第2話 公爵令嬢のパピヨン
「きゃーーーっ!!」
この甲高い声は女の子のもの、しかもかなり張り詰めた様子。
嫌な予感がする、急がないと!
足を早めて向かうと、そこには街路で二本足のトカゲたちに取り囲まれた馬車があった。
「リザードマンめ!」
馬車の前でメイド服を着た少女が、リザードマンと呼んだ二本足のトカゲにメイスで攻撃を仕掛けて蹴散らす。
だけどリザードマンの方が数が遥かに多く、すぐに劣勢になってしまう。
メイド少女の他にも兵士が何人もいるけど、リザードマンの数が多すぎるんだ。
「数が多すぎる……!」
メイド少女が苦戦してる隙に馬車へ歩み寄ったのは、複数の人物。
外見的に三人の盗賊と、……ローブをまとった変な男が一人。
「こいつの召喚したリザードマンのおかげで戦う手間が省けたぜ」
ゲラゲラと下品に笑いながら盗賊の一人が馬車に乗り込もうとする。
それから盗賊は、馬車の中からきらびやかなドレスをまとった女の子を引きずり出した。
「やめろ! 汚らわしい手で触るでないのじゃ!!」
「ちっ、まだ子供か。だけどこれはこれで遊びがいがありそうだぜ」
じゅるりと舌なめずりをする下卑た盗賊に、ドレスの女の子は嫌悪に顔を歪ませる。
「イヤじゃ! 誰か~!!」
「へっ、おつきの鬼人メイド共もリザードマンと遊んでるんだ。大人しく身体を差し出しな!」
「イヤーーーーーーー!!」
悲痛な女の子の叫びで我慢ならなくなった僕は、思わずリザードマンたちを突き飛ばして街路に躍り出た。
「ぱおおおおおおん!!」
口でそれっぽい怒号をあげながら街路に出てきた僕に、盗賊たちが驚愕で目を見開く。
「な、何だこのデカブツはぁ!?」
「おい、お前のリザードマンであいつをやれよ!」
「御意。やれ、リザードマン」
ローブを着た男の指示で、リザードマンたちが槍を携えてこっちに突っ込んできた。
「クゲケケ!!」
「クゲゲ!!」
ひぃっ、そんなものを突き出してこっちに来るなああああ!!
怖くなった僕ががむしゃらに鼻を振り回すと、リザードマンたちが次々と鼻でなぎ払われていく。
あれ、思ったより弱い?
……違う、象の僕が強いんだ!
「クゲゲ……!」
倒れたリザードマンを僕は一匹ずつ踏み潰しトドメを刺していく。
命を奪うのには抵抗はあったけど、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
「わ、私のリザードマンが……! ――ひでぶっ!?」
厄介そうなローブの男を鼻で突き飛ばして近くの木にぶつけると、そいつは気絶したのか動かなくなる。
「ひ、ひいいいいい!!」
「逃げろおおおおおお!!」
三人の盗賊は僕に恐れをなしたのか、背を向けて一目散に逃げ出した。
「ふーっ、これで良かったんだよね」
鼻息を軽く吹いて振り返ると、ドレスの少女がまだ震えている。
「……あ、あ、あ……!」
完全に腰を抜かしている。
心配になって一歩踏み出す――その瞬間、
「それ以上近づいたら容赦しません!」
メイスを構えたメイド少女 が、僕の前に割り込んできた。
「えっ、ちょ、何か勘違いしてません?」
思わずボソッと呟くと、ドレスの少女が目を丸くする。
「……今、この動物、喋ったのじゃ!」
驚きに満ちた声。
「パピヨンお嬢様、危ないので下がっててくださいっ!」
メイド少女が制止しようとするが、パピヨンお嬢様 と呼ばれた少女はそれを無視し、僕に歩み寄ってきた。
「そなたが、わらわたちを助けてくれたのかや?」
「は、はい。通りすがりに悲鳴が聞こえたので……」
「おお! そいつは神様のいたずらなのじゃ!」
パピヨンお嬢様は ぱあっと 表情を輝かせ、両手を合わせる。
続いて、ドレスの裾をつまんで優雅に一礼。
「申し遅れたのじゃ。わらわはパピヨン・カルネ・バタフライ、バタフライ公爵家の第一公女じゃ!」
「こ、公爵ぅ!?」
えっ、えっ、まさか勢いで助けた相手がそんな高貴なお方だったなんて!?
