第16話 甘美な果実と剣の王女
飲食スペースの席に腰を掛けるなり、パピヨンお嬢様が僕にさっきのモモリンゴを差し出す。
「これ、タイゾウになのじゃ!」
「え、いいんですか?」
「気にするでない、わらわはそのためにお主も食える果物にしたのじゃ!」
にかっと八重歯を出して笑うパピヨンお嬢様のささやかな気遣いに、僕は心がジーンとしてしまった。
なんていい娘なんだろう、パピヨンお嬢様は。
「それではいただきます」
器用に動く長い鼻で僕がモモリンゴを掴むと、瞬時にリンゴを思わせる爽やかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。
それからモモリンゴを口に放り込むと、香り通りの爽やかな甘い味わいと共に桃のような瑞々しさが口いっぱいに溢れ出した。
「んんっ、これ美味しい!」
「おお、そうかそうか! ならばノエム、モモリンゴを剥いてくれたもう!」
「かしこまりましたお嬢様」
ノエムさんが手際よくナイフで皮を剥いて一口サイズにカットしたモモリンゴを、パピヨンお嬢様も口にいれてもらう。
「んむっ!?」
するとパピヨンお嬢様の瞳が満点の星空みたいにキラキラと輝いた。
「何じゃこれは!? こんな美味い果物は初めてなのじゃ!! ノエムよ、もっとくれたもう!」
「かしこまりました」
大はしゃぎなパピヨンお嬢様にニッコリと微笑んだノエムさんは、剥いたモモリンゴの欠片を次々とお嬢様の口に差し出す。
もちろん僕もおかわりのモモリンゴをいくつかもらえたよ。
次にノエムさんが取り出したのは、緑色の果実が房なりになったマスカットみたいな果物。
「これはグリーングレープじゃな! わらわの好物じゃ!」
「さようでございますね。しかし口からよだれははしたないですよ」
「おっと、失礼したのじゃ」
好物だというグリーングレープを前にパピヨンお嬢様は、八重歯を見せた口から垂らしていたよだれをノエムさんにハンカチで脱ぐってもらう。
「そうじゃ! このグリーングレープもタイゾウに味わってもらおうかや!」
そう言ってパピヨンお嬢様が差し出したグリーングレープ一粒を、僕は鼻で摘まんで口にいれた。
「やはり器用な鼻じゃのう、不思議なのじゃ!」
僕の鼻の動きを興味津々に見つめるパピヨンお嬢様を前に、僕はグリーングレープを味わう。
マスカット特有の甘酸っぱさで幸せな心地になるぞう。
「やはりグリーングレープは美味いのう!」
グリーングレープ一粒を丸ごと口に放り込んで夢見心地なパピヨンお嬢様を、僕はノエムさんと一緒に微笑ましく見守った。
「ノエムさん、やはりパピヨンお嬢様は可愛らしいですね」
「タイゾウ様もお分かりになりますか。あの幸せそうなお嬢様のお世話こそメイド冥利に尽きるというものです」
ノエムさんはお嬢様思いのメイドなんだね。
そんなことを思いながら僕もパピヨンお嬢様からグリーングレープをもらって幸せを分かち合う。
そして多めに買ったはずの果物も、あっという間になくなってしまった。
「おや、もうなくなってしまったのう」
「八割くらいはタイゾウ様の口に消えてましたからね」
「なんかすいません……」
「気にせんでよいのじゃ! わらわも美味そうに食べるタイゾウの姿で元気を分けてもらったのじゃ!」
「それなら光栄です」
ポジティブなパピヨンお嬢様の言葉に、僕はまた幸福を覚える。
それからパピヨンお嬢様を乗せて巨大な市場をあちこち巡った後、僕が彼女の指示で向かったところはなんと王宮だった。
「これが王宮……!」
貴族の居住区を抜けた先に荘厳とそびえ立つ王宮に、僕は目を奪われてしまう。
白い大理石で造られた巨大な建物に、屋根の上でいくつも掲げられた蝶々の旗。
異世界でも王宮ってすごいんだな……。
「ところでお嬢様、どうして僕をここに?」
「ふふーん、お主に会わせたい者がおるのじゃ!」
そう告げたパピヨンお嬢様が門番に身分を証明したところを、僕も公爵からもらったバッジで通してもらって歩く。
そしてパピヨンお嬢様の案内でやってきたのは、ちょっと汗臭い開けた場所だった。
訓練に明け暮れる兵士と思しき人たちに、あちこちに立て掛けられた剣の数々。
「ここってもしかして兵士の訓練所だったりします?」
「おお、タイゾウ鋭いのう!」
やっぱりそうだった。
ってことは会わせたい人って兵士の誰かなのかなあ?
