其は遊説の巨人の王なり

 ラスベガスストレンジャーズ、地区優勝、リーグ優勝、ワールドシリーズ優勝。それが東郷玲体制の一年目の結果であった。

 チームの投手が東郷のみになった時から失点が0となり、野手陣も仕事をしたために順当に勝利を重ねてきた結果だった。

 数十年ぶりの優勝という快挙に眠らない街ラスベガスは大いに沸いたが、一方で選手たちは喜びのみに身を委ねるわけにはいかなかった。

 かつていた投手陣のニクソンに対するい〇めは、野手陣の中でも感づいていた者もいた。止めようとした者もいたし、ニクソン本人へのメンタルケアも怠らなかった。

 それが功を奏したのか野手陣はオーナーである玲の怒りに触れることはなかった。いなくなった投手陣に対しては思うところがないわけではないが、同情の余地はない。

 ……選手としても、球団に属する者としても、東郷玲という存在は畏れられる存在になっていた。

 圧倒的過ぎる実力と結果、絶対的な権力を振るうことの躊躇の無さと非情さは、神か悪魔に良く似ている。

 野球に神がいるのならその化身とは彼のことを指すだろうと、一神教圏の人間であってもそう思うようになっていた。

 祟り神という、概念がある。あらゆる天災や災害が神の怒りであると信じられ、畏れ、祀られて、荒ぶる魂を鎮めるために手厚く信仰される神。東郷玲はまさしく野球の祟り神に相違なかった。

 野球の神に対する信仰の証とは、となれば野球しかない。そしてオーナーとして当たり前だが結果を残す者を厚遇する。

 迎えるオフシーズン、ゆっくりリラックス休暇など考えられなかった。さらなる結果を得るために、荒ぶる神を鎮めるために、彼らはトレーニングをし続ける。

 ……畏れていても、玲からは目を離すことはできなかった。

 野球における究極がそこにあったのならば、野球選手である以上は目を逸らせはしないのだから。






『玲』

『ん』

『なんで俺は日本に渡らなきゃならんのですか』

仕事ビジネス

『仕事ですか』


 玲は母国、ニクソンにとっては異国である日本に渡航していた。

 ファーストクラスの席でコーヒーをたしなみながらせわしなくタブレットを操作している玲と、備え付けのモニターで映画を見ているニクソン。

 日本に行くのに否はない。ないが、単にビジネスと言われて何をするのかすら聞かされていない。


『何の仕事?というより、玲ならまだしも俺が呼ばれる理由てなんですか?』

『知らんのか、お前日本で人気あるぞ』

『……え、マジすか』

『マジ。俺も最近知った』

『へえー』

『と言う訳で、選べ。ニコイチで俺と一緒にバラエティに出るか、ニコイチで対談番組に出るか』

『あ、そこはやっぱり玲ありきなんですね』

『こっから顔を覚えてもらうってこと。で、どうする』

『どっちも……は無理?』

『仕事熱心だな』

『ウチの球団のスポンサー、日本企業が多くなってるでしょ?玲のお陰で日本人観光客も凄まじく多いし、毎試合登板してるからチケットも連日売り切れ。試合の放映権料も結構な値段になってるらしいじゃないですか』

『そこらへんは俺の嫁さんの手腕だな。俺はマジで飾り』

『敏腕じゃないですか、すっげ。まあともかく、ストレンジャーズの選手の顔をより多く覚えてもらった方が今後のことも考えると良いと思いまして』

『生意気な』

『プロですから』






 年始に放映されるスポーツ番組。過去に玲も出た、大御所芸人マサがMCを務める、東京ドームを野球盤ゲームに見立てる恒例のアレに、超豪華ゲストとしてニクソン・ケニングが出演する。

 それは大々的にコマーシャルされる予定であるが……放送当日にならないと判明しないも登場する。


『No.88、ニクソォォォン、ケニィィィング!!』


 噴出されるスモークから現れるニクソンは笑顔を見せる。人好きする顔のためか日本でも好感度は高い。

 芸人チームの助っ人外国人枠で合流し、相対する日本代表チームがまさかの大物にたじろいでいる。

 ニクソン・ケニングといえば今やメジャーを代表する大打者の一人になっている。脅威の8割バッターで、打つは走るはで快刀乱麻の活躍をし、守備に回れば捕球困難な玲の球を受けきる若きルーキーだ。

 その名前は日本にも十分に轟いている。


「ケニングデス、ヨロシク」

「ようこそ!日本へ!」

「ミスターマサ、アイタカッター!」


 抱擁を交わすケニングとマサ。ケニングの喜びようは、一人のファンボーイと大差ないものだった。

 何十年も昔に公開された野球を題材にしたハリウッド映画に出演していたマサは、一般的な日本人が思うよりもメジャーリーガーの中では知名度が高い。不朽の名作の中で人気の高いキーパーソンという役柄だったために、メジャーリーガーたちからの人気も高い。

