第39話 元小鬼さんハイエナと闘う

 数十分歩き続けても、魔物とは遭遇しなかった。流石に空腹が辛くなって来た。

 知らない場所で知らない魔物と闘うかもしれないというのに、調子が良くないというのは頂けない。なにかしら食べられるものを持ってくれば良かったか。


 谷の向こう側で大分方向感覚を培ったので、流石にこの中で迷うことはないと思っている。だからこそ、拠点を探すでもなくただただ歩き回っているのだが、安全に眠れるような寝床は探した方が良いだろうか。

 山側に岩場があれば、あまり魔物はいないと思う。何せ、岩場に棲み付く生物は割と特殊で、森の中で姿を隠せることを好む魔物の方が多い。だから拠点を探すに際しては、山脈がある西に向かおうと思っている。


 それにしても、魔物を探すには歩き回らないほうが良かったりするのだろうか。


 そんなことを考えている時に、どこからか異音が聞こえて来た。足を止めて耳を澄ます。音源の方向に対して、身を隠すように木の裏側に隠れる。段々とその異音は大きくなってきていた。


 大量の呼吸音だった。近付くにつれて、やっと何の音かが分かったのだ。息の荒い犬のような呼吸音が、大量に聞こえていた。

 その後を追うようにして、段々と、微かな足音も聞こえて来る。


 群れの姿が見えたのは、その直後だった。想像以上に数が多く、逃げておけばよかったと頭の中で後悔する。やっと食事に有り付けると思っていたが、それ以前に闘って勝てないのであればどうしようもない。

 ハイエナのような体躯で、たてがみが首の後ろで存在を主張している。口は大きく、体毛は全身焦げ茶色だった。


 気配を消しながら、後ろ歩きでその場を去る。まだ気が付かれていない内に………、とまで思ったところで先頭にいたハイエナと目が合った。


 バレてしまったものは仕方がない。先手必勝。剣を引き抜いて飛び掛かった。


 先頭のハイエナは歴戦の雰囲気がしたので、その隣にいたハイエナに剣を叩き付ける。後ろに跳ねようとしたハイエナの体を、剣の先端が捉えた。

 胴体を切断はしなかったが、鮮血が薄暗い森の中で吹き上がる。傷は浅いようだった。あまり苦しんでいる様子は見えない。


 怒りを露にするように唸り声を上げたリーダーのハイエナが、そのまま突っ込んできた。体を捩って避けると、背後にあった木にそのまま噛み付く。

 硬質な破裂音がして、咬み付かれた部分の樹木が弾け飛んだのが見えた。


 信じられない程に顎の力が強い。

 一度でも噛まれたら、その部分は再起不能になると思って間違いないだろう。若干の緊張感で拍動が速くなってくる。

 もしかしたら、剣を噛まれても、剣の方が負けるかもしれない。


 包囲網を作ろうとするハイエナに対して、囲まれないように後ろへと跳ねる。できれば逃げ出したかったが、今相対している感じでは、足は俺の方が格段に遅い。


 剣を構え直して、息を整える。


 ハイエナが二匹飛び掛かってきた。横に跳んで、一匹だけと相対する。大口を開いて、牙を見せながら飛び込んできたハイエナに、回り込むようにして剣を突き立てた。

 空中で身を捩ったハイエナは、その動きで俺の剣の勢いをいなした。


 俺もハイエナも動きが止まったところで、次の攻撃に移ろうと剣を構えれば、別の個体が飛び込んできた。 

 そのタイミングで、先程俺に飛び込んできたハイエナは後ろへと下がって行く。


 多数対一で、しかもヒットアンドアウェイ方式か………。森に入って最初に喧嘩を売る相手としては、間違いだったかもしれない。


 噛み付かれることだけはないように気を付けながら、囲まれないように場所を変え続ける。




 †




 どれだけ戦い続けただろうか。倒れたハイエナの数は三。まだ戦っているハイエナの数は五。リーダーは殺したから、先程よりも群れの統率は乱れているはずなのだが。


 ハイエナが一匹、口を開きながら飛び込んできた。それを下から蹴り上げる。眼前で開かれてていた顎が、音を立てて閉じた。


 ぎりぎりの状況で戦い続けていたせいで、段々と自分の体を危険に晒すことに恐怖がなくなってきた。自分の危険を対価に相手を殺す方法を学び始めていた。


 次に飛び込んでくるハイエナの顔面を、横から蹴り付ける。先ほど蹴り上げたハイエナが逆さになって地面に落ちる。

 その首筋を目掛けて剣を叩き付けた。ハイエナが無理やり身を捩ったせいで、当たらない。


 次のハイエナが飛び込んでくる。横から突っ込んできた鼻先に、剣を突き立てる。上手くブレーキを取って避けたハイエナは、そのまま後ろへと下がって行った。


 一旦息を吐く。


 もう一度ハイエナが飛び込んできた。その脳天目掛けて剣を振り下ろす。どうせ避けられるだろう剣筋を、途中で力を抜いて無理やりに変える。

 急に軌道が変わった剣に驚くように、ハイエナは後ろへと飛び上がった。


 今度は逆に、俺がハイエナの群れに向かって突っ込む。先ほど剣を跳ねて避けたハイエナが着地するタイミンで、その首元に剣を突き刺した。

 悲鳴を上げながら、ハイエナが地面に倒れる。


 至近距離にいる個体の、開かれた口を避けるようにして、体勢を低くする。頭の直ぐ上で牙の噛み合う音が聞こえた。

 死体に刺さっていた剣を引き抜いて、また群れから距離を取る。


 あと、四匹。

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