其は招聘する巨人の王なり
『やあ、少年。君の口から名前を教えてくれないかな』
────目の前に出されたタブレットの画面の中に、史上最強の野球選手がいる。
その事実に驚愕と興奮が抑えきれない。
「
『では篤君、俺は東郷玲。俺のこと知ってるかな』
「勿論です」
野球の道を歩くものであれば、野球の神様とは彼である。
そして篤にとって、神とは彼のことである。
『単刀直入に聞く。ウチに来ないか』
────中学三年生、催馬楽篤にとっての、初めての人生の転機であった。
『玲』
『なんだよ、ニック』
『高校球児を招くんじゃ』
『そんなこと言ったか?』
『はい!?』
『そもそも俺が見てたの、高校の試合じゃねえぞ』
日本から遠く、この地ラスベガスに来てくれた催馬楽篤くんを招いた俺。
ラスベガスストレンジャーズのホームでの試合が控える前の時間に、篤くんを球場に招待して話をしたかった。
資金も何も全部負担したといえ、縁もゆかりもない怪しい誘いに来てくれたこと、本当に感謝している。
当初の予定は高校生を招く予定が話が違うとニクソンは言うが、高校生からじゃ遅いのだ。
「あ、あの、なにか不都合があったでしょうか」
「大丈夫大丈夫こっちの話。そういや、中体連は終わったんだっけ」
「……はい」
催馬楽篤。中学の軟式野球でポジションはピッチャー、最高球速は110km/hくらいで変化球もコントロールも際立ったものはない。一山いくらの中学生と言っても過言じゃない。バッティングも同様にさして目立つ成績を残せていない。
俺とて同じ年頃にはもう160km/h余裕で出せてたし、バンバン100m以上木製バットで飛ばせてた。まあ、比べる対象じゃないのはわかっているけども。
「結果は振るわず地区予選で敗退って聞いてる。高校でも野球をやる?」
「はい!そのつもりです!」
「才能ないのに?」
『オイ玲!』
「存じてます」
俺から才能ない、って言われても一切揺るがない。
一応、世間からは野球の神扱いされている俺に才能がないと断じられても些かの動揺が見られない。
才能の有無じゃない。やりたいからやると好んで選んで決めた、球児の眼。
この眼をしたヤツが欲しかった。
「……悪かった、才能ないって言ったのは嘘だ。試してごめんな」
そう言って、俺は頭を下げた。
俺がこんなことを言えば、普通は心を折れて野球を辞める。わかりきった上で、言ってしまったことを詫びた。
プロ選手が、球児の目標たりえる者が、どんな理由があったといえど言ってはならなかった言葉だ。
「いえ、そんな。謝らないでください!」
「……冗談でも言っちゃいけないセリフってのもあるんだよ。プロってのはそういうもんなんだ」
許しを得て、ようやく頭を上げる。
未だ成長中だろう168cmくらいの背の視線に合わせて俺は屈む。
「本題に入る。君をここ、ラスベガスに呼んだ理由だ」
「はい。なんで、俺をここに呼んだんだってずっと思ってました。俺より凄いヤツなんてそれこそいっぱいいるのに」
「だからだ。未だ目覚めてない、そして普通じゃ目覚めない才能を引き出したいから、君を選んだ」
「あるんですか、俺に、そんな才能が」
「ある。そしてこっからは俺からの頼みだ」
才能があると断言し、俺からの頼みを伝える。
「君に、俺になって欲しい」
「えっ……」
「公式戦無敗、全打席全三振、全ホームラン。これを高校で成し遂げて欲しい」
……我ながら、無茶振りを言っている自覚はある。
けど、なって貰わなきゃ困る。
俺の代わりにマウンドを任せるには、俺でなきゃ納得できないんだと自覚しているが故にだ。
「む、無理ですって!?」
「無理じゃない。いや、できなきゃおかしい」
「……その根拠はあるんですか?」
「一切外れたことがない俺の勘」
「……すげぇや」
すげえ、と言ってくれるか。血迷った戯言と切り捨てられるのが普通だってのに。
催馬楽篤には、それが出来ると直感している。根拠も何も要らない、信じ続けた勘がそう告げている。
「その後、野球留学でアメリカの高校に入って、メジャーのドラフトに申請して欲しい」
「つまり……」
「ウチに来ないか、って言ったろ。そういうことだ」
高校二年までに結果を残して、MLBのドラフト参加資格を得るために野球留学。
その後、俺たちラスベガスストレンジャーズが拾う。そういうシナリオだ。
「……え、いや、それまずくないですか?」
「何が?」
「いや、あの、プロアマ規定が……」
「篤くん、中学生だろ」
「あ、はい」
「プロアマ規定は中学生は対象外なんだよねー。それに」
「それに?」
「NPBもアマチュアも俺に喧嘩は売れねえんだなこれが。負い目あるし」
今、野球人口はこれまでにないくらいに爆発的に増えている。その功績の一端は間違いなく俺にある。野球振興に大きく貢献している俺に、アマチュアは俺に強く出れない。
そしてNPBは言わずもがな。特別殿堂の負い目がある以上、俺に煩く言ってこない。
そもそも別に何かに違反するような悪いことじゃないし、咎められる義理はない。
「……つっても、まだこれは俺の妄言止まりだ。断ってそのまま試合観戦して、ラスベガス観光して日本に帰っても構わない」
「えっ」
「普通の生活を望むのなら、絶対に乗らない方がいい。……ただし、自分の一生を野球に捧げて棒に振ってもいいと思うのなら──」
言い切る前に、篤くんは右手を差し出していた。
若さ故の勢いと暴走……それでも構わない。この道を選んで後悔しなかったと最後に思わせるのが、俺の役目だ。
「お願いします。俺を、この舞台の立ち方を教えて下さい」
「教えてやるよ、立ち方から踊る方法までな」
俺はその手を握り返し、契約は成立する。
「……といっても、あくまでこれはプラン
「え?俺はサブプランってことですか?」
「いや、篤を誘うのは変わんねえよ。俺が本当に望むプランAはな──」
催馬楽篤をメジャーリーグに誘うこと自体は一緒。篤を迎える理由は、
自チームであっても、マウンドを任せるに足る選手がいるというだけでも多少は違ってくる。
……だが欲張るのなら、こういう展開が一番良い──。
「ドラフトで別のチームが篤を獲得して、俺の後継者ではなく俺の宿敵として立ち塞がる。これが俺のプラン
そう言うと、篤のその目がさらに燃えたように見えた。
やっぱりな。強い選手と一緒のチームにいるよりも、強い選手と試合したいという欲が強いタイプだ。
そういう意味なら、俺は最強の選手だろ。
「……いいんですか、俺が抑えても」
「できるならな」
「いいんですか、俺が打っても!」
「やってみろよ。待ってる」
いい加減全三振男も十割ホームランバッターも飽き飽きしてきたところだ。
本気で勝負して、勝ったり負けたりしたい。そういうひりつく野球がしたい。
贅沢な悩みだし、メジャーの衰退がなんだかんだ理由を付けたがな。結局のところ、野球がしてえのよ俺は。
『オイコラ玲。そして後輩。先にコイツの球を打つのは、俺だ』
『お前いたのかニック。つか日本語わかるようになったのな』
『いい加減ハッ倒すぞテメェ!お陰さまでな!』
ニックも日本での仕事で日本語を覚えてきたようだな。意外とコイツ頭いいのな。
「最速で来い、篤。この頂で俺は待ってる」
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