第21話 聖女様の知らせ

 シェリーさんを背中に乗せて歩くことしばらく、僕は草原と町の境目にある森の中を進んでいたんだけど。


「それにしてもゴブリンの数が多いなあ!」


 さっきからゴブリンたちが引っ切り無しに飛び出してくるんだ。


 もちろんゴブリンなんてアフリカゾウの敵じゃないから問題なく蹴散らしていける。


「ふぅ」

「大丈夫~?」

「あ、はい。ちょっと疲れただけです」


 でも息をつく間もなくゴブリンと遭遇してたから、少し疲れてしまった。


 そんな僕にシェリーさんが背中を擦ってくれる。


「貴方に神の癒しを。リラクゼーション」


 するとぼんやりとした緑色の光に全身が包まれて、疲れが吹き飛んでいた。


「ありがとうございます。今のって魔法ですか?」

「うん、そうだよ。といっても初歩的な疲労回復魔法なのだけど」

「それでも助かりましたよ。これでビオレまでノンストップで行けそうです」

「それは助かるなぁ~」


 疲れを取ってもらった僕は、改めてビオレに向けて歩き出す。


 しばらく歩くと森を抜けて町に続く道路に出てきた。


「ここまで来ればビオレまであと少しです」

「ありがと~タイゾウさん」

「それじゃあもうひと頑張りですっ」


 僕が気合いを入れ直して歩くと、道ですれ違う人々が揃いも揃って何やら信心深そうにお祈りをしていく。


「聖女様だ」

「あぁ、ありがたや~」


 なるほど、僕の背中に乗ってるシェリーさんを崇めているんだね。


「さすが聖女様ですね」

「わたしなんてまだ見習いなんだけどな……」


 本人は謙遜しているけど、聖女の人気は結構なものなんだろう。


 お祈りにとどまらず食べ物まで恵む人たちまで出てきた。


「やっぱり聖女様ってすごいんですね」

「あら、途中から貴方への信仰になってたよ~」

「え、そうなの?」


 まさかぼくまで信仰対象になっていたとは。

 もしかしたら聖女様との相乗効果なのかもしれない。


 そんなこんなで歩くこともう少し、僕はビオレの入り口まで来た。


 いつも通り門番に身分証明となるギルド証を見せると、シェリーさんが意外そうな声をあげる。


「タイゾウさんってギルド証持ってるのね~」

「はい。持っていた方が何かと便利だって、作るのを薦められたものでして」


 シェリーさんも身分証明を見せたところで、僕たちはビオレに入る許可を得た。


 町を歩くだけで人々が寄ってくるのを、シェリーさんは感心している様子。


「すごいね~。タイゾウさんって人気者なんだ~」

「まあいろいろありましたからね」


 もちろん今は背中に聖女のシェリーさんを乗せているからというのもあるだろうけど。


 少し歩いていたら、通りすがりに馴染みの二人を見かけた。


「おーい、二人とも~」

「え、この声はもしかしてタイゾーさん!?」


 ビックリした様子で振り向いた、赤い髪を頭の横で一つに結んだ女の子。リリアである。


 もちろん兄のアンリも一緒だ。


「やあ二人とも。また会えたね」

「ずいぶん早かったじゃない! また会えて嬉しいわ」


 抱きついてくるリリアに、僕も彼女の華奢な身体に長い鼻を絡ませる。


「良かったなリリア。ずっと会いたいって言ってたもんな」

「もーっ、それは言わないでよお兄ちゃーん!!」


 アンリの言葉にリリアが膨れっ面になったところで、僕たちは噴き出してしまった。


「ところでタイゾーさんが背中に乗せてるのは……」

「ああ、紹介するね。こちらはシェリーさん、聖女見習いなんだって」


 紹介しつつシェリーさんを背中から降ろすと、アンリとリリアが片膝ついて手を組み合わせる。


「「聖女様、お会いできて光栄です」」

「ちょっとやめてよ~、わたしまだ見習いなんだよ?」


 信心深そうにお祈りをするアンリとリリアに、当のシェリーさんはあたふたと困り顔。


「自己紹介が遅れました。俺はアンリ、こっちが妹のリリアです。……それで聖女シェリー様はどうしてこのビオレに?」


 アンリの問いかけに、シェリーさんは深刻そうに答える。


「それなんだけどね、蠱毒の森に異変が生じてるの」

「蠱毒の森ですって!?」

「知ってるの? リリア」


 聞きなれない言葉に僕が疑問を浮かべたら、リリアがただならない様子で説明をした。


「蠱毒の森っていったら、ここから西にある危険地帯よ!? なんでも毒虫とか蛇とかそういう有毒の魔物がひしめいてるとか……あ~ムリムリ! なんか身体がぞわぞわしちゃう!!」


