其は酷薄の巨人の王なり
『──ストライク、バッターアウト!』
「チッ」
本日の試合、ラスベガスストレンジャーズ敗北。その結果に玲は舌打ちをして悪態を隠さない。
メジャーリーグはDH制を採用し、今日は指名打者として出場していた玲だが全ての打席で申告敬遠。十割ホームランバッターには、いかにメジャーといえど対処方法は日本と変わらなかった。
たった一月で選手としての東郷玲の名前は全米に轟き響いた。元より名は通っていたが、メジャーでも圧倒する存在だと証明されたのであった。
投げれば必ず三振。打てば必ずホームラン。そんな選手がいるのなら、好きになるに決まっている。
派手で分かりやすいのが好きなアメリカ人の国民性も相まって、ラスベガスストレンジャーズの球団人気、ひいてはMLB人気はこれ以上なく上昇していっている。
当然、玲を目的に球場に集まるファンも多いのだが……このごろ打席に立てば敬遠ばかり。
そんなことをすれば相手チームにブーイングが殺到するが、どこ吹く風だ。今日、ファンは玲がホームランを打つのをファンたちは見に来ているのだ。歩かされるところを見るためではない。
そしてそんな上でチームが負ける状況がいつまでも続いてしまえばファンは離れてしまう。試合に勝つための戦術の範疇を超えて、興行的にも影響が出てしまう。
お飾りとはいえ玲はオーナーの立場。球団のことを考えなければならないし、現場に立つ立場からしかできないこともある。
……テコ入れは、今の内にしなければ間に合わない。そう考えた玲は行動に移した。
「咲?うん、俺。忙しいところ悪いね。記者会見開くから手配お願い。内容?決まってんでしょ──特大セール大安売り」
──今なら大特価、出血大サービス。
『お前ら、俺言ったよなシーズン前に。なんだったら全員クビにしてえってな』
試合後のミーティングに、投手陣を集めて俺はそう言い放った。
どいつもこいつも、全員俺よりド下手の分際で。一丁前にメジャーリーガー名乗ってやがる現状に虫唾が走って仕方ない。
『するか?今』
『お、お言葉ですがオーナー。自分たちが抜けてしまったらこれからどうするつもりで』
『全試合俺が投げる』
『そ、そんなことができるわけがっ──』
『やったが、何か?』
全試合先発出場は既に通った道だ。可能ならやりたくはなかったが、それ以上に我慢がきかない。
そしてコイツらも、俺が日本で何やってたかを知っている。俺に叩きのめされる前までは俺に興味も持たなかったコイツらだが、必要に迫られて知っていき、日に日に顔を青くしていた。今出している成績も相まって、人間を見る眼を誰もがしていない。ウォーリアーズ時代を思い出すよ、その視線は。
『俺がいる以上、このチームで価値が低い選手は俺以外の投手だ。実際のところダブルヘッダーを一月やっても俺は苦でもなんでもねえ。これは経験から得た確かな実感だ。俺の体は構造からして違うからな。壊れようにも壊れない』
『化物……』
『そう。体が化物な俺はせめて心までも化物にしないよう慈悲を見せてきたわけだが……悉くを無碍にしてきたからなお前ら』
『な、何を……私たちが何の信頼を裏切ったと!』
『そうですよ!去年よりの今頃よりも勝ちは多く……』
『点取られて今日負けたじゃねえか』
『…………は?』
『は?じゃねえよ。去年より勝ってる?勝率は高い?負けてんだろうが舐めてんのか』
俺がいるチームを他のチームと一緒にするな比べんな。俺のチームは俺がいて、他のチームは俺がいない。この差は天地ほどに違うのはスタジアムに応援に来てくれた小さな子供のファンでもわかっている。
この最初の一ヶ月、一応オーナーらしくウチのチームの選手たちを信じてみようとしてみたはいいんだけどもね。もう、無理。限界。
勝ち星が多いのは俺が入ったから。勝率が高いのも俺が入ったから。そんなものは当たり前なんだよ。
その当たり前を、さも自分の手柄のように誇る言ってのける精神が理解できない。
点を取られて、負ける試合があってもしょうがないと考えている思考回路に反吐が出る。
『このチームに、負けて良い試合なんざねえよ』
『常に勝ち続けるなんて、そんな不可能』
『俺はやったが?』
『────っっ!』
『繰り返すが、お前らが今ここにいるのは俺の慈悲だ。この一ヶ月で、それももう品切れだ。自覚しろ、お前ら今崖っぷちにいるんだぞ』
なんだったら今すぐ崖から蹴落としたい。
こいつら全員マイナーに落とすなり他球団に売り払うなりして、残った枠を使える打者に当てて全試合俺が投げた方が、絶対に勝てて一番楽なんだ。
『知ってるよな。俺が日本で全試合先発して、全部三振にして、全部勝ったの。やろうと思えばここでもできるんだ。けどな、それやったらどうなると思う?』
『えっと……』
『メジャーリーグが死ぬぞ。俺が殺すはめになる。一年、二年くらいなら持つだろうさ。五年十年、と経ったらどうなる?代わり映えしない内容で毎度毎度、永遠に勝ち続けるチームがあるってのは、相当つまんねえだろうが。いずれメジャー全体に波及して衰退すんのも時間の問題だ。俺の衰えを期待すんなよ。80超えても変わらず現役張れるってスポーツ医学者のお墨付きだ。じゃあ日本みたいに特別殿堂入りさせて俺を追い出すか?世界最高が集まるこのメジャーリーグで?』
俺はもうここを追い出されたらどこにも行き場はないし、メジャーリーグも俺を追い出せない。それをやったら世界最高という看板を下ろさなければならない。
なあ、おい。理解したかこのボンクラ共が。
『メジャーを終わらせたくなかったら、点取られんな。負けんな。テメェらの進退だけじゃねえぞ、メジャーそのものの進退がかかってると思え』
『そんな、そんなこと……オーナーがやらなければいい話で』
『なんで俺がお前らド下手共に配慮しなきゃいけねえんだよ。俺、負けんの嫌いなんだよ』
チームを勝たせてファン盛り上げるのがプロの仕事だろうが。なんでド下手共のせいで俺まで負けを享受しなきゃいけねえんだよ。
そして誰よりも仕事ができんのは俺だろうが。つまりお前らド下手共は格下だろうが。生意気言ってんじゃねえよ。
チームが負けたら、試合に出ていなくても所属している俺まで下に見られる。それが俺は我慢ならねえ。
『これから記者会見で、お前らが負けたら今シーズン二度と使わないと発表する。他球団が欲しいんだったら格安で売っ払う。ローテの穴は俺が登板するって形でな』
『そんな!』
『あんまりです!』
『なら点取られるな。それだけだ』
チームに居続けたいのなら負けるな。簡単な話だろうが。俺みたいに勝ち方を考える必要はないんだから難しくねえってのに。
このラスベガスストレンジャーズは他のチームと違うということを、その背に背負っているものを自覚しろ。
──────────────────────────────────────
★、フォロー、レビュー、応援、コメント、お待ちしております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます