第15話 王都観光

 翌日、僕が馬小屋にいるとパピヨンお嬢様が足を弾ませるようにやってきた。


「タイゾウ、ごきげんようなのじゃ!」

「おはようございます、お嬢様」


 元気に挨拶するパピヨンお嬢様に、僕も丁寧にお辞儀をして応じる。


 少し遅れてメイドのノエムさんも、こっちに足を運んできた。


「ごきげんよう。タイゾウ様、もしよろしければお嬢様のさんぽに付き合っていただけますか?」

「それはいいですけど、僕がこの王都を出歩いても大丈夫なんですよね?」

「それは問題ないです、タイゾウ様はバタフライ公爵の賓客なのである程度の自由は利くかと」


 なるほど、そういう扱いなのね。


「分かりました。馬小屋で退屈してたところだったのでちょうどよかったです」

「それでは頼むぞ、タイゾウ!」


 そう言って僕を馬小屋から出したパピヨンお嬢様は自分を乗せるよう促したので、僕は彼女を背中に乗せてあげる。


「やはり高いのう! よい眺めじゃ!」

「喜んでいただけて光栄です」


 パピヨンお嬢様を背中に乗せたところで、僕はノエムさんも引き連れて王都の町を散歩することにした。


「まずはどこへ行きましょうか、お嬢様」

「そうじゃのう……ならばファルファーレ塔を間近で見てみたいのじゃ!」

「ファルファーレ塔って、あの大きな鉄塔のこと?」


 パピヨンお嬢様の提案での僕の疑問に、ノエムさんが代わりに答える。


「そうですね。ファルファーレ塔はこの王都のシンボルとのことです」


 なるほど、パリでいうエッフェル塔みたいなものか。


「それじゃあファルファーレ塔に行きましょう」

「おー!」


 パピヨンお嬢様の掛け声と共に僕はのっしのっしと歩き出す。


「やはりお主の背中は揺れるのう」

「すみませんねお嬢様。馬車の方が良いでしょうか?」

「否、これはこれで心地よいのじゃ」


 そう答えるパピヨンお嬢様の声は、楽しそうに弾んでいた。

 そんな僕について歩くノエムさんも、僕たちを微笑ましそうに見つめている。


「やはりお二方は仲良しですね。羨ましい限りです」

「何を言うておるのじゃノエムよ、お主はわらわの腹心ではないか!」

「パピヨンお嬢様、ありがたきお言葉です。ボクもこれまで以上に精進させていただきます」


 パピヨンお嬢様にそう言われたノエムさんは、嬉しそうにメイド服のスカートをつまんで取り繕った。


 やっぱりノエムさんも上品なメイドさんだ、所作の一つ一つが気品に溢れてるぞう。


「――どうかいたしましたか? タイゾウ様。時々ボクの方を見てますよね」

「ううん、大したことはないんです。ただノエムさんも上品できれいだな~って、いつも思ってるだけ」

「……っ!」


 僕がそう答えると、ノエムさんはポッと顔を真っ赤にした。


「……あなたも罪な殿方ですね」

「え?」

「あはは、ノエムもタイゾウも愉快じゃのう!」


 背中の上できゃははと笑うパピヨンお嬢様に茶化されて、僕は思わずノエムさんから顔をそらしてしまう。


 衆目を浴びながら人混みを歩くことしばらく、僕たちは巨大な鉄塔の前にたどり着いた。


「お、大きい……!」


 巨大なアフリカゾウの僕でさえちっぽけに思えてしまうくらい高い鉄塔を前に、僕は圧倒されてしまう。


 ただデカいだけじゃない、塔の随所に蝶々の飾りが取り付けられていて純朴な美しさも兼ね備えていた。


「おお~、おっきいのじゃ~! タイゾウ! わらわを降ろしてたもう!」

「はい、分かりました」


 僕がしゃがんで降ろすなり、パピヨンお嬢様はふんわりとしたドレスを弾ませて人混みを縫うように鉄塔の間近に駆け寄る。


「本当にすごいのじゃ~! ビオレにもこのようなものがあればいいのにの~!」

「お嬢様、さすがにそれは財源的に厳しいかと思われます」

「ノエムよ、そんなことは分かっておる!」


 ノエムさんのマジレスに、パピヨンお嬢様は頬をぷくーっと膨らませた。


 ふと僕は鉄塔の傍らで肩を落とす若い男の人を見かける。


 あの人が持ってる箱みたいな道具だけど、どこからどうみてもカメラだよね?


