其は探索する巨人の王なり

『……いねえなぁ』

『いないですね』


 東郷玲にとってのメジャー二年目シーズン。その中で、玲とニクソンは球団の保有する建物のオーナーに宛がわれる一室で、大量の書類に囲まれながらパソコンやタブレットの画面と睨めっこしながらいないいないとばかり呟いていた。

 探しているのは、玲の眼鏡に適う投手。玲がマウンドを預けるに値する信用・信頼を得られる可能性があるもの。

 書類段階での評価基準はただ一つ、才能のみ。現時点での能力は一切考慮に入れていない。

 ……ただ、その一点すら誰一人満足いく基準にすら届いていない。


『一通り有望そうなマイナーリーグの選手はさらってはみましたけど』

『マジでいねえのな。お前見つけられたのも奇跡だぞコレ』

『それはどうも』


 作業は行き詰まっている。有望な選手は一人として見つからず、手詰まり状態。

 シーズンを全勝し、ワールドシリーズ優勝をするだけなら玲だけでも可能だ。勝利するのは前提なのだ。

 求めているのはもっと上。そこに妥協を許したくはない。

 悩み悩み、悩み抜き……玲は覚悟を決めた。


『仕方ない』

『何がです』

『手を出したくなかった聖域に出すしかない』

『……なんですそれ?そんなものないでしょう』

『ある』


 玲が手を出したくなかった、と言い張るだけのもの。そんなものがあるのなら最初からそれに手を出せば良かったのにとにニクソンは思う。

 だが玲は近場から詰める傾向があると思い出す。自分を見つける際にも自チームの正捕手から始まり、AAA、AA、そしてシングルAと順当に下っていっていた。

 そして今も、ルーキーリーグすら含めてマイナーの全チームを一通り見た上で手を出したくない領域というものに手を出そうとしている。

 それが気になり、オフィスチェアに座ったまま玲のデスクに近づく。

 玲のタブレットから見ていた動画は……十代ティーンの、日本の野球の試合の映像だった。


甲子園Koshien?」

『知ってんのな』

『メジャーのスカウトも日本の甲子園は注目してます。今時珍しいことではないと』

『違うんだよ。んな上澄みの才能が枯れ切ったエリートなんていらない。俺が欲しいのはもっと根源的な……そう、甲子園っていう熱に狂った球児だ』

『どういうことです?』

『俺は高校で甲子園に夏で三回、春選抜二回、秋の神宮二回、公式戦と呼ばれるものは全部勝って優勝してる』

『はあ』

『そして全試合登板して全部三振して勝ってる』

『聞くまでもありませんね』

『ではここで問題。甲子園、あるいは甲子園を目指した球児たちの中に、メジャーや日本のプロを上回る選手は一人でもいたでしょうか?』

『いるわけないじゃないですかプロ舐めないで下さいよ』

不正解ブー

『はあ!?』

『甲子園舐めんな。なんだよアレは』

『は、はあ!!?』


 ニクソンは驚愕する。無敵で最強な東郷玲が、出たくないと漏らした大会。

 それが、甲子園という舞台。


『まず、どうしてアメリカの高校リーグを挙げなかったと思う?』

『日本贔屓って訳じゃないですもんね。……リーグとトーナメントの違いですか?』

『まずそこだな。一回負けたらそこでドボン。敗者復活、ルーザーズトーナメントなんて甘えたものはない、超が付く程単純明快、そして残酷な方式だよ』

『……改めて聞くと、恐ろしいですね』

『プロなら尚更だろ。次勝てばいいって思考に染まりきったらな』


 選ばれたプロ選手は、負けても次があると切り替える。それは決して、悪いことではない。

 だが青春を野球に捧げる道を選んだ球児たちは、一度負けたらそこで終わり。今しかない。勝たなければ、次がないのだ。


『身体的な能力も、技術も、経験も、そして凡そ才能も。プロに劣るのは間違いない。けどな、それでも俺は高校球児とは甲子園っつー舞台でやり合いたくない』

『そこまで言います?』

『信じるか?俺の球を打てる可能性が一番高いの、高校球児アイツらなんだぜ?』

