第9話 バタフライ公爵との謁見
招待された庭園は、辺り一面の花の香りに加えてそこかしこを舞い踊る蝶々がとても美しい。
さすがは
「きれいな庭ですね」
「そうじゃろう! この庭もノエムが手入れしておるのじゃ!」
「滅相もありませんお嬢様」
まだ平らな胸を張って誇らしげなパピヨンお嬢様に対し、メイドのノエムさんは豊満な胸に手を添えて謙遜する。
「とりあえずここに来るとよい」
そういいながらバタフライ公爵がテラスの席に腰かけたので、僕も対面に立った。
席を外したパピヨンお嬢様とノエムさんの二人とと入れ替わるように別のメイドが紅茶を注ぎ、バタフライ公爵もそれを勧めてくる。
「茶はどうだ」
「ありがたくいただきます」
紅茶の注がれた洒落たティーカップを僕が鼻で掴むと、その途端紅茶特有の香ばしくも芳しい香りが鼻をくすぐった。
その香りを噛みしめつつ口に紅茶を慎重に注ぐと、同じように香り高い風味が口いっぱいに広がる。
「これとても美味しいですね」
「そうだろう? この紅茶は我が領土で栽培された茶葉を使った特産品だ」
お洒落な特産品があるんだな~。
紅茶の香り高い風味にうっとりしていたら、バタフライ公爵が真剣な眼差しでこんなことを告げる。
「突然ですまないがタイゾウ殿、近日我々は王都のパーティーに出席することになっている」
「王都、ですか」
そういえばアンリもここが王都との中継地だって言ってたけど、王都ってどんなところなんだろう?
「ああ。しかし王都への道も決して平坦ではない、盗賊や魔物など危険も少なくないのだ。そこで貴殿に護衛を依頼したいのだ」
「護衛、僕がですか?」
「そうだ。貴殿は体力もあって強い、並の冒険者よりもずっと頼りになる存在だと私は思う。それに娘も貴殿のことを話すときはいつにも増して笑顔が眩しいからな、大層懐いているのだろう」
そう語るバタフライ公爵の厳格だった顔が緩む辺り、娘さんのことを深く愛してるんだろうな。
「だから、この依頼を受けてはくれないか? 報酬も弾むぞ」
深々と頭を下げるバタフライ公爵の申し出を、僕は断ることなんてできなかった。
ああ、これが社畜としての性だよね。
お偉いさんからこうして頼み込まれると昔から断れなかったんだ。
「……分かりました。その依頼引き受けましょう」
「本当か!」
「はい。よろしくお願いします、バタフライ公爵」
「こちらこそ頼んだぞ、タイゾウ殿」
依頼を引き受けることにした僕は、鼻でバタフライ公爵と固い握手を結ぶ。
これでよかったのだろうか……?
出発の日までの間に、僕はリリアに連れられてアクセサリーショップに足を運ぶことに。
「それにしてもあんたが公爵から勲章をもらうなんて思わなかったわよ!」
「僕も予想外だったぞう……」
そう、せっかく公爵から頂いた勲章のバッジを持ち歩くためのアクセサリーを見に来たんだ。
バッジ単体だと持ち歩くにも不便だからね。
そうして足を運んだアクセサリーショップは、魔女の被るようなとんがり帽子の看板が目立つお店だった。
「ごめんくださーい!」
リリアが扉を叩くと、中から店主と思しきおばさんが顔を出す。
「あらいらっしゃい。今日は何のご用だい?」
「このヒトにアクセサリーを作ってもらいたいんだけど」
リリアに紹介された僕を、店主のおばさんが見上げるように見つめた。
「おやまあ! ずいぶんと身体の大きなお客さんだねえ!」
「とりあえず彼のバッジを首から提げられるようにしてほしいの」
リリアの申し出と共に僕が蝶のバッジを見せると、店主が目を丸くする。
「これは公爵様の勲章でないかい! これをあんたが?」
「はい。いろいろありまして……」
「そうかい。しかしお前さんくらい身体の大きな者となると、まずは採寸からしないとだねえ」
それから僕はおばさんに身を任せて、全身の採寸をとってもらうことに。
だけどその採寸も巨体の僕に見合う大がかりなものになって、ちょっと迷惑をかけてしまった。
「すみません。こんなに大きな身体だと大変でしょう?」
