第6話 まさかの再会
翌日僕が町の外で草を食べて小腹を満たしてから宿屋の前に戻ると、何やら二人の言い合いが聞こえてきた。
「あたしなら独りでも大丈夫、だから無理しないでお兄ちゃん!」
「そう言うわけにはいかないだろリリア。お前が独りで行くなんて無茶だ、俺も行く」
そんな口論の現場で僕が長い鼻で窓枠を叩くと、リリアが顔を出した。
「タイゾーさん、おはよう! どうしたの?」
「お二人さんが言い合ってるのが聞こえてきたものでね。一体どうしたの?」
「それなんだけどさ、お兄ちゃんが怪我してるのに仕事へ行こうとするのよ!」
「リリアを独りで行かせるわけにはいかないんだから当然だろ」
と口を挟んだのは兄のアンリである。
どうやら独りで仕事に行こうとするリリアを、アンリが止めていたらしい。
確かにまだ若い女の子が独りで危険な仕事をするかもしれないと思ったら、そりゃあ兄として止めるのも当然な気がする。
だけど見たところ妹のリリアも頑固で、アンリと口論を続けていた。
うーん、この兄妹喧嘩どうするべきか……?
あ、いいこと思い付いた。
「リリアが独りでなければいいんだね?」
「まあ、そうなるな」
「そういうことなら僕が代わりにリリアと同行するよ」
「え、ホントに!?」
リリアが目を光らせて食いつくも、アンリは相変わらず渋い顔。
「けどいいのか? これ以上あんたに俺たちを助ける義理なんてないと思うんだが……」
「気にすることないぞう、困ったときはお互い様だよ」
「ありがとう、タイゾーさん!」
長い鼻をリリアに抱かれて、僕はちょっとだけドキッとしてしまう。
鼻に何か柔らかいものが当たってるし、少女特有のいい匂いもした。
「それじゃあ行ってくるね、お兄ちゃん!」
「タイゾーさんを困らせるなよ」
少し待つと程なくしてリリアが宿屋から出てくる。
「お待たせ! タイゾーさん、行こっか」
「そうだね」
リリアのハツラツとした笑顔が、僕には眩しかった。
こんなポジティブな彼女を見たら、前世で社畜としてこき使われてた自分と対比してしまう。
あのときはただただ虚無感のままに働いてたからな……。
「どうしたの、タイゾーさん?」
「あ、ううん。なんでもない」
今は今だ、わざわざ昔のことを思い出す必要なんてない。
そう言い聞かせた僕は、リリアと一緒にギルドのすぐそばまで歩いていく。
「それじゃあちょっと待っててね~」
リリアがギルドの建物へ入っていくのを、僕は鼻を上げて見送ってから待機することにした。
……なんだか慌ただしい気配を感じる。
足を通して伝わる雑踏の慌ただしさを気にしていたら、見覚えのある少女を見かけた。
ネイビー色をしたふりふりのメイド服に、淡い青緑ショートの髪と額の角。
あの人って確かパピヨンお嬢様のメイドさんだったよね、名前はノエムさんだっけ。
だけど彼女も何かを探してるのか、慌ただしく辺りを見渡しながらうろうろしている。
そんなメイドのノエムさんが僕に気づいたのか、こっちに駆け足で寄ってきた。
「また会いましたねタイゾウ様、まさか町に来ていたとは意外です」
「あ、はい。どうかしましたか?」
僕がそう問いかけると、ノエムさんが僕の目の前にすり寄る。
そんな密着するとお胸の柔らかいものが当たるんだけど……。
「あの、パピヨンお嬢様を見かけなかったですか? 屋敷から急にお姿が見えなくなって、家来の者が総出でお探ししているのですが……」
「僕は知りませんよ」
「そうですか。……もし見かけたらボクにお知らせください。それではっ」
そう言い残してノエムさんは速やかに立ち去る。
パピヨンお嬢様の失踪か……、これはただ事じゃないぞう。
そんなノエムさんと入れ替わるように、リリアがギルドから出てきた。
「お待たせ! 待った?」
「ううん、こっちは大丈夫。それより……」
