第8話 小鬼さん入隊する
更に三週間が経った頃。いつものように狩りに行った先で、魔物を相手に戦っていた。
実は、最近は特定の小隊と共に常に活動している。
隊の規模は小さく、人数は五人。異様に少ないが、メンツは濃い。一人は肌の色が殆ど黒のゴブリンで、深緑の先達が二人。そして一人は俺と同じように若造で、つまり俺も含めて新入りが二人いる。
色黒先輩を含めて全員が無口で、職人気質だった。特に俺と同じ新入りは常に臨戦態勢で、早死にしそうなほどの緊張感を朝から晩まで保っている。
一番リラックスしているのは色黒先輩だろうか。かなり丁寧に狩りをする人で、この隊に入ってから分かりやすく怪我の数が減った。
この隊は、実力はかなりあるはずなのに、あまり目立たない。自分が存在を知ったのも偶然で、何も考えずに勝手に付いて行って初めて気が付いた。
レベルの高い魔物を殺した際には、基本的には隊の中で全て消費し、丁度良いレベル帯の魔物を倒した際には洞窟へと持ち帰ってくるのだ。色黒先輩はかなり丁寧に指示をしていて、念入りに実力を隠しているようだった。
俺が初めて参加しようとしたときも、洞窟を出て少し離れた途端に走り始め、大分長いこと走り続けてからやっと速度を落としたり、指示もなしに急に散開し始めたり。
脳死で必死に付いて行ったら最終的には色黒ゴブリンが笑い始めて、そのまま入隊を認められた。最初は追い払うつもりだったが気が変わったのだと。
色々と話を聞けば、そもそも一つの隊に絞らずに点々としているゴブリンの方が珍しいらしい。いないことはないが、大抵が二つか三つの隊を兼任しているだけだと。しかも、その場合には実力のあるゴブリンが多い。
つまり、新入りの癖して適当な隊に付いて行っていた俺がおかしかったということ。だからこそ普段は起らないはずの、知らない若造が勝手に付いて来るという事態に陥って、大いに困惑したらしい。
その割には随分と冷静に撒こうとしていたが。どうなんですかそこんところは。色黒先輩。
ともかく、今ではこの隊に所属して常に生活している。
跳ねる魔物に合わせて剣を振るう。勢いが足らず弾かれたことに悪態を吐きながら、また距離を取った。
視界の奥では、色黒先輩が難なく魔物を殴り殺している。新人も苦労はしていなさそうだ。勿論深緑の二人はいわずもがな。
身体を捻って魔物の突進を避け、その首筋に剣を叩き付ける。切り傷らしき後はつかなかったものの衝撃としては十分だったらしく、苦し気に呻いた魔物はそのまま弱々しく後退った。
流れのままに顎を下から剣の柄で殴り付け、魔物を引っ繰り返す。体勢を崩した魔物の首筋に剣を突き立てた。
「喰うぞ」
色黒先輩の合図で、隊員が移動を始めた。
この隊では食事場所を確保することにも気を遣っていて、それはもちろん外敵から見つからない場所に移動するという意味もあるが、それ以上に他のゴブリンから見られないためだった。
崖となっている部分の岩陰に、魔物の死体を放り投げて行く。そのまま全員で解体を始めた。一人だけが周囲を監視している。
解体で用いるのは石を砕いて作ったナイフだ。金属製の小剣などと比べると文明的でないように思えるかもしれないが、鋭さの観点で言えばこちらの方が良かったりする。というのもゴブリンの器用さでは―――そもそも物を手入れするなどという思考に至らないということは置いておいて―――剣の手入れはあまり上手くできない。その点、錆びることのない石ナイフは便利だった。
ここで言う石というのは黒曜石のようなもので、上手く砕くと小さなナイフのようになる。
解体が終わり、肉の準備が出来ると各々それを口に放り込み始めた。
やはりゴブリンの食事量というのは人間だった頃と比べると大分多い。まさに食べているその時から既にエネルギーに変換されてでもいるのか、明らかに胃の容量を超えた量を食べるのだ。あまりにもファンタジーすぎるが。
「若造」
色黒先輩に声を掛けられて、俺ともう一人の新人が顔を上げる。
「お前らはそろそろ神の声を聞くだろうな」
急に宗教色出て来たな。ゴブリンって宗教持ってたのか。
「神の声とは何でしょうか」
「聞けば分かるさ。神の声を聞けば、新たな体を得る。より強靭で、しなやかな体を」
俺の質問に対して、抽象的な答えが帰って来る。新たな体。肌の色も関係しているのだろうか。
「お前らが神の声を聞いたら言え。名付けをする」
「ナヅケ?」
もう一人の新入りが聞く。
「あぁ、名を付けるというゴブリンでは通常行われない文化だな。名というのは、例えば俺がお前を呼ぶときに使う。名があれば、より強い自分が生まれる」
「先輩たちは名があるんですか」
ゴブリンで名前を持っている個体は聞いたことがないが。まぁ、言葉を操る事が出来る程度には頭が働くのだから、名前程度持っていてもおかしくはないとは思う。
「ああ、ある。俺がラタヅ。そこの二人がヴクスとククティだ」
「なゼ、ひつよウ?」
混乱した表情で新入りが問う。
より強い自分が生まれる、とは言っていたが、確かに抽象的過ぎて分からない。
「お前は、生まれてすぐに戦い始めたな。何故だ? お前が隊に付いて行った理由は?」
「………なイ」
「あぁ。何もないだろうな。ただ愚直に着いて行っただけだ。何も考えていない。俺らはそうやって生まれる。何も思考せずに、ただ着いて行く。それが必要だからな。ただ名を持つと、自らの行動は自ら決めるようになる」
つまり、先ほど先輩が言いたかったのは、自分というよりも自我だったのか。より強い自我が生まれる、と。
名が付けられることによってアイデンティティが生まれるということなのだろう。
確かに、野生動物と人間の大きな違いは何かといえば、良く言われるのは自己同一性だ。猫やら犬やらに関しては、鏡を見ても自分だと判断できるなど、一概に動物全般として自己同一性がないとは言い切れないが、蟻を初めとする群れを作る虫なんかはほとんど自己が存在しないだろう。
群れのために生まれ、教育も何もなしに、本能に従って行動をする。そこに自己は必要ではない。
働き蟻などが良い例だ。自らの遺伝子を残せるわけでもないのに、愚直に群れの為に貢献し続ける。自分や自分の子孫の繁栄など願ってもいない。
ゴブリンも似たようなものなのだろう。本能に従い、群れの繁殖を目指して行動する。そこに自我は必要ない。
自我がある者からしてみれば、そうして盲目に群れに仕えることが幸せなのかは疑問だが。
神の声を聞く、そして新しい身体を得る。そうすることで、例えば脳が発達するなどして、本能以外でも行動できるようになるのかもしれない。だから名前を付けることによって、自我の発達を助ける。恐らくそういうことをしたいのだろう。
「自分で体感する方が分かりやすい。今は深く考えなくて良いから、とりあえず神の声を聞いたら言えよ」
「分かりました」
「………はイ」
納得のいっていなさそうな新入りを横目で眺めつつ、また手元の肉を食べ始めた。ラタヅが俺の名前は何にするつもりなのか、想像を巡らせながら。
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