第4話 アンリとリリア
アンリとリリアの二人兄妹を背中に乗せて僕は、少し歩いてからこんなことを訊いてみる。
「二人ともどうしてこんなところに? ここは君たちみたいな子供が来る場所ではないと思うんだけど」
「ちょっとタイゾーさん、子供だなんて失礼しちゃうわ!」
あら、リリアを怒らせてしまったみたいだ。
「まあまあリリア、タイゾーさんだって悪気があった訳じゃないんだ。――そうだろ?」
「あ、うん」
ナイスフォローだアンリ。さすがお兄ちゃんだぞう。
「俺たちは仕事で狩りに出ていたんだ。この草原にいるホースロープって獣の角を取りに来たわけなんだけど」
そういってアンリが僕の目の前まで下ろして見せてくれたのは、湾曲した動物の角。
見たところヌーという草食獣のものに似てる気がする、さっきもそっくりな動物を見かけたっけ。
「それでなんとか角は手に入ったんだけど、俺が怪我しちまってこの有り様だ」
「お兄ちゃんは悪くないわ! 悪いのはあたしが無茶したからよ!」
「自分を責めるなよリリア。――それで困ってたときに通りかかったのがあんただったわけさ。言い方は悪いけど渡りに船だったよ」
「それはどうも」
なるほど、そんな経緯があったのか。
こんな若い男女が狩りに出かけるなんて、この世界の人間社会はどうなってるんだろう。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、僕たちは最初の森に戻ってきていた。
「ここを通るのかしら?」
「うん。僕はこの森を通っていく道しか知らないからね」
「いや、悪くない。多分草原を迂回するように進むよりはこっちの方が近道のはずだ」
「そうなのお兄ちゃん?」
「ああ。タイゾーさん、思ってたよりも賢い動物なのかもしれないな」
そりゃあ元人間ですからね? 今は一介のアフリカゾウだけど。
だけどあの言い方だと兄妹たちはこの道を通ってこなかったみたいに取れる、何か不都合なことでもあったのだろうか?
その答えは程なくして分かった、森の道を歩いていると脇道の藪がゴソゴソと動いたかと思ったら小柄な人みたいな生き物が五匹姿を現したんだ。
「ゴブリンだわ!」
ゴブリンってファンタジーによくいる弱い魔物のこと?
まさかそんなのがこの世界にいるなんて。
でも言われてみれば確かに、目の前で僕たちを威嚇する生き物はゴブリンといって差し支えのないものである。
尖った耳と鼻に緑色の肌、そして粗末な身なり。
まさに絵に描いたようなゴブリンじゃないか。
なるほど、こいつらがいるからこの兄妹たちは森を通らなかったんだ。
あれ、でも一ヶ月前にもこの道を使ったけど、その時はこんな奴ら出てこなかったぞう。
「ヌジャジャ!」
「ヌジャジャジャ~!!」
不気味な金切り声をあげるゴブリンたちが道を塞ぐものだから、僕もちょっとうっとうしくなってきた。
そんな僕が前に出ようとしたら、リリアが目の前に飛び降りる。
「ここはあたしに任せて!」
「え、でもあいつら武器を持ってるよ! 君みたいな女の子が相手して大丈夫なの!?」
「心配いらないわ! あたしだって戦えるもの!」
心配する僕の前でそう言うや否や、リリアは手甲をはめた拳を構える。
「ブースト!」
それから次の瞬間リリアがものすごい勢いで飛び込んだかと思えば、ゴブリンの一匹が殴り飛ばされて左側の木に叩きつけられた。
「ヌジャジャ……!」
「ヌジャア!?」
仲間を殴り飛ばされてビックリ仰天なゴブリンの前で、リリアが指をポキポキ鳴らして彼らを挑発する。
「あら、かかってこないのかしら?」
「ヌ、ヌジャアアアア!!」
木の棒を手に四匹で一斉に突っ込んでくるゴブリンたちを、リリアは軽い身のこなしでいなしつつ一匹ずつ殴り倒していった。
「ヌ、ヌジャ……!」
「これで最後の一匹ね、それじゃあっ!」
最後に残った一匹にトドメを刺そうとリリアが駆け出したその時、僕は近くでゴブリンと同じ臭いを感じ取る。
これはまさか、仲間がいるのか?