「少し降ろしてたもう」
「はい」
僕がしゃがむと同時に降りたパピヨンお嬢様が、兵士たちの間を縫うように訓練所を進んでいく。
兵士たちに少し遠慮しながら僕も彼女に続くと、訓練所の中心で兵士に混じって剣を振るう黒髪の少女の姿があった。
「ミル姉~!」
手を振りながら駆けつけたパピヨンお嬢様に、ミル姉と呼ばれた少女が練習をやめて振り返る。
「おお、パピヨンか! よく来たな!」
凛とした口調で答える少女に、パピヨンお嬢様が飛び付いた。
「ミル姉! 久しいのじゃ!!」
「パピヨンも大きくなったな。……訓練したばかりだから臭くないだろうか?」
「ミル姉が臭いなどあり得んのじゃ!」
どうやらパピヨンお嬢様はこの少女を大変慕っているようである。
年は十代後半だろうか、それにしてもこの人もかなりの美少女だ。
背中まで伸ばした黒く艶やかな髪に蝶々の模様が刻まれた白いカチューシャが上品で、スラッとした体躯と動きやすそうな赤い服装がとてもスタイリッシュである。
そんな彼女にノエムさんもメイド服のスカートをつまんで挨拶した。
「ご無沙汰しております、ウィンミル王女殿下」
「お、王女様!?」
なんと、目の前の少女は
僕は驚愕で冷や汗をかく思いである。
ゾウだから蹄の間でしか汗をかけないんだけどね。
そんな僕にもウィンミル王女様の顔が向く。
「ところでその巨大な動物は何だ?」
「よくぞ聞いてくれたミル姉! こやつはわらわの
胸を張って誇らしげなパピヨンお嬢様の言葉に、ウィンミル王女様は目を見開いた。
「この巨大な動物がお前の連れだというのか!?」
「僕はタイゾウ。見てのとおりしがないアフリカゾウです」
僕の自己紹介に、ウィンミル王女様はプレートアーマーに覆われた胸に手を添えて自己紹介を返す。
「申し遅れた。私はウィンミル、ウィンミル・カルネ・パピリオン。パピリオン王国の第四王女だ」
「あのー、つかぬことをお伺いしますが。そちらのパピヨンお嬢様とはどういうご関係で?」
「パピヨンお嬢様とウィンミル王女殿下は
なるほど、この二人は従姉妹同士でしたか。
ノエムさんの解説に納得していると、パピヨンお嬢様が僕の隣に立って自慢を始める。
「タイゾウはとても強くて賢いのじゃ! 先もわらわを山賊から救いだし、数々の苦難も容易く解決してのけたのじゃ!」
「あのーパピヨンお嬢様、それは言い過ぎですって。僕はただその時々で為すべきことをしただけです」
「このようにタイゾウ様はいつも謙虚でございます」
ノエムさんにまでイチオシされて、僕はさらに気恥ずかしくなってしまった。
そうしたらウィンミル王女様がどこかうずうずとした様子でこんなことを言い出す。
「ほう、強いのか。ならば私と一つ手合わせしてはみないか?」
「へ?」
ウィンミル王女様の突然の申し出に、僕は間抜けな声を出してしまった。
「あのー、手合わせってつまり……」
「タイゾウ。お前の力を私に見せてくれ」
やっぱりそういうことですよね~!?
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