悠遊の裸の巨人

 ──四月の下旬に行われる格闘ゲーム大会Revolution Japan……ラスベガスで行われる本家Revoの日本開催大会の地に、玲と咲は立っていた。


「今日は出ません」

「わかってるよ」

「……出てって言わないの?」

「言って欲しいの?」

「意地悪」


 今回の大会、咲は出場を見送った。玲のアドバイザーに徹する気でいる。


「事前に出るって言っててこれか」

「運営側は大変ね」


 玲は一参加者という体ではあるが、格闘ゲームファン以外にも玲や野球ファンが殺到することが予想し、その通りに会場はごった返しとなった。

 決して狭くはない会場が人で埋まっており、移動もままならない。

 玲は事前に配信で、『格ゲーの大会に出るから野球関連のことは絶対しないからね。野球選手としての俺には当日期待しないでね』と念入りに伝えていたが、それでも例年の倍の観客が来場する結果となった。


「やっぱ玲のネームバリューえっぐいな」

「なんか迷惑かけちゃってごめんねOBIさん」

「大丈夫大丈夫、格ゲーの新規を招くには良いチャンスだ」


 既存の格ゲーファンや出場者、関係各社に迷惑をかけてしまったかと気にした玲だが、この状況を好機と見ている。

 玲の出場によって世間の注目度が跳ね上がっており、ネットもテレビも東郷玲が出場する格闘ゲーム大会と大きく喧伝している。


「OBIさん、今回は俺が優勝させてもらうんで」

「言うじゃねえの。前のカジュアル大会で勝ったくらいで上をいったつもりか?」

「それを証明してみますよ」

「……すっげ」


 勝負師の眼、それを玲がしているのをOBIは感じ取った。

 休業中とはいえ現役のメジャーリーガー。纏うものは紛れもなく本物だ。

 しかしOBIもまた格闘ゲームのプロという最前線を走り続けてきた猛者。威圧に負けるわけにもいかない。

 積み重ねてきた年数と時間は、玲より遥かに多いのだ。


「他のみんなには悪いけどね。今回の大会の主役は」


 しかし、玲は確信している。根拠のない。されど自分が最も信用している感覚が、こう訴えている。


「俺だ」


 負ける訳がない、と。

 ──この大会の三日間の激闘、その結果は……東郷玲の優勝で幕を閉じることとなる。






『日本での生活、楽しそうですね玲』

『まあな』


 世間ではゴールデンウイークと言われている時期に、ニックが仕事を理由に来日してきた。

 本当に仕事を理由にして日本にやってきやがった。好きだなホント。

 で、その仕事の合間に俺と一緒に借りてる練習場でトレーニングをしている訳だが。


『いつの間に玲と仲良くなったんですか、ミスター大峪』

『練習している時に偶然ばったり会ってな。仲良くさせてもらってる』

『水と油と思ってたのに』


 俺と同じようにメジャー休止中に日本で過ごしている奨が、練習を同じくするようになっているということだ。

 一人でやるよりも、質は上がるのは確定なのは間違いないし。奨も来シーズンこそはと力をつけていっているのだ。


『おいニック。奨と俺がそんな相性悪いと思ってたのか?』

『そりゃ、ミスターは清らかな聖水の如く透き通った方と思ってますよ』

『なんだそりゃ?俺は油か』

『コールタールっすね。悪逆無道な所が特に』

『よーしニック、座れや。新型食らわせてやるよ』

『アンタまた変化球増やしたのか!?服買う感覚で変化球増やさんで下さいよ!』


 しょうがねえな、とキャッチャー装備の一式を纏うニック。そういうところ大好きだぜ。

 そして何も言わずにヘルメットを被ってバットを持っている奨に、思わず突っ込まざるを得なくなる、


「おいおいおい」

「いいでしょ。甘っちょろい球ならかっ飛ばすから」

「無理なこと言うのやめたら?」


 当たり前のようにバッターボックスに立つ奨。ったく、まあ

 ……ボールを持つ手は右。

 いつもと違うフォームをなぞる。ノーワインドからワインドアップ。上げる膝はより高く。踏み込みはいつもよりずっと深く遠く。