 悪寒に身体を震わせるリリアに、僕も思わず共感してしまう。


 確かにそういうのがうじゃうじゃいる森なんて行きたくないぞう。


「落ち着けリリア。それでシェリーさんはその事を騎士団に報告するのですか?」

「そう。これは聖女の力だけで解決できることじゃないからね。……騎士団の駐屯所はどこにあるか教えてくれないかなぁ?」

「それは別にいいですけど……」


 そうだった、シェリーさんはたぶんこの辺りに慣れていないんだ。


 それにしてもシェリーさんに詰め寄られたアンリがちょっと照れてるように見えるけど、どうしたんだろう?


「あれ~? お兄ちゃんってばもしかしてシェリーさんに見惚れてる~?」

「そ、そんなわけないだろ!? 何を言うんだリリアは!」


 ニヤニヤする妹のリリアに茶化されて、ムキになるアンリ。


 いつも冷静なアンリもこんな顔するんだね。


「タイゾウさんまでそんなほっこりとした顔しないでくれ!」

「あ、ごめんごめん」

「とにかくっ、俺が騎士団の駐屯所まで案内するから、シェリーさんは着いてきてくださいっ」

「は~い」


 ムキになったままのアンリに案内されて、僕たちは 町の壁際にある駐屯所までやってきた。


「ここがビオレの騎士団の駐屯所です。それじゃあ俺はこれで失礼しますっ」

「ちょっとお兄ちゃん、待ってよ~!」


 アンリとリリアがこの場を去ったところで、僕はシェリーさんと一緒に駐屯所の扉を叩く。


「どうした」

「わたし見習い聖女のシェリーなのですけど、騎士団長に報告したいことがあるのです」

「せ、聖女様!? 少々お待ちくださいませっ」


 中からの声で少し待つと、いかにも高潔な騎士って感じの格好をした若い男の人が出迎えた。


「これはこれは聖女様……とタイゾウ殿」

「あ、僕のことも知ってるんですね」

「当然だ。あなたのことはこの町で知らない者はいないからな」


 まあアフリカゾウの僕は大きくてとても目立つもんね。


「それでは聖女シェリー様、こちらへ」


 シェリーさんが駐屯所の事務所らしき建物に入っていったので、僕は少しの間待機だ。


 それから少し待つとシェリーさんが出てきて、指で丸を作る。


「これで報告完了だよ。ここまでありがとね、タイゾウさん」

「いえ、僕はあなたの足になっただけです」

「やっぱり謙虚だね~」


 そうして僕はシェリーさんをビオレの教会まで送って、彼女と一旦別れた。


 後は騎士団の人たちがなんとかしてくれるよね。


 そんなことを考えながら僕は続いてバタフライ公爵の屋敷へと向かうことにした。


 貴族の区画も今や顔パスで通り抜けながら、僕が大きな屋敷の前に足を運ぶ。


 すると早速パピヨンお嬢様がピンク色のドレスの裾を少し上げながら駆けつけてきた。


「タイゾウ~~!!」


 駆けつけるなり抱きついてくるパピヨンお嬢様に、僕も鼻を絡めて歓迎する。


「ただいま、パピヨンお嬢様」

「思うたより早かったのう! どうした、わらわが恋しくなったか?」


 カカカと快活に笑うパピヨンお嬢様を見て、僕の心は和んだ。


「もしかしたらそうかもしれませんね」

「ほほう、それは嬉しいのじゃ」


 そう言って顔をすりすりするパピヨンお嬢様に、僕は目を細める。


「――お嬢様っ」


 そこへメイドのノエムさんも慌てて駆けつけてきた。


「急に外出なさるので驚きましたよ。……おや、タイゾウ様じゃないですか」

「どうも」


 僕が鼻を上げて挨拶すると、ノエムさんは合点がいったようにうなづく。


「なるほど、そういうことでしたか」

「タイゾウは大きくて目立つからの、すーぐ分かったのじゃ!」


 あはは、それはちょっと恥ずかしいぞう。


「それじゃあ僕は失礼しますね」

「えーっ、わらわはまだ遊び足りないのじゃ~!」

「お嬢様、無理をおっしゃってはいけません。タイゾウ様にもご都合があるのでしょう」

「むぅ~っ」


 あらら、パピヨンお嬢様ってばすっかり膨れっ面にになっちゃった。


 そんなこんなでパピヨンお嬢様と挨拶した僕は、この場を後にする。

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