第19話 アフリカゾウは野生に帰りたい
「……はい?」
公爵様の口から出た思わぬ言葉に、僕はうっかり間抜けな声を出してしまう。
そんな僕に公爵様は説明を続けた。
「娘のパピヨンが貴殿を大層気に入ってな、一緒に暮らしたいと言っているのだ」
やっぱりパピヨンお嬢様の意志なんだね。
そんなことを考えていたら、パピヨンお嬢様も公爵様の隣で身を乗り出した。
「タイゾウよ! これからはわらわと共に暮らさぬか!? わらわはずっとお主にそばにいてほしいのじゃ!」
その無垢だけど真摯な眼差しに、僕は気持ちが揺らぎそうになる。
確かにパピヨンお嬢様もバタフライ公爵もいい人だし、一緒にいて悪い気はしない。
だけど……。
「ごめんなさい、あなた方と暮らすことはできません」
僕が頭を下げてきっぱり断ると、すっとんきょうな声をあげたのはパピヨンお嬢様だった。
「なぜじゃ!? わらわと暮らすのがそんなにもイヤと言うのか!?」
「そういうわけではございませんお嬢様。確かにお嬢様と一緒にいた数日はとても満たされた気分でした」
「ならばなぜ……?」
「……ですが、僕はこの通り大食いです。この食費を賄っていたらこの町の財政が傾いてしまうかもしれません。僕のせいでこの素晴らしい町が不幸になるのは本望でないのです」
そう、僕は一日百キロもの植物を食べないと巨体を維持できないアフリカゾウだ。
そんな僕を養おうと思えば、その維持費はバカにならないだろう。
「心配することはないぞタイゾウ殿。貴殿独りを養う程度で財政が傾くほど、この領土は貧しくない」
「父上の言う通りじゃタイゾウ! お主は何の心配もいらぬのじゃぞ!?」
それでも説得してくるバタフライ公爵とパピヨンお嬢様に、僕は続けて論じた。
「――それだけではございません、僕は結局野生動物なんです。やっぱり自由でいたいんですよ、僕は」
これこそが本心だった。
自由でいたいためにゾウとして転生させてもらったんだ、今さら人様の迷惑にはなれない。
「……そうか。済まなかったな、貴殿の気持ちも知らずに勝手なことを言ったことお詫びする」
「父上!? わらわは納得しておらんぞ!」
「パピヨン! タイゾウ殿がああ言ってらっしゃるのだ、それを押しきって共に暮らすなど筋ではないだろう?」
「それは……」
バタフライ公爵の説得にも、パピヨンお嬢様はドレスの裾をぎゅっとつまんで納得できない様子。
「ならばわらわがタイゾウと一緒にこの屋敷を出るのじゃ!!」
「パピヨン! まだ分からないのか!」
「分からぬわけではないのじゃ! じゃけど、じゃけどタイゾウとお別れなど嫌なのじゃ~~~!!」
駄々をこねたパピヨンお嬢様は、結局泣きながらこの場を走り去ってしまった。
「パピヨン! ……行ってしまったか。済まないな、娘の物分かりが悪くて」
「いえ、僕もちょっとパピヨンお嬢様の気持ちをちゃんと理解してなかったかもしれません」
そんなことを話したところで、僕はバタフライ公爵の屋敷を後にする。
パピヨンお嬢様、大丈夫かな……?
翌日、僕は改めてこの町を後にするためみんなに見送られようとしている。
「本当に行ってしまうんだな、タイゾウさん」
「また来てくれるわよね!?」
寂しそうなアンリとリリア二人の肩に、僕は鼻をポンと添えた。
「もちろんだよ二人とも。気が向いたらいつでもこの町にやってくるから」
「約束よ?」
「うん、約束する」
リリアが差し出した小指に僕も鼻先を絡めて指切り。
……バタフライ公爵とノエムさんは来てるけど、パピヨンお嬢様の姿が見当たらない。
「あのーノエムさん、パピヨンお嬢様は?」
「それが今朝から姿が見えないのです。お嬢様のことだからどこかで隠れているかと……」
「そうですか……」
僕が思っている以上にパピヨンお嬢様は悲しんでいるかもしれない、そう思うと僕は胸が痛んだ。
「それではまた」
町の人に見送られて僕が踵を返そうとした、その時だった。
「タイゾウ~~~!!」
どこからか駆けつけてきたパピヨンお嬢様が、僕の脚にすがり付いてきたんだ。
「お、お嬢様!?」
「これが今生の別れではあるまいな!? またわらわに会いに来てくれるな……?」
「はい、約束しますよ。パピヨンお嬢様」
そう伝えて僕が鼻で頭をなでてあげると、パピヨンお嬢様は涙でくしゃくしゃになった顔で笑みを浮かべる。
「うむ、約束じゃぞ?」
よかった、パピヨンお嬢様も分かってくれたんだ。
そうして僕はビオレの町に別れを告げて、草原に帰ることに。
初日の森を抜けるように歩くことしばらく、僕があのだだっ広い草原に帰る頃には空も夕焼けになっていた。
「異世界の空は夕焼けもきれいだぞう」
きれいな茜色の空に目を奪われることしばし、僕は休息によさそうなちょっとした木陰を見つける。
夜を過ごすにはここがいいかな、ちょうど美味しそうな木の葉と枝もあるし。
小さく細かな木の葉を枝ごともぎ取ってモシャモシャ食べると、甘~い果物にはない素朴な味わいが口に染み渡っていく。
果物もいいけどやっぱり日常的に食べるならこういうなんでもない植物がいいな。
そんなことを思いながら程々に食事をして、僕は夜を過ごす。
そして異世界の野外で迎えた朝は、地平線から太陽が昇ってくる瞬間の絶景を見せてくれた。
これが異世界の日の出、今日も一日いい日になりそうだぞう。
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