 姿勢は可能な限り低く。地を這うように、地面スレスレから腕を鞭のようにしならせてボールを投じる。


「……よし」


 ニックは立ち上がってボールを捕り、奨は空振っている。

 二人とも地を這うボールが直前で浮き上がって見えたはずだ。


「あ、アンダースロー……!?」

『馬鹿オブ馬鹿!遊びか!?遊びなんだな!?』

『何言ってんだ。来年はこれも織り交ぜるぞ』

『だろうと思ったよ馬鹿オブザイヤー殿堂入り!フォーム二つ織り交ぜる選手なんざいねえよ!』

『両投げの時点で大概だろ。いいから座れよ。まだあるんだ』


 アンダースローなんざただの飛び道具でしかねえんだ。球速は全然出ねえし、打者の手前で浮き上がるどうあっても打てないホップする球しか特色がねえし。

 ……本当に見せたいのは、こっち。

 フォームはさっきと同じ。ワインドアップから高く膝を上げて、より遠く深く踏み込む。

 そのまま低い姿勢から、オーバースローだ。


「……なるほど、フォームの改造か」


 奨は反応すらできずに見送っていた。ボールはど真ん中にミットに収まっている。


「球速、180km/hいってるんじゃない?人類の限界突破しちゃってるじゃん」

「ようやく最近、体が追っついたんでね。フルパワーをボールを乗せるフォームが出きる体になれたんだよ」


 ボールの投擲という動作に、ルールの範疇で可能な限りパワーを乗せるフォームを長く試行錯誤していて、最近それが叶ったのだ。

 右脚を高く上げ、I字バランスをとる。そのまま脛を後頭部に回して、両腕を後ろで交差して前に突き出した。


「この柔軟性が欲しかったんだ。野球初めて二十数年で、やっと俺は納得できる到達点に至った訳だ」

「けど、人によるだろうけど、今までの高いリリースポイントからの投球の方が打ちにくいって人もいると思うよ。そのフォームはリトルリーグの小学生かってくらいの低さからだったよ」


 従来のオーソドックスなフォームは、俺の持ち前の高身長で自然と振り下ろす球になっていたからな。それはそれとして有効に働いていただろう。

 その上このフォームは体の負担も馬鹿にならない。シーズン通して投げなきゃいけない俺としては、流石にそれは見過ごせない。

 けれどもそれをおしてでも、この新フォームを完成させなきゃいけなかった。


「ああ、大丈夫大丈夫。このフォームで投げるヤツは一人だけだから」

「え、誰?」

「篤」

「……ホントお前は」

「アイツに関しては打たれること前提なんだよ」


 正直言って、来年にやってくる篤に関しては打たれることが前提になってくる。

 俺の球を俺が打てるか。投手東郷対打者東郷という命題が評論家の間で繰り広げられているが、俺自身の答えは打率は高くはないがだ。。

 俺なら俺の球を打てるし、そしてそれは篤にも同じことが言える。

 俺と篤が対峙した瞬間に、ようやく野球になるのだ。


「強く言っておくよ、マジで催馬楽君取らないとメジャー終わるって」

「そうしろそうしろ」

『…………おい玲。篤のことミスターに言ったのか』

「やっべ」

『やっべじゃねえよ何でよりによって同じ地区のフェニックスなんだよ!もっと他があったろ!』

『いや、ほら、奨の預かりだったら大丈夫だろ。底抜けの善人だぜ俺と違って。篤のひん曲がった性根も直るだろ』

『ひん曲げたのお前じゃねえか!』

『曲げてないですー元々あんなだと思いますー』


 甲子園で調子こいた発言をしてた篤見ていると、昔の自分を見ているようで恥ずかしいんだよな。

 やれやれ、俺も昔は尖ってたのに。いつから丸くなっちゃったんかねぇ。


「奨、来年は俺もかつての甲子園スタイルで口悪くした方がいいかな」

「俺が言うのもアレだけど品行方正にしたほうがいいと思うよ」

「え、やだよ面倒臭い。そもそも俺スキャンダルらしいスキャンダルないし」

『メジャー休止させたの誰だよ』

「俺じゃねえって!」


 ホント、俺を狙ってる黒幕がいるってんならマジで恨むぞ。



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