第17話 王女との手合わせ

 それから準備が速やかに進み、訓練所にて僕とウィンミル王女様が向かい合う形となった。


「おいおい、何だあのデカい動物は?」

「ウィンミル王女殿下が手合わせを申し込んだそうだが……」


 兵士たちのヒソヒソ声をよそに、ウィンミル王女様は僕の前に歩み寄って丁寧にお辞儀をする。


「私からの申し出を受けてくれて感謝する」

「いえいえ、あなた様のメンツを壊すわけにもいきませんので」


 結局ウィンミル王女様の申し出を断ることができなかった僕に、パピヨンお嬢様とノエムさんが声援を送ってくれた。


「頑張るのじゃタイゾウ~!」

「どうかお怪我はなさらずにお願いします」


 そんな様子を目の当たりにしたウィンミル王女様が、ふっと息を吐いてこう言う。


「タイゾウ殿も大層慕われているのだな」

「まあ、そうかもしれませんね」


 僕がそう答えたのを聞いてからウィンミル王女様が配置についたところで、審判を勤める兵士が合図をあげた。


「それではウィンミル王女殿下と巨獣タイゾウ殿の手合わせを開始する。始めっ!」


 始めの合図でウィンミル王女様が木刀を構える。


「それでは参る! はあっ!」


 掛け声を入れるや否や、ウィンミル王女様が駆け出して僕に接近し。


「てやっ!」


 彼女が木刀を振るってきたので、僕が長い鼻で受け止める。


 すると分厚い皮膚越しに大きな衝撃が走って、僕は思わず面食らってしまった。


 木刀とは思えない威力、さすがだぞう!


 だけど周りの反応は違った。


「ウィンミル王女の一撃でもびくともしないだと!?」

「木刀であってもオーガを昏倒させられるはずじゃ……!」


 え、そんな強い一撃なの?


 そのためかウィンミル王女様は苦々しい顔をしている。


「たまげたな、皮膚が石のように固いうえかなり分厚い。これでは大したダメージにならん」


 いやいや、十分痛かったけど!?


 王女様の分析に僕がひっそりツッコミを入れたのもつかの間、彼女はさらに木刀を振るいまくる。


「ならば手数を稼ぐまで!」


 王女様の激しい乱れうちに、僕は鼻で受け流すようにやり過ごすのがやっと。


「さすがウィンミル王女殿下、一撃の一つ一つが重いですね」

「タイゾウは負けてしまうのかや……?」

「さあどうでしょう」


 ノエムさんとパピヨンお嬢様の言葉が届いたことで、僕は自分を奮い立たせた。


 そうだ、僕は地上最強のアフリカゾウなんだぞう!


「ぱおおおおおん!!」


 それっぽい雄叫びと共に僕が長い鼻を振り上げて、ウィンミル王女様の木刀を力ずくで弾き飛ばした。


「なっ!?」


「王女様、失礼いたしますっ」


 一言断りを入れた僕は、長い鼻で王女様を突き飛ばす。


「ううっ!?」


 吹っ飛ばされてウィンミル王女様が大きく体勢を崩したところで、僕は彼女に足を上げた。


「そこまでっ!」


 審判役の制止で僕は上げてた足を下ろして、倒れてるウィンミル王女様に鼻を差しのべる。


「大丈夫ですか、王女様?」

「ああ、このくらい私は平気だ。それよりもお前、強いな。私ではまるで歯が立たなかった」

「いえいえ、あなた様の攻撃もなかなか響きましたよ」


 そんな言葉を交わして僕が鼻でウィンミル王女様と握手すると、パピヨンお嬢様が僕の鼻に飛び付いてきた。


「タイゾウ~! さすがであったのじゃ!」

「期待に応えられたようで何よりです、パピヨンお嬢様」


 顔を擦り寄せるパピヨンお嬢様の頭を僕が鼻先で撫でていると、ウィンミル王女様は穏やかな笑顔を見せる。


「パピヨンにそこまで慕われているとは、羨ましさを通り越して嫉妬してしまうぞ」

「もちろんミル姉も大好きなのじゃ!」

「ふふっ、それはどうも」


 やっぱりこの従姉妹たちは仲良しだぞう。


 手合わせを終えたところで、僕たちはウィンミル王女様に庭へと案内された。


「とてもきれいな庭ですね」


 目の前に広がる美しい庭園を前に、僕は自然と口から言葉が出る。


 色とりどりの花が咲き乱れ、可憐な蝶々がそこかしこを飛び交う。


 似たような光景はバタフライ公爵のお屋敷でも見たけど、こっちは規模が段違いだ。


「ははは、気に入っていただけて何よりだ。こちらの庭園はうちのメイドが手入れをしている。私にもその技量があればよかったのだがな、あいにく剣を振るうことしか能がなかった」


