのを感じていた。後先考えなくなったとも取れるかもしれないが。


 ともかく、案外順調に生活できているということだ。段々と巣の中にいるゴブリンたちの見分けも付くようになって来て、誰がトップで誰がそれに付き従っているか、なんてことが分かるようになった。

 例えば、初めて狩りに言ったときに着いて行ったゴブリンは案外年寄りらしく、既に主な狩からは引退した身だとか、そういう話だ。


 それ故、狩りについて行く集団を選ぶのも迷わなくなって来た。

 気合を入れて狩りに行くときは、二回目の狩りの時のように、夜中に大きな集団に付いて行く。疲労がある時には、なるべく昼間の小規模、もしくは中規模集団に付いて弱めの魔物やら動物やらを狩りに行く。

 自分の調子に合わせて狩りを調節できるというのは非常にありがたい。何の因果か自分には他のゴブリンと比べて判断を悩めるだけの思考があるのだから、念には念を入れて安全マージンを取るべきだろう。


 今日は昨日の疲れが若干残っているので、中規模集団―――十匹程度のゴブリンについて行くことにした。この集団には何回か付いて行ったことがあるが、リーダーが割と適当で、あまり細かいルールがない。気楽について行けるというのが利点のグループだった。


 武器は前のナイフからは変わっていて、今は小剣サイズのものを使用している。これはどこかの村を襲撃したときに盗んできたもので、錆びないように頑張って手入れしながら使っていた。手入れとは言っても、死体から剥ぎ取った布で血をふき取る程度だが。


 森の中を、獲物を探しながら進んで行く。


 ふとリーダーが手を挙げる。その視線の先を見ると、形容しがたい見た目の生物が群れを成していた。

 角が二本額から生えていて、四足歩行。鼻先は狼のようだが、首が異様に長い。瞳は四つあった。


 指示に合わせて散開、そしていつものように襲い掛かる。リーダーが最初に飛び込んで、そのまま錆びた剣を振り下ろす。角に当たったのか、鈍い音が響いた。

 それに続くように、俺たち下っ端ゴブリンも群れに突っ込む。先頭を走っていたゴブリンが角に貫かれて膝を折った。吐血している様子を見るに、死んでいるだろう。


 ゴブリンの死体が邪魔で身動きが取れなくなっている魔物の首に小剣を突き立てる。感触は固かったが、無事に貫通した。赤黒い血が噴き出る。

 痙攣はしているが、それ以上動き出しそうにもない。致命傷だろう。


 次の獲物に狙いを定めて、其方へと跳ねる。飛び掛かった勢いのままに、跳躍して避けようとする魔物との距離を詰めた。柔らかそうな腹部に剣を突き立て、そのまま引き抜く。

 内容物が吹き出して、魔物がふら付いた。


 火事場の馬鹿力なのか、急に飛び出して来た魔物のスピードは速かった。ただ、真っ直ぐで避けやすい。

 大分血が流れていそうだし、放って置いても死にそうだった。一応とどめは刺そうと思って、顔面を殴り付ける。想像以上に硬くて手が痛かった。バランスを崩した魔物が必死に立ち上がろうと身を捩る。その頭を何度か蹴り付ける。

 脳震盪か何かか、ともかく魔物は動かなくなった。


 辺りを見れば、魔物は殆どが斃れている。加えて、ゴブリンも半分ほどは倒れていた。普段戦っている魔物よりも大分堅かったし、仕方がないのかもしれない。


 流石に撤退するだろうかと思ってリーダーの方を見たら、彼一人だけあらぬ方向に視線を向けて歯を剥き出しにしていた。

 元々不細工な顔がより一層人権のない顔になっていますがどうされたんですかね。


 若干の疲労を感じながら俺も同じ方向を向く。


 と、同時に橙色の閃光が辺りを照らした。同時に信じられない程の熱が全身を襲う。肌の表面を這うように痛みが走る。

 一瞬とも永遠とも取れる時間の中で、意識が次第に遠のく。いつの間にか地面に倒れ込んでいた。


 必死で頭を回す。首を若干傾けて光が飛んで来た元を見れば、二つの人影が遠くに見えた。

 段々と、草木をかき分けるようにしてこちらに進んで来る。


 こちらの陣営で立っているのはリーダーだけだった。ただ、彼も大分肌が焼けていて、余裕はないように見える。息も荒い。


「油断するなよ」

「分かってるわよ」


 現れたのは男女二人組だった。皮で出来た鎧のようなものを着用していて、腰には剣を提げている。

 リーダーが唸ると、二人は警戒するように剣を引き抜いた。


 男が手をかざすと、先程と同じような閃光が弾ける。リーダーはそれを避け、橙色の光の塊は遠くへと飛んで行った。やがてそれは木々に着弾し、そのまま明るい炎を灯した。


 リーダーが避けた先で、女が切り掛かる。良く手入れのされた剣は木漏れ日を反射して輝き、空を切り裂いて軽い音を立てながらリーダーへと迫った。リーダーは錆びた剣で応じるが、力では押されているようで、食いしばるように歯を剥き出しにしている。


 横から、男が飛び掛かる。そのまま流れるように剣を振り上げると、リーダーの頭は、汚い色の体液を撒き散らしながら飛んで行った。


「また良い所だけ持って行って」

「まぁまぁ、良いだろ。結果的に勝てたんだから」


 血を払うように剣を素早く振りながら、二人は笑みを交わし合う。

 ゴブリンの討伐に大分なれているのだろうか、戦闘直後の高揚した雰囲気などは微塵も感じられなかった。そしてそのまま、先ほどの先攻で火が着いていた木を、何らかの方法で消火する。


 息を潜めて、薄く瞼を持ち上げて二人の事を観察しながら、から回る思考をどうにか正常に戻そうとする。


 長いことそうしていると、二人はゴブリンの死体を確認し始めた。そして何故か、耳を切り取って行く。もう動かないゴブリンの体を引っ繰り返しては、小さなナイフでその右耳を付け根から剥ぎ取る。

 死体とは言え、まだ死んでから時間はあまり経っていない。女は、耳を切るたびに溢れる血液を見ては嫌そうな顔をした。


 足音が近づいて来る。目を瞑る。歯を食いしばる。


 火傷に引けを取らないほどの痛みが走った。耳が熱い。次第に、切られたはずの耳以外からも痛みを感じ始めた。

 最早どこが痛いのかも分からなかった。ただただ、苦痛に意識が混濁していく。


 側頭部に血が流れる。生温いその感触に集中して、焼けるような痛みを忘れようとした。

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