第13話 アゲハ村でのおもてなし

 アフリカゾウの僕が馬の代わりに荷車を牽いて進むことしばらく、僕たちは麓のアゲハ村に寄ることにした。


 村といっても規模はそこそこ大きくて、ギルドの建物とか宿屋も一通り揃っている様子。


 ギルド証で入場したところで、僕たちはまず身柄を拘束して連れてきた山賊たちをアゲハ村のギルドに引き渡す手続きをした。


 なんでもこの山賊たちにはアゲハ村も大変苦しめられたみたいで。

 そんな悪名高い盗賊を退治したことでギルドの役員も大層喜んで、予期せぬ報酬を弾んでくれたんだ。


 ギルドを後にしたところで僕は独り言を呟く。


「本当にこんなもらってよかったのかなあ?」


 するとパピヨンお嬢様が荷車の窓から顔を出してこう言った。


「気にすることないのじゃタイゾウ。お主はそれだけのことを成し遂げたのじゃからな!」

「お嬢様の言う通りですよタイゾウ様、もっと自分を誇りに思われてもよいのです」


 メイドのノエムさんにも言われて、僕はひとまず納得することにする。


 山賊たちの引渡しの間に傾いていた日がそろそろ沈んできたので、僕たちは宿屋で一夜を明かすことになった。


 といっても巨体の僕は建物の中に入れないので、いつものように外で待機である。


 窓から様子を覗いてみると、パピヨンお嬢様はすぐに眠りについてしまっていた。


 今の今まで気丈に振る舞っていた彼女だけど、やっぱり怖い思いもして何より疲れたよね。


 そんな様子を微笑ましく見つめていたら、ノエムさんが窓から身を乗り出してきた。


「タイゾウ様、今回もお嬢様を助けていただき誠にありがとうございました」

「困ったときはお互い様ですよ、ノエムさん」


 そう取り繕う僕の言葉にも、ノエムさんはどこか納得してないようで。


「しかし……これだけしていただいて何もお返しできないというのも歯がゆいです。ボクに何かできることはございませんか?」


 そう頼み込むノエムさんはひたむきで、僕は考え込む。


 確かに何の見返りもなしに働いて、考えようによっては前世でブラック企業に勤めていた頃と一見共通しているな。


 ――でもあのときと違うこともある、それは……。


「お嬢様とノエムさんがハッキリと感謝してくれるだけで、僕は満足なんです」


 そう、前世で働いてた頃はやりがいもなく単なる歯車のひとつとして使い倒されていた。


 でも今は違う、アフリカゾウとしての力で確かに大切な人の役に立っている。

 それだけで僕の心は救われているんだ。


 するとノエムさんは頬を赤らめてうつむく。


「さようですか。タイゾウ様が満足されているというのではあれば、ボクからも言うことはないですね」


 よい夜を、と言葉を残して窓を閉じたノエムさんを見送った僕はこのまま外で夜を過ごすことにした。


 夜中ずっとうとうととしていた僕は、翌朝まだ寝巻き姿なパピヨンお嬢様の快活な言葉で目を覚ます。


「タイゾウ! ごきげんようなのじゃ!」

「お嬢様、おはようございます」


 恭しく頭を下げた僕に、パピヨンお嬢様は手を伸ばして撫でてきた。


「うむ、今日もよろしく頼むのじゃ! ――しかし何やら外が騒がしいのう」

「ああ、それなんですけどね。どうやら村の皆さんが何か準備してるみたいなんです」


 夜な夜な外で様子を見てたんだけど、村人たちが何やら慌ただしくしていてね。


「ほう、それは面白そうなのじゃ! ノエムよ、すぐに着替えさせてたもう!」

「かしこまりました、お嬢様」


 ノエムさんが手際よくパピヨンお嬢様の寝巻きを脱がそうとするものだから、僕は慌てて目をそらす。


 レディーの着替えを覗くなんて、絶対にやってはいけないことだからね。


「もういいぞ」


 その言葉で目を前に向けると、いつもの華やかなドレスに着替えたパピヨンお嬢様の姿があった。


「やはりよく似合ってらっしゃいますね」

「ふふーん、そうじゃろう?」