「いいってことよ! 初めてのことはワクワクするからねえ!」
なるほど、このポジティブさは見習うべきかも。
しばらくして店主のおばさんが作ってくれたのは、首から提げる緑色のポシェットだった。
「これでどうだい。紐もお前さんの首に合うよう特別長くしたよ」
おばさんの言うとおり、ポシェットの紐は僕の太い首からでも余裕で提げられるくらい長い。
「ありがとうございます!」
そうしてできたポシェットを、僕はリリアに買ってもらうことになった。
「すまないねリリア。君に払わせることになってしまって」
「気にしなくていいわよ。今までこっちが十分過ぎるくらいお世話になったんだもの、このくらいはお返しさせてよねっ」
ハキハキと言うリリアに、僕は胸が晴れるようだ。
あっちもあっちで僕が助けてばかりで申し訳なさがあったんだと思う、これでギブアンドテイクになって良かったぞう。
「新しいポシェット、似合ってるかなあ?」
「ええ、とてもよく似合ってるわよ」
「リリアにそう言われると嬉しいぞう」
「ねえタイゾーさん、よかったらギルドに冒険者として登録してみない?」
「え?」
リリアの唐突な提案に、僕は思わず足を止めてしまった。
「冒険者になれば自分のお金くらいは稼げるから、これからも町で暮らせると思うの」
「うーん……」
確かにリリアの意見も一理あると思う。
お金があれば誰かに依存しすぎることもなくなるし、町での不自由さも解消されるはずだ。
でもな……、元は仕事漬けから解放されるために象の姿にしてもらったのに、今生でも仕事を探すなんてね……。
「――どうしたの、タイゾーさん?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
いや、仕事をするといっても
果物売りのお手伝いをしたときだって報酬はきちんともらえたし、公爵だって護衛の依頼を果たせば報酬は弾むと言った。
「……分かった、できるか分からないけどギルドに行ってみるよ」
「それはよかったわ!」
そんなこんなで僕はリリアと一緒に改めてギルドへ足を運ぶ。
「それじゃあマユラさんを呼んでくるから、一度勲章を預けてくれないかしら?」
「うん、いいよ。どうぞ」
蝶の勲章を預けてリリアを見送った僕は、またまた待ちぼうけ。
でも今回はすぐにリリアが二人の人物を連れてきてくれた。
ウエイトレスみたいな格好をした若い女の人と、筋骨粒々なたくましい身体つきで……やたら化粧が濃い男の人。
「連れてきたわ、タイゾーさん。こちらがギルマスのアーノルドさんと、いつもお世話になってる担当のマユラさんよ」
「アーノルドよぉ。あなたがタイゾーさんね? とても立派な身体ねぇ」
ギルマスのアーノルドさんだろうか、顔だけでなく言葉遣いもおネエだった。
一方受付嬢と思しきマユラさんは、柔和な営業スマイルを浮かべつつも疑問の表情。
「あの……リリアさん? この方は……」
「タイゾーさんは動物なんだけど、とっても利口で優しいのよ。だから冒険者としても活躍できると思うの」
「えー、公爵の勲章は本物でしょうが、本当にこの方が……?」
「こらこらマユラちゃん、あんまりヒトを見た目で疑っちゃダメよぉ。ほら、アタシが直々に手続きをしてあげるから」
それから僕は冒険者の説明と手続きをすることに。
システムとしてはまず冒険者はいくつかに階級分けされていて、まずはグリーンクラスから始まる。
それから実績を積んでブロンズ→シルバー→ゴールド→プラチナ→ダイヤ、そしてマックスクラスと昇格していくのだそうだ。
もちろん昇格に応じて受けられる依頼もグレードアップするとのこと。
もちろん僕はグリーンクラスからで、異世界の文字をリリアに代筆してもらった書類で緑色のカードをもらった。
「これでタイゾウ様も冒険者として認められます。今後とも贔屓にお願いしますね」
こうして僕はちょっと予想外ながらも働き手としての資格を得たのである。
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