第7話 ノエムの鬼気

 パピヨンお嬢様のやんちゃぶりに眉を潜めていたら、リリアが裏通りから戻ってきた。


「猫は見つかったかい?」


 僕が問いかけると、リリアは華奢な肩をすくめて首を横に振る。


「ううん、猫自体は結構いたけど探してるのはいなかったわ」

「そっか……」


 迷子猫を探すのも一筋縄ではいかないんだな……。


 それを聞いてたパピヨンお嬢様が、興味津々に口を挟んでくる。


「猫を探してるのかや?」

「あれ、この女の子は誰なのタイゾーさん?」

「ああ、この娘はパピ……痛たっ」


 僕がパピヨンお嬢様を紹介しようとしたら、前足をつねられてしまった。


「わらわのことは秘密で頼むのじゃ。ここに公爵令嬢がいると知れたら騒ぎになるからの」

「それが分かるんだったらどうして屋敷なんて抜け出したのさ……?」


 ささやくパピヨンお嬢様の言い分に、僕はちょっと呆れてしまう。


「わらわはパピィ、ただの町娘じゃ」

「あたしはリリア、よろしくねパピィちゃん」


 そうかと思えばパピヨンお嬢様がリリアと仲良く握手していた。


 どうやら目の前の少女が公爵令嬢だとは、リリアは夢にも思ってない様子。


「それでリリアよ、お主は何を探しておるのじゃ?」

「迷子の猫よ。ギルドで受けた依頼でね」

「ほう! わらわも手伝うのじゃ!」

「え、パピヨ……ううん、パピィちゃんが!?」


 うっかり本名を言いかけた僕は、パピヨンお嬢様ににらまれ慌てて訂正した。


「うむ! なんか楽しそうなのじゃ!」

「それじゃあ一緒に探しましょう、パピィちゃん!」

「なのじゃ!」


 思わぬ形でパピヨンお嬢様を加えた僕たちは、改めて迷子猫を探すことに。


「リコちゃーん」

「どこにおるのじゃ~?」


 入り組んだ裏通りのあちこちを探すリリアとパピヨンお嬢様の二人を、僕は傍らで見守る。


 もしパピヨンお嬢様に何かあったら、それを思うと気が気でないぞう。


 万が一のことを考えてぞーっとする僕をよそに、二人が首に赤いリボンを巻いた黒猫を連れて戻ってきた。


「見つけたわ!」

「可愛い黒猫だったのじゃ!」


 その探していた黒猫はパピヨンお嬢様の胸に抱かれて安らいでいる様子。


 お嬢様の顔が引っ掻かれなくて良かった……。


「それではギルドとやらへ報告なのじゃ!」

「そうね!」

「う、うん」


 ギルドへ戻ることにした僕たちだけど、パピヨンお嬢様はすぐにその場でうずくまってしまう。


「どうしたのパピィちゃん?」

「うう、足が痛いのじゃ~」


 箱入り娘なのだろう、どうやらパピヨンお嬢様は外を出歩くのに慣れていなかったようだ。


「それじゃあタイゾーさんに乗せてもらえば? いいよねタイゾーさん」

「僕は構わないけど」


 リリアの提案で僕がしゃがむけど、パピヨンお嬢様はまだ戸惑っている。


「うーむ、これは高いのじゃ~」


 そっか、パピヨンお嬢様はまだ子供だから僕の身体をよじ登るのが難しいんだ。


「それならまず僕の前足にパピィちゃんの足をかけてみましょうか。そうしたら僕も手伝えますから」

「かたじけないのじゃ」


 僕の言う通りパピヨンお嬢様がまだ小さな足を掛けたところで、僕は前足と鼻を駆使して背中に上げる。


「ほう、これがタイゾウの背中か! 大きいのう!」


 早速テンションを上げるパピヨンお嬢様を乗せたまま僕が立ち上がると、彼女はさらに歓声をあげた。


「おお! 高いのじゃ~!」


 きゃっきゃと興奮さめやらないパピヨンお嬢様を載せて、僕はリリアに連れられてギルドへと足を運ぶ。


 そして着いたギルドの前で黒猫を抱いたリリアを見送ったところで、僕はパピヨンお嬢様と一緒に待機。


「パピヨンお嬢様」

「今はパピィじゃっ」

「じゃあパピィちゃん、いつまでこうしてるつもりなんですか?」


 ジト目で問いかける僕に、パピヨンお嬢様は寄りかかって答える。


「まだじゃ。わらわはもっと楽しいことをしたいのじゃ!」

「はぁ」


 どうやらお嬢様はまだ帰る気はないようで、僕は思わずため息をついてしまった。