次の瞬間、僕は藪とリリアの間に巨体を割り込ませていた。
その途端に飛んできた矢のようなものが、僕の前足の中程に刺さる。
「うっ」
「タイゾーさん!?」
「あそこに弓矢を持ったゴブリンが!」
背中に乗せてるアンリの言う通り、藪の向こうにはゴブリンがもう一匹潜んでいたんだ。
「このっ!」
咄嗟に僕は足元の石ころを鼻で掴み、そのゴブリンの顔めがけて投げつける。
「ヌジャッ!?」
石ころで顔面を撃ち抜かれたゴブリンが倒れたのと同時に、残っていた一匹もリリアに殴り倒されていた。
「ごめんなさいタイゾーさん! あたしが突っ走ったばかりにあんたにも怪我させちゃった!」
「気にすることはないぞう。このくらい象の僕にはへっちゃらだから」
謝るリリアを慰める僕に、アンリが背中越しにこんなものを手渡してくれる。
「これは、小瓶?」
「傷薬だよ。これを傷口に塗るといい」
「ありがとう、アンリ。じゃあお言葉に甘えて」
肩に刺さった矢を引き抜いてから、僕はアンリから借りた傷薬を傷口に塗ってみた。
ちょっと染みるけど、これなら傷もすぐに治りそうだぞう。
「邪魔なゴブリンもいなくなったことだし、先を進もうか」
「そうね!」
リリアが背中に飛び乗ったところで、僕は二人を乗せて再び進みだした。
「それにしてもさっきのゴブリンなんてこの森で見たことなかったけどなあ」
「それはタイゾーさんを警戒してたからなんじゃないの?」
「あいつらも意外と警戒心強いからな」
なるほど、そういう理由があったのね。
さらに歩くと僕たちは森を出て、町に続くであろう一本の道路に行き着く。
「この道をまっすぐいけばビオレまではすぐだ」
兄のアンリの言う通り、この道を通って町のすぐそばまで行ったんだっけ。
パピヨンお嬢様たちを護衛したこの前も確かそうだった。
「ところでお二人さん、パピヨンお嬢様って知ってるかい?」
「知ってるも何も、バタフライ公爵の一人娘だろ」
「そんなお方が一体どうしたっていうのよ?」
不思議そうな二人に、僕は伝える。
「実はこの前、さっきの道でパピヨンお嬢様ご一行を助けたんだ」
「え、そうなの!?」
それを聞いてすっとんきょうな声をあげるリリア。
「まあタイゾーさんならそれをしてもおかしくはないか」
「そうかなアンリ。それで君たちを町に送ったついでに彼女とまた会えないだろうかと思ってね」
僕がそう言うと、アンリとリリアは二人して難しそうに唸る。
「うーん、面識があるというなら会うことも難しくはないと思うが……」
「でも領主様のご令嬢に会いたい、なんて獣が言うのもね……」
「やっぱり簡単なことじゃないんだね」
予想はついてたけど、二人の言い方からしてパピヨンお嬢様に会うのは一筋縄ではいかないらしい。
「まあでもあのご令嬢のことだから、町にいればそのうちあっちから会いに来てくれるでしょ」
「俺もそんな気がする」
「え、そうなの?」
あれ、簡単じゃないって言ってたのは……?
そんなことを話しているうち、僕は道路を抜けた先の壁に囲まれた入り口までたどり着いた。
僕の姿を見かけるなり、入り口の両サイドに立っていた門番が面食らった様子で慌てて槍を交差させる。
「な、何だあのデカブツはぁ!?」
「止まれ!」
止まれと言われたので僕が止まると、リリアが飛び降りて門番の二人に何か身分証明みたいなのを見せた。
「……なるほど。入れ」
「しかしそいつも一緒なのか?」
「ああ、この獣は俺たちを助けてくれた恩人なんだ」
アンリがそう言うと門番の二人が渋々入り口を開けてくれたので、僕も町に入ることに。
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