驚きつつ改めて見ると……確かに、ただ者じゃない雰囲気がある。
蝶のように大きなリボンを結んだ金髪。
ぱっちりとした紫の瞳。
マゼンタと桃色を基調としたフリフリのドレス――
まるで絵本の中のお姫様みたいだ。
思わず、僕は頭を下げた。
「お、お嬢様を助けるなんて恐れ多いことで……!」
「あ、頭を上げるのじゃ!」
「そ、そういうわけには……」
だって、公爵令嬢ってめちゃくちゃ偉いイメージがあるんだもん。
……よく知らないけど。
しかし、パピヨンお嬢様はぷくっと頬を膨らませ、僕に命じた。
「命令じゃ! 頭を上げよ!」
「は、はい……」
恐る恐る顔を上げると、満面の笑みを浮かべるお嬢様と目が合った。
――やっぱり、可愛くてきれいな顔してるぞう。
「この度は助けていただき、感謝なのじゃ!」
「ノエム、お主もこの方に感謝を伝えるのじゃ」
「はい。この度はパピヨンお嬢様を助けていただき、ありがとうございました。ボクはノエム、パピヨンお嬢様の専属メイドを務めさせていただいてます」
メイド少女――ノエムも、スカートをつまんで丁寧に一礼する。
近くで見ると、彼女もかなり可愛い。
薄青緑色のショートカット に、フリルのついたネイビーのメイド服。
額には一本の角が生えていて、まるで鬼のようだ。
……ん? 「ボク」って言ってるけど、女の子でいいんだよね?
匂いも女の子だし、何より……結構胸もあるし……。
そんなことを考えていたら、ノエムが申し訳なさそうに言った。
「どうお礼をしたらよいものでしょうか……?」
「いえいえ、僕は何もいらないですよ」
鼻を振って謙遜すると、パピヨンお嬢様が驚いたように目を丸くした。
「本当に何もいらぬのかや?」
「はい。僕は象なので、お金とかは必要ないです」
「そうか……」
あれ、なんか しょんぼり してるんだけど……?
うーん、どうしたものか。……そうだ。
「それなら、僕が街まで護衛を務めましょう。ノエムさんもまだお疲れでしょうし」
「本当か!?」
「それはボクとしてもありがたいです」
どうやら、これで納得してくれたみたいだ。
――そんなわけで、僕は街まで護衛としてついていくことになった。
「ところでパピヨンお嬢様、どうしてこの道を通っていたのですか?」
「公爵令嬢としてちとあいさつ回りをしてきた帰りなのじゃ」
「そうだったのですね」
あいさつ回り、かあ。まだ幼いのによく頑張ってるんだね。
そんなことを思っていたら、パピヨンお嬢様が思い出したように一言。
「そうじゃ、そなたのことは何と呼べばよいかの?」
「僕のことは泰造とでも呼んでくれれば」
「タイゾウか!分かったのじゃ」
そう言って微笑むパピヨンお嬢様の顔はまるで天使のようで。
幸いこの後何か危険な存在が襲ってくるなんてこともなく、僕とパピヨンお嬢様たちは森を抜けて無事に街まで続く道路までたどり着きた。
「ここまで送っていただければ十分です。本当にありがとうございました」
ノエムが頭を下げる。
僕は軽く鼻を振って謙遜した。
「いえいえ、このくらい、お安いご用です」
「本当に帰ってしまうのか……?」
「お嬢様、わがままを言ってはなりません。タイゾウ様は野生に生きる動物なのです」
「む~!!」
パピヨンお嬢様は、名残惜しそうに唇を尖らせた。
あはは、どうやら僕と別れるのが寂しいみたいだ。
だけど、僕もそろそろ森に帰りたい。
「それでは」
そう言って、森へ向かおうとしたその時――
「タイゾウ……きっとまた会えるのじゃ」
パピヨンお嬢様の小さな声が背中に届く。
僕は振り返り、長い鼻を上げて応えた。
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