 そうかと思えばパピヨンお嬢様が僕の長い鼻にじゃれてくる。


「タイゾウ~。わらわは暇じゃ、遊んでくれたもう!」

「しょうがないですねー」


 僕がその小さな身体を鼻で抱え上げると、パピヨンお嬢様はきゃっきゃと喜んでくれた。


「おお~、高い高いなのじゃ~!」


 こうしているとお嬢様のいい匂いも間近で堪能できて、僕も結構ハッピーだぞう。


 そんなことをしていたら、いつの間にか人だかりができて、みんなも僕と遊びたがった。


「はいはい、順番だぞう」


 パピヨンお嬢様を下ろした僕は、やってきた人々を順番に鼻で抱えあげて楽しませる。


「タイゾウは人気者じゃな。わらわも鼻が高いぞ!」


 パピヨンお嬢様も自分のことのように鼻高々で未発育な胸を張っていた。


 その時だった、僕は吹雪のように冷たい殺気を感じる。

 この気配は!?


「パピィちゃん、気をつけて」


「む、どうしたのじゃ?」


 呑気に首をかしげるパピヨンお嬢様を懐に寄せるのと同時に、人混みをかき分けてやってきたのは。


「見つけましたよ、お嬢様」


 大振りなメイスを引きずりながら静かに怒りを双眸にたぎらせた、鬼人メイドのノエムさんだった。


「の、ノエム……」


 迎えに来たノエムに対し、パピヨンお嬢様は僕の足にしがみついて身を寄せる。


「ノエムさん? どうしたんですか、そんな怖い顔して」

「タイゾウさん、まさかあなたがお嬢様を連れさらっていたとは」


 パピヨンお嬢様を連れさらう? ……僕が?


「待ってください、誤解です! 僕はただパピヨンお嬢様を保護しただけで……」

「お嬢様を連れさらうなど万死に値する!!」


 僕の言い分にも耳を貸すことなく、ノエムさんが地面を蹴って突っ込んできた!


「はあああっ!!」


 ノエムさんが振り下ろしたメイスを、僕はかろうじて鼻で受け止める。


 その瞬間吹き荒れる衝撃!


 ううっ、なんてパワーだ。アフリカゾウの力をもってしても受け止めるのが精一杯だなんて。


「待ってくださいノエムさん、話を聞いて!!」

「問答無用です! その狼藉、命をもって償え!!」


 ダメだ、ノエムさんってば激しい怒りで何も耳に届いてない。


「このっ!!」


 激昂するノエムさんが狙いを僕の脚に変えた時だった、なんとパピヨンお嬢様が飛び出してきたんだ。


「待つのじゃノエム!!」

「パピヨンお嬢様!?」


 パピヨンお嬢様の姿を見るなり、メイスを納めてひざまずくノエムさん。


「ノエムよ。わらわが自らタイゾウに会っていたのじゃ、こやつは悪くないっ」

「はっ、これは失礼いたしました。ボクとしたことが取り乱してしまいました、どうかお許しを」


 堂々としたパピヨンお嬢様の言葉に、ノエムさんは深々と頭を下げる。


「うむ、分かればよい」


 そんな様子に周りの人々はざわついていた。


「お待たせ~っ。って、一体何があったの!?」


 そこへようやくリリアが戻ってくる。


「リリアよ、ウソをついて申し訳なかったの」

「うそ?」

「はい、このお方こそ公爵令嬢のパピヨンお嬢様でございます」


 ノエムさんの説明に、リリアは口許を押さえてビックリ仰天。


「うそっ、パピヨンお嬢様だったの~!?」


 ……全然気づいてなかったんだね。


「それでは帰りますよ、お嬢様」

「そうじゃの。タイゾウにリリア、世話になったの! また会いに来るのじゃ~!」


 ノエムさんに連れられたパピヨンお嬢様は、僕たちに手を振ってその場をあとにした。


「それじゃあ僕たちも帰ろうか。……リリア?」


 ふと見てみるとリリアは放心したようにペタンと座り込んでいる。


「あたし、公爵令嬢に失礼なことしちゃったかしら……?」

「それなら気にすることないと思うぞう。パピヨンお嬢様はそんなことを気にする器の小さい娘じゃないからきっと」

「そうだといいんだけど……」


 とにもかくにもパピヨンお嬢様との電撃的再会は、こうして幕を閉じたんだ。

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