第12話 山賊の襲撃

 山を迂回して行くことしばらく、森に入った僕は怪しい気配を捉えた。


「どうかしたかや? タイゾウよ」

「お嬢様気をつけてください、何かいます」


 僕の言葉でノエムさんと兵士たちが馬車を降りて警戒をする。


 その次の瞬間、突然馬車の前に投げ込まれた何かから煙が噴き出してきた。


「な、何だ!?」


 目の前を埋め尽くす煙に、僕たちは立ち止まってしまう。


 すると今度は爆竹でも投げ込まれたのか、弾けるような爆音が鳴り響いた。


「ヒヒーン!!」

「ああ、馬が!」


 どうやらこの爆音でパニックになった馬が逃げてしまったらしい。


 そして煙が晴れた頃には、僕たちは柄の悪い男たちに囲まれてしまっていた。


「山賊か。これは何の真似だ?」


 取り囲むならず者をギッとにらみつけるバタフライ公爵に、男の一人が前に出てこう告げる。


「いい身なりしてるじゃねえか、大人しく金目のものを置いていけば命だけは見逃してやるぜ」


 ゲハゲハと下品に笑う山賊の男にも、バタフライ公爵は少しも怯まない。


「――馬鹿なことを。私を誰だと思っている、バタフライ領を治めるバタフライ公爵ぞ。お前たちにくれてやるものはない!」

「ほう、そいつは言ってくれるじゃねえか。――野郎共、やっちまいな!」


 男の号令で山賊たちが僕たちに突撃してきた。


「賊共が! 公爵様に手出ししたこと、ボクが後悔させてくれる!!」


 ノエムさんが地面を蹴るなり、山賊たちをメイスでまとめてなぎ払う。


「ぐわああ!!」


「ガハッ!?」


 さすがノエムさん、やっぱり強いなあ。


 おっと、こうしてはいられない!


