第11話 嵐の予感
翌朝早くから僕たちは川に沿って進み出す。
だけど僕はどこからか響いてくる微かな低音に胸騒ぎがしていた。
この音は恐らく激しい雨とか風の音、だけど頭上の空は快晴のいい天気である。
「――どうかしたかや? タイゾウよ」
「あ、いえ。なんでもないですよ」
荷車から身を乗り出してキョトンとするパピヨンお嬢様に、僕は取り繕う。
彼女に無駄な心配はかけさせるべきじゃない、そう思ったんだ。
一方で僕はバタフライ公爵とノエムさんに、少し報告をさせていただく。
「公爵様にノエムさん、もしかしたら嵐が近いかもしれません」
「なんだと?」
「空には雲ひとつないですが……」
僕の報告に怪訝な顔をする二人。
それもそうだよな、今の空は嵐の気配なんて何ひとつないのだから。
「……だが念のため用心しておこう。天気は予測できないものだからな」
「そうですね、公爵様。タイゾウ様も報告ありがとうございました」
そんなこんなで僕たちは悪天候を警戒しつつ、引き続き進む。
そして川幅の一際広い辺りにたどり着いたところで、僕たちは信じられない光景を目の当たりにした。
「橋がありません……!」
ノエムさんが絶句する通り、轟々と音を立てて流れる濁流が川辺を飲み込む様が見てとれる。
彼女が言うにはここに橋がかかっていたというのだけど、両端の基部を残して見るも無惨に崩れていたんだ。
「これは何事かや!?」
大雨の影響でぬかるむ川原に足を踏み入れたパピヨンお嬢様が、すっとんきょうな声をあげる。
「お嬢様、川には近づかないでください」
ノエムさんに引き留められるパピヨンお嬢様をよそに、バタフライ公爵は難しい顔をしていた。
「困ったな、川を渡るにはこの橋が必要だったんだ。それがないとなれば、山を迂回するしかない……」
「しかしそれではより一層危険が伴います……!」
二人揃って悩むバタフライ公爵とノエムさん。
だけどバタフライ公爵の決断は迅速だった。
「――悩んでいても仕方がない、迂回路を行くぞ」
「はっ!」
こうして僕たちは山の迂回路に進路を変更することに。
「ノエムさん、先ほどは一層危険が伴うと言ってましたが。一体山の迂回路では何が待ち受けてるんですか?」
「山の麓は強力な魔物や厄介な獣も多いです。それに加えて山に住み着く山賊もまた無視できない危険要因なのです」
渋い顔をしてメイスを強く握りしめるノエムさんの言葉に、僕もその深刻さを思い知らされる。
僕が思っているよりも危険な道を通ることになるんだな……。
だけどパピヨンお嬢様は楽観的に、こう言い放つ。
「心配はしておらぬ、なにせわらわにはノエムがおるからのう!」
「お嬢様、ありがたきお言葉です」
そんな彼女にノエムさんが深々と頭を下げた。
そうかと思えば今度はパピヨンお嬢様の目がこっちを向く。
「それに今はタイゾウだっておる! これで最強なのじゃ!」
八重歯を見せながらニカッと笑うパピヨンお嬢様に、僕も俄然勇気が出た気がした。
この娘を守るためなら僕は何度でも立ち上がれる、そう思えたんだ。
そして進路を変更した僕たちは、まずは山の麓へと向かう。
すると程なくして小さな村が見えてきたんだけど。
「あれって……」
「そうですね、先ほどの局所的な嵐の被害を受けたのでしょう」
ノエムさんの言う通り、村では家屋が軒並み崩れていてみんな困っているようだった。
「公爵様、あれどうにかなりませんかね?」
「うーむ、我が領民だから手を差し伸べたいのも山々だが……いかんせん何も持ち合わせていない」
やっぱりそうか……でも僕なら何かができそうな気がする。
「タイゾウ? どこへ行くのじゃ?」
「お嬢様に公爵様、ちょっと寄り道してもいいですよね?」
先んじて進む僕に、バタフライ公爵は不敵に笑った。
「そうか、タイゾウ殿の力があれば村の民の力になれるかも知れんな」
そして僕が村に入ると、絶望しきっていた村人たちがさらに顔をひきつらせる。
「なんだあのデカいのは!?」
「まさか村を滅ぼしに来たってのか……!?」
え、そんな風に思っちゃうの?
