第5話 異世界の町ビオレ

 入り口から町に入ると、まず賑わう人の声が耳に届く。


 僕たちと同じように町へ入る人たちが大勢いるんだね。


「ビオレって結構賑やかな町なんだね」

「そうだな。この町は王都までの中継地だから、商人とかも大勢通るんだ」


 なるほど、そんな地理的事情があるのか。


 アンリの説明に納得しながら歩いていると、人々の視線がいくつも突き刺さるようで。


「ずいぶん見られてるな」

「あたしたちいつの間にか人気者になっちゃったのかしら!?」

「……もしかしなくても僕のせいです、ごめんなさい」


 そりゃあ巨大な動物がこんな町の中にいたら目立つ、ここら辺の人たちはアフリカゾウを見慣れてないようだからなおさらだ。


「それで君たちは次にどこへ行くつもりだい?」

「とりあえず冒険者ギルドに素材を提出したいかな」

「ギルドまで案内するから、お願いねっ」


 それで僕はこの二人を冒険者ギルドとやらに連れていくことに。


 幸いリリアが僕の首もとの左右を軽く蹴る形で曲がる方を示してくれたから、道に迷うことはなかった。


「リリアもタイゾーさんの扱いが様になってるな」

「えへへ、そうかしら? タイゾーさんがお利口だからよ」


 そんな風に兄妹の会話に耳を傾けながら歩いてるうち、僕は一際大きくて立派な建物の前にたどり着く。


 入り口の両サイドに建てられた狼の銅像が、なんとも荘厳な雰囲気だ。


「それじゃあタイゾーさん、ここで待っててね」


 僕がしゃがんで二人を下ろすと、リリアがこう言ってからギルドの中へ入っていく。


 僕の身体が大きすぎて、建物の中では不自由しそうだからね。


 しばらく待ちぼうけしてると、いつの間にか僕を囲うように人だかりができていた。


「何だこのデカい獣は……?」


「暴れたりしないよな……」


「でもよく見たら意外と可愛い顔してない?」


 最初は遠巻きにしていた人々も、大人しくしてる僕を前に好奇心がわいてきたようで。


「これあげる~」


 真っ先に近づいてきた一人の小さな男の子がビスケットみたいなのを差し出したから、僕は長い鼻で受け取って口に運ぶ。


 口の中に広がるバターのコクと香り、甘いお菓子の味わいもまた一興だ。


「うん、うまいぞう」

「わわっ、しゃべった~!?」


 男の子がびっくりするとその母親と思しき女の人が彼を連れ戻す。


「ちょっと!? ――ごめんなさい、うちの息子が変なものを食べさせちゃって」

「いえ、いいんです。本当に美味しかったから」


 僕が長い鼻を上げてそう弁明すると、今度は別の男の子が近づいてきた。


「ねえねえ、ぼくを背中に乗せてよ!」

「おれも!」

「わたしも!」


 いつの間にか他にも子供たちがわらわらと出てきて、揃って僕の背中に乗りたがる。


「いいよ。それじゃあ順番にね」

「わーい!」


 そうして僕が子供たちを順番に背中に乗せて喜ばせていると、ようやくアンリとリリアの二人が戻ってきたんだけど。


「……すごい人気ね~」

「ああ、全くだ」


 なんか口をポカーンと開けて呆気にとられているぞう。


「それじゃあ俺たちは宿に戻るから。ここまで送ってくれて世話になったよ」

「宿まで引き続き送っていこうか? 足まだ痛いんだよね」


 僕が助けを提案したけど、アンリは首を横に振った。


「いや、宿はすぐそこだからもういいよ」

「それじゃあまたね、タイゾーさんっ」


 そう言って兄妹二人がその場を後にするのを、僕は見届ける。


「さてと、これからどうしたものか」


 おもむろに四本の脚で立ち上がった僕は、とりあえずこの町ビオレを歩いて回ることにした。


 それにしてもやっぱりすごい人の数だ、少し歩くだけでもたくさんの人とすれ違う。


 人だけじゃない、何気なく足を運んだ市場もとても賑わっている様子だ。


 市場を眺めながら歩いていたら、僕の足は自然と果物売りのところに行っていた。


 そんな僕を見て、果物売りのおじさんが目を見開いて驚いている。


「これはたまげた! まさかこんなデカいお客さんが来てくれるとは!」

「美味しそうな果物ですね」


 長い鼻で匂いを嗅ぐだけでも分かる、陳列されてる果物はどれも絶品だと。


 ……だけどあいにくお金なんて持ち合わせてない、野生の象なんだから当たり前だ。