 誇らしげに胸を張るパピヨンお嬢様のそばで、ノエムさんも嬉しそうに微笑んでいる。


 そしてバタフライ公爵も加えた三人が出てきたところで、村人たちが待ってましたとばかりに押し寄せた。


「昨日は山賊共を退治してくださってとても助かりました!」


「あの山賊共にはこの村も散々苦しめられていたんです!」


「さすがは領主様!」


 怒涛の勢いで感謝を述べる村人たちをなだめてから、バタフライ公爵はこう論じる。


「落ち着くのだ皆の衆。昨日の一件で一番の功労者は私ではない。このタイゾウ殿だ」


 バタフライ公爵の紹介で、村人たちの目が一斉に僕へ向いた。


「この巨大な動物が?」

「確かに喋っていたからただの動物でないと思っていたが……」


 あら、あんまり信用してないな?


 すると率先して発言したのはパピヨンお嬢様だった。


「タイゾウはすごいのじゃ! 山賊共を一人で蹴散らし、囚われていたわらわを助けてくれたのじゃ!」

「お嬢様の言う通りです、タイゾウ様の活躍なくして山賊共の退治は成し遂げられなかったでしょう」


 ノエムさんの補足もあって、村人の向けてた疑念の目が尊敬に早変わりする。


「それはすごいな!」


「まさかそんな力があったとは!」


「ありがたやありがたや……」


 しまいには手を擦り合わせて村人のみんなが拝みだしたものだから、僕は戸惑いを隠せなかった。


「そんな、皆さん顔を上げてください! 僕はただ大切な人を助けただけで……」

「それで村も手を焼いていた山賊共を懲らしめるなど、並みの者にはとてもできないさ」


 そうして結局村人たちからのもてなしは僕を中心に回ることに。


 まあ美味しそうな作物をたくさんいただけたのはありがたいけどね。


 腹が膨れたところで、僕たちは改めてアゲハ村を出発することにした。


 手を振る村人の皆さんに見送られて、荷車を牽く僕はアゲハ村を後にする。


「やはり人助けした後は気持ちがいいのう!」

「パピヨンお嬢様はただ捕まってただけじゃ……」

「何か言うたか?」

「いえ、なにも」


 年端もいかない少女とは思えない凄みのきいたパピヨンお嬢様の態度に、僕は慌てて取り繕った。


 そして大きな山を迂回して抜けた僕たちはようやく王都へと続く道をたどることに。


「ここまで長かったですね」

「じゃがお主のおかげで安心して任せられたぞ、タイゾウよ」

「それは良かったです」


 パピヨンお嬢様とそんなことを話しながら舗装された道を進むことしばらく、目の前に巨大な都市が見えてきた。


「あれが王都……!」


 遠くからでも分かるその規模に、僕は胸が踊るようだ。


 王都へ近づくごとに人の流れもだんだんと数を増して、自然と僕へ向けられる好奇の目も増えてくる。


「ふふーん、わらわ目立っておるのう!」

「お嬢様、目立っているのはタイゾウ様です」

「わ、分かっておるノエムよ! ちょっと言ってみたかっただけなのじゃ!」


 ノエムさんの冷静なツッコミにパピヨンお嬢様がムキになってたら、バタフライ公爵が軽く笑う。


「ははは、賑やかだなあ。これもタイゾウ殿のおかげだ」

「いえいえ、滅相もないですよ」


 長い鼻を振って謙遜しながら歩いていたら、僕たちの前に巨大な門が姿を現した。


 門までは入場の審査待ちなのか、通行人たちがズラリと並んでいる。


 しばらく待って僕たちの順番が回ってきたところで、門番が身分証を見せるよう言ってきたのでバタフライ公爵が家紋のバッジを見せるとすぐに通された。


「さすが公爵ですね」

「ふふーん、わらわの父上はお偉い様なのじゃ!」

「こらこら、あまり吹聴するでないパピヨンよ」


 誇らしげなパピヨンお嬢様をたしなめるバタフライ公爵。


 こうして王都に入った僕たちは、その巨大な町並みを目の当たりにした。

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