「ぱおおおおおおおおん!!」


 僕も巨体で山賊たちを迎え撃つ。


「何だこいつはぁ!?」


「どわっ!?」


 筋肉の塊でできた長い鼻で盗賊を突き飛ばし、強靭な足で踏みつけ、象牙で山賊を突いた。


「何だこの化け物たちはぁ!? ――あがっ!?」


 そうして盗賊たちをあらかた蹴散らしたら、荷車からパピヨンお嬢様が身を乗り出して勝ち誇る。


「どうじゃ見たか!」


「お嬢様! 出てはいけません!!」


「ほえ?」


 ノエムさんの警告でパピヨンお嬢様がキョトンとした顔を浮かべた時だった、突然荷車に乗り込んだ山賊の一人が彼女を引きずり出したんだ。


「きゃああああ!!」


「「お嬢様!!」」


 僕とノエムさんが慌てて取り戻そうとするも、パピヨンお嬢様を抱えた山賊は驚くべき素早さで森の藪に姿を消してしまう。


「お嬢、様……!」


 パピヨンお嬢様を連れ去られたショックか、ノエムさんはがっくりと膝を落とす。


「大変申し訳ございません公爵様、ボクとしたことがお嬢様を守り抜くことができませんでした……!」


 この世の終わりかのように顔を暗くするノエムさんに、バタフライ公爵はこうなだめた。


「ノエムよ、お前は悪くない。悪いのは何もできなかった私だ」

「公爵様……いえ、そのようなことはございません!」


 うう、なんか深刻なことになってしまったぞう。


「助けにいきましょう」


 僕の発言にもバタフライ公爵は浮かない顔。


「しかしパピヨンの居場所は分かるのか……?」

「それなら問題ありません、僕がお嬢様の匂いをたどれば必ず見つけ出せます!」


 僕がそう言うと、必死で頼み込んできたのはノエムさんだった。


「お願いしますタイゾウ様! どうか、どうかお嬢様をお救いしてください……!」

「もちろんですよノエムさん、僕に任せてください!」


 ノエムさんの肩に鼻を添えた僕が、足元の匂いを確かめるとすぐにパピヨンお嬢様の高貴な香りを捉える。


「ノエムさん、ついてきてください」

「かしこまりました」


 そうして僕はノエムさんを優先的に連れて、森の藪にわけ入ったんだ。


 しばらく藪をかけわけて進んだ奥で、粗末なテントがいくつも設置された区画が目に飛び込む。


「あれが山賊共のアジトですね」


 ノエムさんの言う通り、この辺りからは山賊たちのむさ苦しい臭いがプンプンと漂っていた。


「それではタイゾウ様、ここは陽動作戦で行きましょう。タイゾウ様が正面から攻めてください、ボクが裏からお嬢様を救出いたしますので」

「分かりましたノエムさん」


 こうして僕とノエムさんによるパピヨンお嬢様救出作戦が始まったんだ。



 山賊に捕まったパピヨンは、程なくして彼らのアジトに連れてこられた。


「きゃっ!」

 突きつけられて尻餅をついたパピヨンに、一際大柄な体躯で顔の大きな傷跡が目立つ男が歩み寄る。


「この小娘は?」

「はい、お頭。こちらバタフライ公爵の娘でございます」


 ニタニタと笑う子分の男に、お頭と呼ばれた大男は眉を潜めた。


「ほう、まだ小さくて貧相だが交渉の道具としては使えそうだな」

「なんじゃと! 誰が貧相じゃ!?」


 吠えかかるパピヨンに、山賊のお頭がその細い喉元にナイフを突き立てて脅迫する。


「ひっ!? わ、わらわにこのような狼藉をしてただで済むと思うでないぞ!」

「威勢のいい小娘だ! さすがは公爵の娘といったところか」


 命の危機に怯えながらも威勢を保つパピヨンに、山賊のお頭が豪快に笑った。


 その時だった、山賊の子分がアジトに駆けつけて報告をする。


「お頭! 巨大な獣が攻めてきました!!」


 その報告を聞いて目に希望の光をともしたのはパピヨンだ。


「おお、タイゾウが助けに来てくれたか!」

「おい小娘、これは一体どういうことだ?」


 ナイフを喉元に突き立てられるも、今度はパピヨンも怯まない。


「今に見ておれ愚か者よ、タイゾウとノエムにお主らが敵うはずないのじゃ!!」


 パピヨンが不敵に笑ったのと同時に、一頭の巨大な獣がアジトに侵入してきた。


「な、何だこいつはぁ!?」


 見上げるほどの巨体に長い鼻と牙、ゾウと呼ばれるその獣は盗賊のお頭も見たことのない存在であり。


「ぶろろろろろろろ……!」


 憤怒を双眸にたぎらせて恐ろしげな唸り声をあげるその巨獣に、山賊たちの誰もが恐怖を覚えたのである。



 待ち受けていた山賊たちを蹴散らした僕がひとつのテントに突入すると、そこには囚われたパピヨンお嬢様と顔の傷が目立つ大男の姿があった。


「お、おいっ。これ以上近づいたら小娘がどうなるか、分かってるだろうな!?」


 パピヨンお嬢様の細い首筋に薄汚れたナイフを突き立てる山賊の親分に、僕は怒りを胸に燃やしつつ静かに申し立てる。


「悪いことは言わない、その娘を解放しろ」


 できる限り穏やかに言葉を発した僕に対して、山賊の親分は下品に笑った。


「ははは、お前この状況が分かっているのか? 小娘の命を握ってるのはこの俺だぞ!」


 やっぱり話し合いに応じる相手じゃなかったか。


 それじゃあ仕方がない。


 僕が鼻で床を叩くと、それを合図に親分の背後からノエムさんがテントをひっぺがしてからメイスで奴の頭をぶん殴る。


「はあっ!」


「おぶっ!?」


 ノエムさんにメイスで殴られて、山賊の親分は一瞬で昏倒した。


「ノエム~!!」


 駆け寄って泣きすがるパピヨンお嬢様を、ノエムさんは優しく抱きしめる。


「お嬢様、ボクが助けに参りました」

「うむ! お主が助けに来てくれると、わらわは信じておったのじゃ!」

「あの……僕も助けに来てたんだけど」


 僕が間に入ると、パピヨンお嬢様はニカッと八重歯を見せるように笑った。


「もちろん存じておるぞタイゾウ! あっぱれじゃった!」


 それでパピヨンお嬢様は僕の鼻に顔を擦り寄せる。


 そして身柄を拘束した盗賊たち全員を、僕たちはその後立ち寄る近くの村に任せることにしたのであった。

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