僕がオロオロとしていたら、バタフライ公爵たちの馬車が追い付いてきて、公爵様とパピヨンお嬢様が馬車から降りてきた。
「皆の衆! 私はこの地を治めるバタフライ公爵だ」
「わらわはパピヨン・カルネ・バタフライじゃ! 通りがかりで見かけた惨状に、この者タイゾウが助けの手を差し伸べたいと申しておる!」
そんな仰々しい公爵たちの紹介で、村人たちの目が一気に僕へ向く。
「いやーその、僕結構力持ちなので、何か手伝えることはないですかね?」
「そ、それならこの瓦礫を撤去してもらうことはできるか?」
「こっちもよろしく頼むよ!」
そうして僕は巨大なパワーで村に散在する瓦礫の撤去作業をこなした。
さながら生きた重機である。
ほぼ一日かけて全ての瓦礫を撤去すると、村人たちが称賛の拍手を贈ってくれた。
「すごいぞタイゾウ様!」
「これで村も復興できそうだ!!」
「いや~どうもです」
こうしてみんなから感謝されるのも気分がいいぞう。
バタフライ公爵が補償を村に約束ところで、僕たちは通りかかった村を後にした。
「いやー、タイゾウも大活躍じゃったの!」
「あはは、僕は当然のことをしたまでですよお嬢様」
自分のことのように嬉しそうに笑うパピヨンお嬢様に、僕は少し照れ臭くなってしまう。
「しかし油断は禁物だ、山の麓は危険が潜んでいるからな」
「村の者たちも最近魔物の出没が相次いでいると言ってましたからね」
僕がみんなを守らないと。
バタフライ公爵とノエムさんの会話を小耳に挟んで、僕は気を引き締めることにした。
大きな山を迂回するように進んでいると、僕は何かの喧騒を捉える。
「あれは!」
「おい、タイゾウ殿!?」
バタフライ公爵の引き留めも聞かずに突っ走った僕は、程なくして大きな狼に襲われてる馬車を見つけた。
「た、助けてくださ~い!!」
馬車を狼に取り囲まれて悲鳴を上げる人。
僕は真っ先に突進して、狼の一頭を象牙で突き飛ばした。
「ギャアン!?」
「お前たちの相手は僕だ!」
大きな耳を広げて威圧する僕に、狼たちは唸り声を上げて身構える。
額の結晶、あれは草原でも見たダイヤウルフ(仮)か!
「ガフウウ!!」
鋭い牙を向いて飛びかかってくるダイヤウルフ(仮)を、僕は鼻でなぎ払う。
「ギャアン!?」
仲間をはね飛ばされた様を見て、ダイヤウルフ(仮)たちは一目散に逃げ出した。
「ぱおおおおおおおおん!!」
勝利の雄叫びを上げた僕は、続いて襲われていた人に顔を向ける。
「あのー、大丈夫ですか?」
「ひっ!? 喋った!!」
若い男の人みたいだけど、ずいぶんと怖がらせてしまったみたいだ。
そこへバタフライ公爵たちの馬車も遅れてやってくる。
「これはこれは、うちの従者がご迷惑をかけてしまったようで」
「あ、あなたは……?」
「申し遅れた、私はバタフライ公爵だ」
「わらわはパピヨン・カルネ・バタフライじゃ!」
「こ、公爵様~!?」
公爵と聞いて若い男の人はすっかり面食らっている。
「こちらはタイゾウ、我々の護衛を頼んでいる」
「どうも」
「は、はあ。――私はランキンス、しがない旅商人をしています。先ほどは助けていただきありがとうございました」
深々と頭を下げるランキンスさんに、僕は謙遜した。
「困ったときはお互い様だぞう」
「それでは我々は先を急ぐのでな。そなたも気を付けるのだぞ」
「は、はい!」
通りすがりの旅商人を助けた僕は、改めて公爵の馬車と並んで歩き出す。
これからも危険には気を付けないと。
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