 ニクソンもまたその映画のファンであり、マサに会えると聞いて内心緊張していた。


「やっべえケニングかよ!」

「本物!?すっげえ!」

「握手してください握手!」


 そしてニクソンに興奮して殺到する、現役の日本のプロ選手たち。本場の地で異次元の活躍をするトップ選手がやってきたことに興奮している。

 ……だがその前に、一人のスーツを着た長身の男が立ち塞がった。

 黒く大きいサングラスをした……どこかで見たことあるような大男。


「ワタクシ、通訳兼SP兼秘書ノ、、ト、イイマス。ケニングノコトハ、ワタシヲ、トオシテクダサイ」

「ええー!」

「ちょっとなんなんすか!」


 非難轟轟の通訳兼SP兼秘書を名乗るレイモンドという男はわざとらしく耳をケニングの口の方へと寄せてフムフムと頷くと。


「ケニングハ、ド下手共ト馴レアウ気ハナイトオッシャッテマス」

『はあ~~!?』


 通訳がそんなことを言って、そしてニクソンも少しは日本語がわかるためになんでそんなことを言ったのかもわかっていない。

 言ってない言ってないと、日本人的リアクションである首を横に振ったりしたが、受け入れられることはなかった。


「絶対勝つ!!」

「おおー!!」


 ゲームが開始されて、ニクソンは打席に立って余裕でヒットを量産した。ピッチングマシンの球などニクソンにとっては簡単なものに等しい。アウトゾーンの障害物を避けて狙った場所に打つなど余裕で出来てしまう。

 ニクソンが活躍する度に、そして相手チームの日本代表チームがアウトを取る度に。


「日本ノプロハ楽ソウデウラヤマシイデス」

「は?」

「コレデ給料モラッテルンデスカ?」

「はあ?」

「ヨッシャ!楽勝楽勝!相手ガ弱イオカゲデ勝テルワ!」

「はあ!?」


 レイモンドが訳をした風を装って好き勝手に喋り煽る。

 当のニクソンは言ってないと首を横に振るが、信じてもらえていない。

 ゲームの結果は煽られた日本代表チームの奮闘もあって、勝利を決める。

 ……そして恒例の土下座になるのだが……。


「申シ訳アリマセンガ、ウチノケニングニハブランディング的ニソウイッタコトハデキマセン」


 まさかの土下座拒否。率先してしようとしていたニクソンの腕を引っ張って、レイモンドがさせないようにしていた。

 ええーっと、ニクソンばかりではなく全員がそういう顔をしていた。


「カワリニワタクシノ……いや、俺の顔を立ててもらおうか」


 掛けていたサングラスを外してレイモンドの正体……東郷玲が顔を露にする。

 放映時には入場曲であるヴェルディのレクイエムが流れている。

 日本プロ野球の伝説、そして今ではメジャー球団ラスベガスストレンジャーズのオーナーにして選手である玲。

 そしてこの場にいる日本代表チームの全員が、玲に負かされている上にトラウマ同然となっている。


「玲!お前出禁だって!!」

「マサさん、出禁解除してくださいよ。俺が入って大丈夫そうな点差じゃないですか」

「仕方ないなぁ……出禁解除!」

「やった!」

『ええ~~!!』


 延長戦、点差はそのままに東郷玲飛び入り参加が認められた。

 着ていたスーツを破り捨て、その下からラスベガスストレンジャーズのユニフォームが露になった。

 最初からそうする気満々な演出に日本代表チームも苦笑いを隠せない。


「楽勝」

「HA!」


 試合再開、打線爆発で点差は逆転。玲とニクソンが本気になれば、ホームランを量産するのは容易いことであった。

 攻守交替をしようとした時、玲は日本代表チームに話を持ち掛けてきて──。


「お前ら、俺と勝負する度胸ある?」

「あ?」

「どうせメジャーにも来れねえ半端者なんだから、俺と勝負する機会もないもんな。いや、したくないから来ないのかな。悪い、野暮なこと聞いた」

「や」

「まあ、でも?プロとしてのプライドがあればねえ?普通、受けるよなあ?」

「やったろうじゃねえかああ!!」


 プライドを刺激した挑発によって、急遽、成立した東郷玲VS日本代表チーム戦。ピッチングマシンは撤去、投手用のL型ネットがアウトゾーン代わりに設置され、マスクをニクソンが被ることに。

 球種、球速はピッチングマシンのものと同じにしようと玲は決めた。


「マサさーん、球種決めてくださーい。予告しますんで」

「なにいい!?」

「大丈夫ですって、打たれませんから」

「じゃあ、スプリット!」

「はーい、スプリットいきまーす」


 目の前で球種を宣言されて、一球見逃すと……その通り、スプリット。ワンストライク。


「次どうします?」

「じゃあ……ストレート!」

「ストレートいきまーす」


 そして玲から投じられる明らかに球速の速い球……宣言通りのストレートにバットを振るが、球に当たらず空を切る。

 馬鹿な、と愕然とする。球種がわかっているにも関わらず打てない球などとあり得ないと動揺が走る。


「最後、どうしますか」

「チェンジアップ!」

「チェンジアップいきまーす」


 そして動揺はバッティングに確実に影響し……明らかなチェンジアップの軌道を疑い、カーブ狙いで振ってしまい空振り。スリーストライク、アウト。

 球種、球速、どれもがピッチングマシンのそれと同じであった。

 けれども生きた球、東郷玲が投げる球になった途端に打てる気がまるでしなくなってしまう。

 その後もマサの指示と玲の宣言通りに投球されて……三者三振、ゲームセットとなった。


「東郷、お前やっぱ出禁!」

「ええー!?」


 ……そして最後はやはり、出禁処分にされるのであった。



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