 途中からしゅんと落ち込むウィンミル王女様に、立ち上がってフォローを入れたのはパピヨンお嬢様である。


「そのようなことはないのじゃミル姉! ミル姉は凛としていてとても素晴らしい女性じゃ、それはわらわが保証する!」

「ははは、そいつは嬉しいことをいってくれるなパピヨンよ」

「えへへ~」


 ウィンミル王女様に頭を撫でられて顔をとろけさせるパピヨンお嬢様。


 そして美味しいお茶もご馳走になり、いろいろとお話ししたところで、僕たちは高級ホテルに戻ることにした。


「ウィンミル王女様、とても素敵なお方でしたね」

「じゃろ? わらわの自慢なのじゃ!」


 そういって未発育な胸を張るパピヨンお嬢様に、僕はクスリと微笑ましくなってしまう。


「何じゃ、何か妙なことでも言うたかの?」

「いえ、お嬢様はウィンミル王女様が本当にお好きだと思いまして」

「まあの! わらわはミル姉が大好きなのじゃ!」


 いいなあ、僕にも前世で兄と弟がいたけど喧嘩ばかりでこんなに仲良くできていなかった。


 それを考えたらパピヨンお嬢様がますます羨ましくなってしまう。


「無論タイゾウも大好きじゃぞ」

「それはどうも」


 パピヨンお嬢様に僕の長い鼻を抱かれて、こちらも幸せに感じた。


 そうだ、今は慕ってくれる仲間がいる。

 昔は昔、今は今だ。


 そんなことを話してる間に僕たちは宿泊している高級ホテルに到着し、パピヨンお嬢様とノエムさんと別れて高級馬小屋に腰を落ち着かせる。


 干し草が山のように盛られている、これを食べようか。


 芳しい干し草を鼻で巻き取って口に運ぶと、とても甘い味わいがする。


 干し草ってこんなに濃厚なのか、牧場の牛も好んで食べるはずだぞう。


 だけど乾燥しているがゆえに、食べてると喉が渇く。


 というわけですぐそばにあった水をすぐさま飲み干して、通りかかったお世話がかりに水のおかわりを頼んだ。


 象は水もいっぱい飲まなくては生きていけないんだぞう。


 ……そばにパピヨンお嬢様がいてくれたら、どんなに楽しいだろうか。



 そんなことをぼんやりと考えながら過ごすことしばらく、見上げる空はあっという間に満点の星空となる。


 やっぱり異世界の星空は格別にきれいだ。

 前世の薄汚れて星が一つか二つしか見えない夜とは大違いである。


 夜空に浮かぶ星の数を鼻で指して数えていたら、ふと聞きなれた声がそばで届いた。


「タイゾウっ」

「パピヨンお嬢様!?」


 なんとピンクの寝巻き姿をしたパピヨンお嬢様が、わざわざ僕のいる馬小屋までやってきていたのである。


「お嬢様、どうしてここに? もう夜ですよ!?」

「ふふふ、それはじゃの……」


 そういいながらパピヨンお嬢様は隔てる柵をくぐり、僕のすぐそばまで来て答えた。


「わらわもタイゾウと共に星を見たいと思うたからじゃ!」

「そ、そうですか~」


 なんとも微笑ましい理由に、僕も心がほっこりとしてしまう。


 やっぱりパピヨンお嬢様は可愛らしいぞう。


「それにのっ、タイゾウもこんなところに独りでは寂しいと思うての。今宵はわらわも一緒にいてやるのじゃ」

「お心遣いありがとうございます」


 なんだろう、パピヨンお嬢様って子供っぽいと思っていたらこうやって思いやりのある一面もあるよね。


「あーでも、こんなところで夜を過ごしてお嬢様みで臭くならないですか? 馬や僕の臭いがついたらパーティーにも差し障りが出るのでは……」


 ここは馬小屋である、当然馬たちの糞尿の臭いもあるし、かくいう僕だって馬の比じゃないくらい排泄物が多い。

 それでもパピヨンお嬢様は笑顔で答えた。


「なぁに、気にせんでもよい。タイゾウと共にいられるならば臭いなど気にならんのじゃ。それに、戻ればノエムに身体をきれいにしてもらえるから」

「それはよかったです」


 どうやらパピヨンお嬢様がパーティーで臭いもの扱いされる心配はなさそうである。


 安心してたらパピヨンお嬢様が持参してた毛布を身体にかけて、横たわる僕の懐に寄り添った。


「やはりタイゾウは大きいのう、どっしりとしていて安心感があるのじゃ」

「それはどうもありがとうございます」


 僕の巨体と比べたらパピヨンお嬢様はとても小さくて、潰してしまわないように気を付けなければである。


 そうして僕はパピヨンお嬢様と星空を眺めながら、心温まる夜を過ごしたのだった。

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