第12話 小鬼さん薄緑になる
自分が目を覚ますと、他の面子はヴクスを除いてまだ眠っていた。ヴクスはラタヅに代わって寝ずの番をしていたはずだから、実質まだ誰も起きていない。
「………起きタか」
「起きました。おはようございます」
「ああ」
いつも通りの無表情で座っているヴクスを尻目に、体を伸ばす。
体が軽かった。
思い出すのは昨日のこと。あれが神の声だったのだろう。無理やりに頭の中に声が響いてくるというのは、確かに神の啓示のように感じた。若干の不快感はあったが。
なんと言っていたか。基準を超過したから、高位の存在へと昇格を認める、だったか。
少し前にラタヅが階位が高いだのなんだのという話をしていたが、それと同じ話なのだろう。何かしらの基準に達した、もしくは条件を満たしたおかげで、神からランクアップを認められた、と。
眠気が段々と引いて来てから、全身を確認する。まず気になるのは、肌の色が薄くなっていること。
まさかの薄緑。弱体化でもしたんですかね。ここまで頑張って強くもなれないんです? 泣いていい?
身長も大分伸びたような気がする。筋肉が増えたというか、骨格が丈夫になったような気もするが、それ以上に体長が伸びたことの方が目立つ程度には。
立ち上がって確認して見れば、普段よりも格段に視界が広かった。座っている時ですら座高の高さを実感できたのだから、立ち上がってしまえば大分違うように思える。十センチ程度は伸びたのではなかろうか。
そしてなにより、思考が明晰だった。ゴブリンになった直後から思考が上手く働かない自覚がなかった訳ではないが、今変化を感じてより一層実感した。人間だったころと比べると、簡単な計算にも手間取るほどに頭が回らなかったのだ。
二桁かける一桁の、繰り上がりの計算も、今なら楽にできる。少し前に試した時には繰り上がりの数がどうしても覚えていられなくて上手く計算できなかったのだが。
今もまだ、完全に元に戻ったわけではない。ただ、このまま魔物と闘い続けていれば、いつかは過去の状態に戻れるかもしれない。
俄然生きる希望が湧いて来た。
「おい、若造」
目を覚ましたらしいラタヅが後ろから声を掛けて来る。立ち上がったラタヅを前にすると、彼の方がまだ高いが、依然と比べると差は縮まった。体自体を見れば、ラタヅの方が格段に
「神の声を聞いたか」
「えぇ、まぁ」
無理して出していた人間らしい声も、今は若干発しやすくなっている。元々は練習の成果だったはずが、前と比べると自然に滑らかな発音ができる。これは素直に嬉しかった。
「お前の名はイノーグだ。励めよ」
「ありがとうございます」
相も変わらず会話が危ない宗教だが、一旦それは忘れるとして。
俺の名前はイノーグだという。人間だった頃の名前とは大分違うから呼ばれても気が付けないような気がするが、いつかは慣れるものだろうか。
まぁ、アジアの者がアメリカに行く際に米名を作るなんて話も聞いたことがあるし、いつまで経っても馴染まないということは流石にないか。
それにしても、身体の調子が非常に良い。一気に体の大きさも変わったことだし、それに合わせて色々と不調が解消されているのだろう。
ふと、右耳に手を伸ばす。そこには確かな感触があった。良く確認すれば、火傷で引き攣っていたはずの顔も元に戻っている。
もしかしたら体が全て入れ替わっていると考えるべきかもしれない。テセウスの船か。自分自身の身に起こっていると考えると底冷えするような気がしないでもなかった。
………いや、良く考えたら人間の体から全く違う生物に生まれ変わってたわ。結局考えても仕方ないのだから、こんなマイナーチェンジ気にするまでもないか。
「闘ってみたいか?」
ラタヅが悪そうな笑みを浮かべてそう聞いて来る。新しい身体を試してみたいか、ということだろう。
「慣れない身長なので、最初はあまり強くない敵が良いですね」
「つまらん野郎だな」
「そりゃすいませんね」
自分の命かかってますんで。元々洞窟に帰る予定だったし、棲家の傍にいる程度の野生動物とかが良いです。
正直に言ってしまえば、元々の身長を鑑みると、別に少し体が大きくなった程度で上手く体を動かせなくなるとは思えない。ただし、念には念を。
前から心配性だったが、やはり今回の昇格で人間に少し近づいているのか、以前にも増して細かい部分が不安になる気がする。まぁ、それで自分が死ぬ確率が下がるのであれば、俺は心配性でありたい。
段々と他の面子も目を覚まして来た。まだ朝方では、森の中は若干薄暗い。時計がない今、自分たちが何時に寝て何時に起きているのかは分からないが、人間時代よりも格段に長く寝ているような気はする。
洞窟の中で主に過ごしていた時には、昼でも夜でも活動しているゴブリンが多数いたせいで、生活習慣がかなり狂っていた。ただそれでも、全体としての睡眠時間はやはり長く取っていた。
やはり現代社会人は睡眠時間が足りなかったのだろうと思う。過去の自分に黙祷しつつ、段々と明るくなっていく森の中を眺めた。
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