 諦めて踵を返そうとした僕だけど、甘美な果物の香りに後ろ髪を引かれてしまう。


 そんな感じで名残惜しくしてたら、果物売りのおじさんが声をかけてきた。


「そこのデカいの! よかったら一つ食ってかねえか?」

「え!? いやいや悪いですよそんな!」


 僕が丁重にお断りしたら、おじさんがあごひげを撫でてこんなことを提案する。


「それじゃあこうしよう、お前さんが客引きをやっておくれよ」

「客引き、僕が?」


 僕が大きな頭をかしげると、おじさんは指を立ててこう言った。


「ああ! お前さん遠くでもすごく目立つから、いるだけで注目さ!」

「それもそうですね、でもそれだけで客引きになるんですか?」

「それはこうするのさ!」


 それからおじさんが僕の耳元で囁いたのは、さながら動物園での餌やり体験である。


 つまり僕に与える果物をお客さんに売ろうってこと。


「ずいぶん商売上手ですね、おじさん」

「あったりめえよ! 俺を誰だと思ってんだよ! このビオレで一番の商売上手リンゴンとは俺のことだ!」


 それで僕は打ち合わせどおり、売場の前で適当に鼻を振ってみせる。


 するとあら不思議、大勢のお客さんがあちらこちらから僕を見にやって来たんだ。


「よってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しいこの動物さんに餌をあげてみるかい?」


 そう呼び掛けながらおじさんが小さなかごに詰めた果物を売り込むと、それは飛ぶように売れ出す。


「それくれよ!」

「わたしにもちょうだい!」


 お客さんが買った果物は自分で食べるでもなく僕に渡してくれたものだから、鼻を伸ばして受け取るだけでお客さんは大歓声。


 なるほど、どうりで動物園も餌やり体験なんて開催するわけだ。


 お客さんは未知の体験ができて、僕の腹も膨れる。


 まさにWin-Winの関係だぞう。


 そうして餌やり用の果物はあっという間に売りきれて、おじさんがついでに売り込んだ人用の果物も飛ぶように売れてしまった。


「いやー、商売繁盛だよ! また今度も来てくれよ!」

「喜んで考えさせていただきます」


 こうして報酬がしっかり入るなら、ちょっとくらい働くのもいいかもしれない。


 そうしてお腹いっぱいになった僕は、果物売りを後にした。


 とはいえ甘いものだけじゃ身体には良くなさそうだ、何か甘くない植物は……っと。


 目についたのは街路樹。


 こっちのもみじみたいな形の木の葉は……ダメだ、匂いからして苦すぎる。


 隣のけやきみたいな木の葉は……これならさっぱりしてて今はちょうどよさそうだ。


 木の葉を枝ごとむしって口に運ぶうち、その木は長い鼻が届く範囲だけあっという間に丸裸になってしまう。


 あ、やっちゃった。みんなこっちを見てるぞう。


「す、すいませんでした!」


 慌てて僕はこの場を逃げ出してしまった。


 四本の脚で駆けることしばらく、僕は偶然嗅ぎ慣れた匂いを捉える。


 これは確かリリアの匂いだ。ということはここが彼らの泊まる宿屋かな?


 見てみると確かにウインクする満月の看板が、いかにも宿屋っぽそうな感じがする。


 その満月の看板をじーっと見つめていたら、二階の窓からリリアが顔を出した。


「あ、タイゾーさんだ。お兄ちゃん、タイゾーさんが来てるわ!」


 ほんの一瞬リリアが引っ込んだかと思えば、兄のアンリと一緒に再び顔を出す。


「ちゃんと帰れたみたいだね、安心したよ」

「言っただろ、すぐ近くだって」

「それでタイゾーさんはどうしてここに?」

「それが……」


 さっきの出来事を説明すると、二人して笑い出してしまった。


「ちょっと、それホント!? 木を丸裸にするなんて、どんだけ大食いなのよ!」

「うう、お恥ずかしながら……」


 アフリカゾウは一日に百キロもの植物を食べる。

 だからあんなことになってしまったわけで。


「まあ、今日はこの辺りでゆっくりしてけよ」

「それいいわ! タイゾーさんがそばにいてくれたら安心だもの」


 そんなこんなで僕は宿屋のすぐそばで休憩することにしたんだ。

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