 異世界にもカメラなんてあるの!?


「おや、タイゾウ? どこへ行くのじゃ~?」


 気がつくと僕はそのお兄さんのところへ駆けつけていた。


「わわっ、何だ~!?」


「あのっ、あなたが持ってるそれってカメラだよね!?」


 興奮気味に僕がそう告げるや否や、お兄さんの目の色が変わる。


「おや、そこの巨大な動物さんお目が高い! こいつはキャメラ、東方から伝わった最新式の魔道具でしてね~」


「――これタイゾウ! わらわを置いていくなや~!」


 するとパピヨンお嬢様がこっちに駆けつけてきたので、お兄さんが彼女に詰め寄った。


「そこのお嬢ちゃん! 一回でいいからこのキャメラで写してもいいかい?」

「キャメラ、とな?」

「物を写して写真にするもの……つまり絵を一瞬で作り上げてしまう道具、ってことでいいんだよね?」

「おお、動物さん賢い! そう、その通りだよ!」


 僕とお兄さんのやり取りを聞いていたパピヨンお嬢様が、目をキラキラ輝かせて興味津々。


「おお、それはすごいのじゃ! わらわの絵を作ってくれるのかや!?」

「もちろんですともお嬢ちゃん。それではファルファーレ塔の前で好きなポーズを取ってくださいね」

「こうかや?」


 ファルファーレ塔の前でドレスの裾をつまんでポーズを取ったパピヨンお嬢様を、お兄さんが異世界カメラもといキャメラでパシャリ。


 するとすぐにキャメラから現像された写真が出てきた。


「おお、これが絵なのかや!? もっと欲しいのじゃ!」

「はい! お安くしておきますよ~」


 それからパピヨンお嬢様が次々とポーズをとるのを、お兄さんがパシャパシャと写真にしていく。


 途中から僕も加わって、パピヨンお嬢様と一緒にポーズを決めていき。


 するといつの間にか周りに人が集まってきていた。


「それは何だ?」


「私も欲しいわ!」


 そしてキャメラのお兄さんには人々が殺到してしまい、押し出された僕とパピヨンお嬢様は早くも蚊帳の外に。


「……すごい人気になったね」

「ふふーん、可愛いわらわのおかげなのじゃ。あーっはっは!」


 誇らしげに高笑いするパピヨンお嬢様は、既に何枚もの写真を手にしていた。


 そこへだいぶ遅れてノエムさんも追い付いてくる。


「探しましたよお二人とも! 一体何をしていたんですか!?」

「ノエムか、遅かったのう! 実はの……」


 するとパピヨンお嬢様のお腹から、キュルル~と可愛らしい腹の虫が音を上げる。


「うう~っ!」


 顔を真っ赤にするパピヨンお嬢様の手をノエムさんが引いた。


「お腹がお空きになったのですね。それでは市場へと行きましょう」

「そ、そうじゃな」


 そのままパピヨンお嬢様をエスコートするノエムさんについていく形で、僕も次の場所へと足を運ぶことに。


 それでたどり着いたのは、ビオレのを遥かに超える賑わいの巨大市場だった。


「これが王都の市場……!」


 その規模と人通りに口をあんぐりと開ける僕をよそに、パピヨンお嬢様は人混みの中を駆け出す。


「ノエム、タイゾウ! あちらにうまそうなのがあるのじゃ!」

「お待ちくださいお嬢様、あまり先急いでははぐれてしまわれますよ」


 大はしゃぎなパピヨンお嬢様にスタスタとついていくノエムさんに、僕も続いた。


 そして足を止めたのは甘美な香りでいっぱいな果物屋である。

「へいらっしゃい! お嬢ちゃん、何か食べたいものはあるかい?」

「ならばこのモモリンゴがほしいのじゃ!」


 パピヨンお嬢様が指差したのは、桃みたいな形でリンゴのように真っ赤な果物。


「あいよ! ……そんで、そちらのデカいのはお嬢ちゃんの連れかい?」

「うむ、そうじゃ! こやつはタイゾウ、こう見えてすごくお利口なのじゃ!」

「どうも、タイゾウです」


 パピヨンお嬢様に紹介されて僕が軽く挨拶すると、果物屋のおじさんは感心したように手をポンと叩く。


「こいつは驚いた! そんじゃこいつはおまけだよ」

「おお、ありがたいのじゃ!」


 モモリンゴとその他いろんな果物を多めに受け取ったところで、僕たちは簡易なテーブルと椅子が並ぶ近くの飲食スペースに足を運んだ。

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