第7話 小鬼さん住処に帰る
二人組はやがて去って行った。
大事を取って、更に十数分そこから動かないでいた。やっと体を起こすと、周囲の死体がやけに目に入る。
腹が減った。そこに落ちている良く分からない魔物を解体する。焼けた皮膚が突っ張って上手く体が動かせない。
魔物の味は、いつも通りの生臭い生肉だった。
若干体力が回復したのを感じながら、魔物の死体を抱える。帰ってから食べるためだが、腹が減らなかったら養育区にでも投げて来ればいいだろう。
肌が硬化しているのか、体を動かすと
気合を入れて洞窟に向かって歩き出す。
†
大分長いこと歩いたような気がした。最初は他の隊に付いていけば良かったので困らなかったが、一人で歩いているとどこに向かえば良いのかも全く分からない。
方向音痴というつもりは全くなかったが、かといってこの森の中で微塵も迷わずに歩けるかどうかと言えば、そうではない。
普通に考えて、同じ光景しか続いていないのに迷わずに歩けていた他のゴブリンがおかしい。俺は悪くない。
やっと辿り着いた洞窟で、居住区まで限界常態で移動する。そのまま倒れ込むように眠りに就いた。
目が覚めると、抱えて寝たはずの魔物の死体の一部が無くなっていた。誰かに持って行かれたらしい。意地汚い。
仕方がないので残っている分だけ腹に収める。狩場で大分食べてきたおかげで空腹が限界という訳ではないのだが、少し足りない。
いざ落ち着いた状態で自分の全身を眺めると、酷い火傷だった。酷い火傷だと致命傷になるだか、そんな話を聞いたことがあるような気がする。なるべく死にたくはないので何か対策をした方が良いのだろうが、如何せん火傷に対する応急処置なんぞ知らない。普通に生活していて知っている方がおかしいだろう。
冷やせば良いような気もするが、氷を用意することもできないために冷やすこともできない。
結局放置するしかないのか。この痛みが続くと思うと憂鬱だが、あの場面で死なずに済んだだけ幸運だと思うべきか。
ゴブリンとして生きていると、致命傷寸前の怪我なんぞも別に珍しくはなかった。そもそも一回の狩りで数匹は死ぬのだから当たり前だろう。
魔物と闘っている場合も、怪我をしない方が珍しいほどだった。所詮はゴブリン。群れているから狩りが成立しているものの、少しでも強い個体がいれば直ぐに殺される。
今回のように人間に襲われて死ぬというのも珍しい話ではない。色黒ゴブリンの武勇伝には大抵、強い人間に襲われたが返り討ちにしたというエピソードが含まれていた。
そしてその場合はほとんど同行していたゴブリンは全滅する。一人で生き残った方が見栄えがするからそう言っているだけかもしれないが。
焦げて剥がれ落ちる皮を弄りながら思考を巡らせる。
今回のように人間に襲われたときに、次はどうすればいいだろうか。運良く逃げられたから良かったものの、次も同じように助かるとは限らない。
ゴブリンの先達でも人間を倒せるような個体が存在するのだから、鍛えていけば良いのだろうか。いや、生存バイアスすぎるか。
魔法的なものを使っていたのも気になる。あそこまで自然に使っていたのだから、人間に共通の技術なのだろうか。今までの村襲撃で不思議現象に遭遇していないことを考えるとそこまで一般的ではないように思えるが。
そもそも、あそこまで戦闘準備を整えた人間を見ること自体が初めてだった。彼らは何をしにこの森の中に来ていたのだろうか。
あそこに落ちていた魔物の死体も、ゴブリンの死体も、一部を切り取って持ち帰るだけ。魔物に関しては角の部分で、何かに活用できるとも思えない。武器にでも使うのだろうか。いや、それにしては小さすぎる。
分からないことが多すぎる。生まれて一月も経っていないのに欲しがり過ぎかもしれないが、もう少し情報が欲しい。この世界の常識が分かっているだけでも随分と生存確率が上がるだろうから。
繁殖区の人間にでも聞いてこようか。言葉を話せる状況にあるかどうかは分からないが、聞いてみるだけの価値はあるような気がする。あそこは下半身丸出しで気持ち悪い顔をしているゴブリンが大量にいるから嫌いなんだが、仕方ない。
いや、村襲撃の時に一人適当に攫って色々聞いてみるでも良いか。俺が案外話が通じると分かったら油断して色々と話してくれるかもしれないし。
そうしよう。繁殖区の女はまともに会話が出来る状態ではないだろうから。話が通じないのに色々と聞き出そうとする方が面倒だ。
女一人程度であれば自分一人で拘束できると思う。適当に気絶させて木にでも縛り付けておけばいいのだから。子供は知らないことも多いだろうし、話もまとまらないだろうから論外。大人の男を拘束するのは手間だから、それで良いだろう。
問題は他のゴブリンにどう思われるかだ。繁殖区まで女を連れて帰らないで一人で占領しようとしていると思われて、反感を買いかねない。
最初に村に飛び込んで、誰かを攫って拘束。どうにかして黙らせるか気絶させるかして、そのまま隠れる。それで他の面子が帰った後に尋問すればいいか。
まぁ、今すぐにでも情報が欲しいという訳でもない。確かに早ければ早いほど良いだろうが、無駄な挑戦をするのは、それに見合うだけの力を得てからが良いだろう。
であれば結局、今やらなければならないことは変わらない。いつになったら肌が黒くなるのかは分からないが。まぁ、もう既に焦げて真っ黒だけどな、俺の肌。
ともかく、危険が迫っている訳でもなかった。ならマイペースに生きたい。
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