『……冗談にしては笑えませんね』


 ニクソンの密かな……それこそまかり間違っても玲の耳には入れたくない野望が、玲の球をスタンドまで持っていくことだ。

 練習の度に打席勝負をして三振を重ねるばかりで、バットに掠ることすらできない現状では未だ夢のまた夢でしかないが、必ず叶える気でいる。

 それなのに、自分よりも遥かに力も技術も経験も劣る高校球児が、玲の球を当てる可能性が高いと言われるのは納得もいかない。


『俺の挙げられる理由は二つ、集中力と爆発力だ』

『集中力と、爆発力ですか』

『そう。どっちも負けたら終わりって状況だからこそ、後先考えないで発揮できる。常に崖っぷちだからこそ、身の丈を超えた力を発揮できるんだ』

『Hysterical strength──日本語でいう、火事場の馬鹿力というヤツですか』

『俺は、これが甲子園の魔物の正体と思ってる。まあ、実際は色んな要因があると思うけどな』


 極度の緊張状態から発揮される集中力と爆発力は、東郷玲をしても脅威と認める。

 しかし、これには大きな問題がある。


『だがこの力は期間限定。プロになったら、すぐ忘れろって言われるヤツだ』

『あー』


 次がない、という緊張感と切迫感によって引き出される限界以上の能力は、そうならない状況になったら途端になくなる。維持しようとしたとしても、プロの環境はシーズンを通して戦う力を要求されるため、必然的に体力が持たない。

 ……所詮それは、日付が変われば解けるシンデレラの魔法でしかないのだ。


『じゃあ、意味ないじゃないですか』

『いいや。それがそうでもないんだよな』

『はあ?』

『一人、その魔法を維持した23時59分59秒のまま戦っているヤツが、

『……まさか』

『俺がそうだ』


 ──東郷玲は未だに、甲子園に囚われ続けている。

 あの夏の日からずっと、時間はずっと止まったままだった。

 いつでも、いつまでも、全力で後先考えないで。だから三振とホームラン以外は考えになくて。長いシーズンはいつでも全力疾走のまま最速で走り抜いて、無尽蔵の体力で誤魔化し続けてきた。


『言ったな、俺が甲子園で勝ち続けたって』

『……ああ』

『それはつまり、負けたヤツらの絶望を一番多く見たってことだ』


 ──東郷玲と戦った同じ世代の球児たちにとって、彼は絶望に見えただろう。

 理不尽なまでに強く、そして鮮烈。ただただ勝てないと理解させられる実力差をまじまじと見せつけられただろう。

 いくつもの夢と青春を砕き、壊し、食らって、数多くの屍を築き上げたその上に立っている。玲にはその自覚があり、そして責任を感じている。


『……その人たちのために、負ける訳にはいかないってことですか』

『ざけんな。俺は俺の為だけに野球やってんだよ』

『安心しました。そんなこと抜かしていたらぶん殴ってました』

『コラ。まああれだ、俺とちゃんと戦って負けたヤツらなんだ。昔、俺は東郷と対戦したことあるんだぜ、って自慢させるくらいの夢は守らせてやりてえのよ。俺はプロで、そいつらのお陰でここに居られていて、誇りある敗者なんだからな』


 野球が勝負である以上、勝ち負けが存在する。勝者が生まれるならば敗者も生まれるのが道理ならば逆も然りで、敗者のおかげで勝者が存在できるのだ。

 らしくないことを言ったせいで、気恥ずかしくなる玲。性格悪いと自称しながらも、勝者の責務は愚直に守り続けようとしている。

 話が長くなり、タブレットに視線を戻すと……画面の中にいる、マウンドに立つ少年に、熱を感じた。

 懐かしい熱。そして今も、己の内で焦がし続ける炎と同種のもの。


『……いるじゃん、永遠のシンデレラ』

『……見つけました?』

『ああ。誰よりも目、血走ってやがる』


 ────悪い悪い魔法使い達が、更なる魔法をかけてしんぜよう。



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