第23話 蠱毒の森
蠱毒の森に向けてみんなが馬車で平原を進むのを、僕は徒歩でついていく。
「タイゾウさん、本当に大丈夫なの~?」
「平気ですよシェリーさん。ご心配ありがとうございます」
シェリーさんの心配にも僕はにっこりと笑顔で鼻を挙げて応えた。
馬車がスピードを少し緩めてくれれば、僕の足でも十分ついていけるからね。
ふとリリアがこんなことを口にする。
「それにしてもタイゾーさんってシェリーさんと仲がいいのね」
「そ、そうかな?」
「そうよ! 聖女様とこんな親しくだなんて、普通は畏れ多くてできないもの!」
「畏れ多いって、そんな風に思われてるのねわたし……」
リリアの持論にシェリーさんが残念そうにうなだれてしまったので、そのリリアが慌ててフォローした。
「あ、いえ! シェリーさんは何も悪くないですよ!? あたしだって本当はシェリーさんと仲良くしたいもの……」
「それならお互い仲良くしようよー! わたしだって聖女である以前に貴方と同じ女の子だもの」
「シェリーさん……!」
お互い手を取り合って友情を噛み締めるリリアとシェリーさん。
二人とも仲良くなれそうで何よりだぞう。
そんなことを感じて心がほっこりしていたときだった、僕は怪しい匂いと気配を感じ取って足を止めた。
「気をつけてください、何かいますっ」
僕の声掛けでみんなが馬車から降りるのと同時に、草影から飛び出してきたのは狼の群れである。
「グラスウルフか!」
「しかし様子が変ですよ、レオン!」
アイクさんの言うとおり、グラスウルフたちは口から泡を吹いて眼光を妖しく光らせていた。
「腐食した肉を食べてしまったのだと思う」
「そうなんですか、シェリーさん!?」
なるほど、この前見かけた奇妙な死骸を肉食獣が食べるとああなってしまうのか。
「とにかく撃退するぞ!」
レオンさんの一声で、騎士団の皆さんが弓を構えて一斉に矢を射る。
「ギャアン!?」
放たれた矢に倒れるグラスウルフたち、だけど一部はそれをもかいくぐってこっちに向かってきた。
「ここは俺たちに任せてください、いくぞリリア!」
「ええ! お兄ちゃん!」
剣を抜いたアンリと手甲をはめた拳を構えるリリアが、グラスウルフたちに接近戦を仕掛ける。
「せやっ!」
「はああっ!」
アンリの剣捌きがグラスウルフたちをまとめて斬り伏せ、リリアが拳で次々と殴り倒した。
ここは僕も負けてられないぞう!
「ぱおおおおおん!!」
それっぽい声をあげて僕が突進すると、たくさんのグラスウルフを一気に蹴散らした。
「さすがだな、タイゾーさん!」
「アンリこそ!」
アンリと目配せして言葉を交わしたところで、僕は大勢のグラスウルフたちを迎え撃つ。
筋肉の束でできた強靭な鼻でなぎ払い、長く伸びた象牙で突き飛ばし、丸太のような足で踏みつけ。
そうしてるうちにグラスウルフたちは全滅していた。
「タイゾウ殿、まさかこれほどまでの力とは……」
「あはは、このくらいどうってことはないですよ」
口をポカーンと開けるレオンさんに、僕は長い鼻を軽く挙げる。
一方でアンリとリリアは手際よくグラスウルフの毛皮を剥いでいた。
「何やってるの?」
「グラスウルフの毛皮は素材としていい値段で売れるからな。採取しておけば損はない」
「そういうことっ。冒険者なら解体くらい朝飯前なんだから」
そう言いながら涼しい顔でグラスウルフを解体するリリアに、僕は軽くカルチャーショックを覚える。
こんな年端もいかない女の子が生々しい作業を平気でするなんて、さすがは異世界だぞう。
解体を終えた二人に、シェリーさんが歩み寄ってきた。
「それでは穢れを清めるね。クリーン・ウォッシュ」
シェリーさんが唱えるなり手から放たれた優しい光が、血で汚れたアンリとリリアの手を清めていく。
「ありがとうございます、聖女様」
「ううん、これが聖女としての仕事だもの。ほら、タイゾウさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
僕の全身も清めてもらったところで、一行は再び進みだした。
「――着いたぞ」
しばらく進むうちに、騎士のレオンさんが到着を告げる。
「ここが蠱毒の森……!」
入る前から分かる、この禍々しい雰囲気に僕はちょっと怖じ気づいてしまう。
「ついに来ちゃったのね……!」
「リリア、俺がいるから安心しろ」
「お兄ちゃん……!」
ゾクゾクと背筋を震わせるリリアを肩に引き寄せて守ろうとする、兄のアンリ。
「それではまず清浄魔法をみんなにかけるね。――クリーン・ゾーン」
シェリーさんが唱えて手から優しい光を放つと、なんだか心が清々しくなるようだ。
「これで森の瘴気も問題なくなるよ。安心してね」
「助かりますよ聖女様」
「それでは皆行くぞ」
『おー!』
清浄魔法をかけてもらったところで、僕たち調査一団は馬車から降りて徒歩で蠱毒の森に足を踏み入れる。
「なんか気味の悪い森だね……」
「全くよ、ああ……毒虫なんて想像もしたくないわ……!」
相変わらずゾクゾクと背筋を震わせるリリア。
この森は薄暗いばかりでなく、生い茂る木の葉が赤と紫の色合いで非常に毒々しい。
ここの植物は口にしない方がいい、匂いを嗅ぐまでもなく直感がそう告げている。
少し歩いてはそこらに生えてる得体の知れない植物を採取する、それが今回の調査のようだ。
「調査って意外と堅実なんですねアイクさん。危険地帯に足を踏み入れるって聞いたから、もっと危ない調査かと思ったのですが」
「そうですねタイゾウ殿。しかしこれも大事な調査なのですよ。ここの植物は毒性が強い反面、うまく薄めて調合すれば病や怪我によく聞く薬となるんです」
「ちょうどタイゾウさんたちが買っていったお薬もこの蠱毒の森で生える植物が一部使われてたりするの」
「そうなんですねシェリーさん、勉強になります」
アイクさんとシェリーさんの説明で、僕はこの世界のことをまたひとつ知ることができた。
毒と薬は使いようってね。
その時だった、僕はまたしても異様な気配と匂いを感じ取る。
「皆さん気をつけてください!」
大きな耳を広げて注意喚起すると、みんなが武器を構えて臨戦態勢に。
そして木陰から姿を現したのは、おびただしい数の大きな蛾だった。
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