「ん、どーしたの?」
ノエムさんのことを相談しかけて躊躇う僕に、リリアはきょとんと首をかしげる。
リリアを関係ないことに巻き込む必要はない、そんな気がした。
「ううん、なんでもないぞう。それで今回はどんな依頼を受けるんだい?」
「今回は迷子の猫を探す依頼にしたわ」
そう告げるリリアは、どこか不満げな様子で。
「お兄ちゃんから危険な依頼を受けないよう釘を刺されちゃったからこれにしたんだけど、なんか物足りないわ」
「そう言わないのリリア。お兄さんはリリアのことが心配なんだよきっと」
「むぅ……」
頬をプクーっと膨らませるリリアを元気づけるよう、僕は彼女の華奢な肩に長い鼻を回す。
「それじゃあ迷子猫探しに行くぞう」
「ええ、そうね」
こうして僕はリリアと一緒に迷子猫を探すことにしたんだ。
リリア曰く迷子猫は赤いリボンを首に巻いた黒猫だという。
名前はリコちゃんとのこと。
「リコちゃーん、どこにいるの~?」
呼び掛けながら探すリリアは、続いて僕にこんなことを訊いてくる。
「タイゾーさんの力で猫を探すことってできないのかしら?」
「うーん、匂いが分かればいいんだけど……」
三百キロ彼方の水場を嗅ぎ当てるアフリカゾウの嗅覚があれば、なんて一瞬思ったけど匂いの分かる遺留品みたいなものがないんだよね……。
「とりあえず猫のいそうな場所を探したらいいんじゃないの? たとえば物陰とか」
「それもそうね」
そうして僕たちが足を運んだのは、町外れの裏通り。
「賑やかな表通りのすぐ近くなのに、こんなに静かなんだね」
「そうね。ここは人通りがほとんどないから」
確かにここなら迷子の猫が潜んでいても不思議ではないぞう。
あいにく身体の大きな僕は狭い裏通りで身動きが取れなそうなので、リリアに捜索を任せることにした。
「……また待ちぼうけだぞう」
どうもこの巨体は町での暮らしにそぐわないようで、いろいろと不便である。
そんな風に考えて手持ち無沙汰になっていたら、背後である匂いを捉えた。
この上品で高貴な花の香り、一度嗅いだだけでも間違えようがない。
後ろを振り向くと、赤い頭巾を被った女の子がこっちに駆け寄ってきた。
「タイゾウ! また会えたのじゃ!」
そう言って女の子が被っていた頭巾のフードを脱ぐと、短めの金髪がふんわりとそよぐ。
頭の後ろで髪を結ぶ蝶々のような大きなリボン、きらびやかなドレス姿ではなく今はもっと地味な服装だけど間違いない。
「パピヨンお嬢様……!?」
思わぬ再会に目をぱちくりさせる僕の鼻に、パピヨンお嬢様が抱きついてきた。
「まさかここで会えるとは思うていなかったのじゃ! 嬉しいのじゃ!!」
そう言いながらすりすりと顔を擦り付けるパピヨンお嬢様から、さっきの香りが漂ってきて思わずうっとりしてしまう。
この娘なんていい香りなんだろう、嗅いでるだけで心が安らぐようだ……。
「――おっと! パピヨンお嬢様はどうしてここに!? メイドのノエムさんが探してましたよ!」
慌てて思い出した僕の言葉に、パピヨンお嬢様はつり目がちな紫の瞳を不満げにひそめる。
「ノエムか、また余計なことをしおって」
「お嬢様?」
「わらわはタイゾウがここに来てると耳に挟んでの、こっそり屋敷を抜け出してきたのじゃ!」
ふふーんと自慢げに薄い胸を張るパピヨンお嬢様に、僕はため息をついた。
「パピヨンお嬢様、悪いことは言わないからすぐに屋敷へ帰った方がいいと思いますよ。たぶんご家族も心配してますって」
「ヤ~じゃ! わらわはもうちとタイゾウと一緒にいたいのじゃ!」
むすっとするパピヨンお嬢様は、案外やんちゃな女の子のようである。
それにしてもどうしたものか……。
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