第34話 元小鬼さん現実を知る

 翌日、昼からジョッキを傾けるドヴジルさんを前にして、俺は普段より豪華な食事に手を伸ばしていた。酒の回った老夫婦の口は良く回る。


 今日は、この世界における収穫感謝祭のような日で、どの家でも農作業はしないらしい。祭りでもするのかと思ったら、畑の世話をしている神様を休ませてあげようという魂胆らしく、ただただ本日は休業にして昼から酒を飲んで休養するのだという。

 農作業から解放された若者たちは、今日こそはと集まってはっちゃけたりもするらしいが。


「それで、お前さんが討伐者に戻る話はどうなったんだ?」


 機嫌良さげに話していたドヴジルさんに急に話を振られて、心臓が跳ねる。そろそろ腹を割って話さないといけない時が来たか。


「………何深刻そうな顔してんだよ。俺は止めてぇんだよ馬鹿野郎」

「え」


 思わず顔を上げれば、ドヴジルさんはしてやったりとでも言いたげな顔をして笑っていた。隣ではアウラルさんがいつものように微笑んでいる。


「討伐者ってのは、安全じゃあねぇだろ」


 少し寂し気な表情をして、ドヴジルさんが語り始める。


「確かに守ってくれるのはありがてぇ。ありがてぇけどよ、あんな化け物たちと闘っていつまでも無傷で居られるってのは、珍しいだろ」


 確かに、街中でも怪我をした討伐者の姿を見ることは少なくはない。どうしても、魔物と闘うことを生業にしているのだから、仕方がないことだろう。

 飲み屋での彼らの語り草を聞く限り、それを悲しんでいる気配はしなかったが。彼らは町を守る使命を持って仕事に就いている。


「分かってんだよ、そんぐらい。お前さんが何処まで無茶したかは知らねぇけどよ、町に戻って来たってことは生き残ってるってことだ。まだ死んでねぇ。なんでよぉ、それをもう一回無茶しに行く必要がある?」


 罪悪感が胸を刺す。


 忘れようとしていた。忘れられるものならば一番楽だったのだろう。だが、俺が彼らに話した素性は全て真実ではない。

 俺は討伐者であったこともなければ、何かトラウマが有って町に引きこもっている訳でもない。ただただ自分勝手に、寝泊まりできる場所が欲しくて彼らの家に転がり込んだだけ。


 どう頑張っても、本当のことは話せない。前の世界では人間だったとはいえ、元は魔物で、人間も殺したことがあると知ったら、二人はどういう顔をするだろうか。


 想像したくもなかった。


「もう、イノーグさんとは長いこと一緒に過ごしたのよね。ねぇ、ドヴジルさん」

「そうだな。長いもんだな。………イノーグにバカ息子の代わりになれって言うつもりはねぇが、寂しさが紛らわされたのは事実だな。………ありがとう、本当に」

「俺がお礼を言う側です。お二人が居なければ、もしかしたら今でも道で寝泊まりしていたかもしれませんから」


 別にホームレスが珍しいわけではない。この二人が居なければ、俺は今でも路上で生活をしていただろう。それか、戦闘経験もろくにないままに討伐者として活動を初め、無理をして死ぬか、人間としての常識が足りないあまりに色々と疑いを掛けられるか。

 何はともあれ、確実にハードな人生を送っていたことは間違いがない。二人には本当に、感謝をしてもしきれなかった。


 それを言えば、アグシアにも感謝をしなければならないだろう。彼女のお陰で、大分戦い方が系統だって来た。以前とは比べ物にならないほど、戦闘中に頭を使うようになった。


 本当に、町に入ってからは随分と出会いに恵まれていた。


「俺のバカ息子はよ、討伐者になるってこの家を出て行った。お前さんが家に来る前ごろから、家に帰って来ることがめっきりなくなってよぉ」


 ………何となく、そんな気がしていた。ドヴジルさんがやけに討伐者についての話を振ってくるのも、息子が心配だったからなのだろう。


「生きてるって、俺は信じてぇんだよ。帰って来ねぇけどよ、ただ家に帰ってんのを面倒臭がってるだけのバカ息子だって信じてぇんだよ、俺はよぉ」


 突然家を飛び出し、討伐者になり、帰って来ることのない息子。実際に彼がどうしているかは分からないが、死んでしまっている確率は非常に高いだろう。討伐者の死亡率が一番高いのは、討伐者になった直後だという話は、飲み屋街で話を盗み聞きしたときに聞いた。


 帰る場所を奪っているようなものだというのに、彼の無事を案じたくなる。


「家を出ていったときのことが昨日のようだわ。ドヴジルさんも、あそこまで怒っちゃってねぇ」

「………仕方ねぇだろ、一人息子だったんだ」


 子供が一人しかいないというのは非常に珍しい。周囲の家では、子供は五人以上いることも多かった。ドヴジルさんが少し前に零していたことには、アウラルさんの体に病があるらしい。そのせいで、子供ができないのだという。

 だからこそ、一人息子に掛ける思いは一入ひとしおだっただろう。子への思いが、子の数によって変わるとは言わないが、一人っ子に対してオーバーに気に掛けてしまうのは分かる。


「仲の良かった近所の女の子とね、町を守りたいって言って二人で。危ない仕事じゃなくても町は守れるって、ドヴジルさんは言っていたのだけど」


 アウラルさんが少し涙を拭いながら言う。


「あいつは頑固だったからなぁ。一緒に行った子も気が強くてよぉ。最後の方はめちゃくちゃな言い合いになって、それでも出てくって言って聞かなくてよ。今思えば、俺らの許を離れて独り立ちしたいって気持ちもあったんだろうな。あいつのことは、ずっと猫かわいがりしてきたからよ」


 ドヴジルさんが一息ついて、またジョッキに手を伸ばす。大分飲んだからか、顔だけではなく耳まで真っ赤だった。

 逆にアウラルさんは酒に強いのか、あまり顔色は変えずに静かにコップを傾けている。


「………リアーナちゃん、元気にしているかしら」

「二人並ぶと、身長差が凄くてよ、リアーナが凄ぇちっちゃく見えたよな。お似合いな二人だった」


 リアーナ。


 魔法使いの女、リアーナと呼ばれていた彼女を殺したときの、死にゆく人間の表情を思い出す。

 高身長の男を殺した時の感触が手の中に蘇る。柔らかい首の肉に剣を叩き付ける感触が。


「大きい仕事があるってはしゃいでたなぁ、前に帰ってきたときにはよぉ。小鬼だったか、討伐対象は」

「二人とも凄い嬉しそうだったわよねぇ」


 全身から血の気が引いて行く。呼吸が浅くなってくる。


「あの時に、引き留めてればよ………」


 首筋に冷たい刃物が付き付けられている気がした。


 やはり俺は、人間ではない。ここにいるべき存在ではなかった。

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