其は婚礼する巨人王なり
「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、お互いを敬い慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
────東郷玲、東郷咲の結婚式の一幕。
「二度とやらん、かったりい」
「安心して、二度目はないわ」
「そりゃそうだ、ハハ」
玲と咲の結婚式は予定していた通り家族だけを招き、結局実家の近場の披露宴会場を借りて慎ましく行われた。
海外のどこへでも。それこそ地盤を築いたラスベガスでなら市を挙げたもので盛大に開くことも可能だっただろうが、気が知れた人たちの間で手軽なものが二人にとって良かった。
大病院の院長の咲の祖父が、地元の中でも有力者であったことから口の堅い人間のスタッフだけを集められて結婚式の準備を進められたことが何よりも大きかった。
万が一、球団やマスコミ、最悪ラスベガス市や地元の市に知られていたら静かに慎ましくなんてことは不可能だったに違いない。
そして今、地元の食事処の座敷を借りて家族だけの食事会が行われている。
「ねーえー、玲くーん、近くに良い男いないー?」
「義姉さん」
酒の飲めない玲に既に酔っぱらって絡んでくるのは咲の姉、
結婚願望がそこそこ強いが、多忙な医師の仕事ゆえに出会いが少ない。学生時代に勉強ばかりしていないで恋の一つでもしておけば良かったと後悔していた。
挙句、妹に先を越される始末。それに華は危機感を覚えて、手段を選ばずに義弟のコネでもなんでも使う気でいた。
「いい男か……」
ふむ、と玲は考える。
そして真っ先に浮かんだのが──。
「ニックとかどうよ」
「あらニック。いいじゃない」
玲の中で今一番身近な男の名前を挙げると、咲も賛同。彼なら自分の義兄になるのも歓迎できる。
しかし愛称で呼ばれても誰のことかわからない華は、誰のことか聞く。
「え、誰?」
『ニクソン・ケニング』
「超大物!?」
野球に疎い華でも知っている今話題の超ビッグネームが玲と咲の口から揃って出てきた。日本人メジャーリーガーを除けば、日本で一番有名な選手だ。
華は驚いたがそれはそうだと納得。その超大物捕手に球を投げているのが玲なのだから。そして今しなだれかかっているこの男はそれ以上の大物なのだから。そう自分で気づいて反射的に玲から離れて一気に酔いが覚めた。知った仲とはいえ新郎にこんなことをしてる時点で、既にアウトだ。
「そうよ、結婚式をパパっとやっちゃって勘違いしてたけど、情報が洩れてたらテレビがいくつも入って当たり前な超豪華な式にさせられてたのよ。それくらいの大人物だったわウチの義弟と妹は」
「面倒臭いだけだって」
「そうね。これくらいが身の丈に合ってるわ」
「……ある意味、これが一番贅沢な式なのかもね」
世界中に知られた男の結婚式が家族以外の誰にも知られず、小さく慎ましく静かにひっそりと行われる。
これもまた贅沢に違いないと、華は納得した。
「でよ、ニック紹介する?」
「え、マジで言ってる?」
「マジマジ。なんなら今アイツ東京いるからワンコールで召喚できる」
「お仕事中じゃないの?」
「スケジュール決めてるの、俺たち」
「わぁ……」
ニクソンは現在、オフシーズンの日本営業で長期滞在中。今ではすっかり日本の生活を気に入り、なじみ切っている。
あまりに気に入り過ぎてポツリと『日本のプロになろうかな』とうっかり玲の前で呟き『出禁食らってる俺の前でよくもまあそんなこと言えたな』と雷が落ちることとなった。
「どうする?呼ぼうと思えば今呼べるよ」
「いや~、流石に結婚式の直後よ。二人の祝福に徹するわ」
「幸せのおすそ分けってのもあるぜ」
「嬉しいけど、今日は気持ちだけ受け取っておく」
出来の良い自慢の妹とその妹が懸想し続けてきた弟分がようやくくっついたのだから、自分のことは後回しでいい。二人の前では良い姉でありたいと思う華だった。
温かい身内に恵まれた、と玲も咲もつくづく思う。金や立場よりずっと、こちらの方が遥かに貴重な財産に思う。
「……夫婦のことだから言いたくないなら言わなくてもいいんだけどさ」
「うん」
「子供どうするの?」
「子供か……」
子供、と聞いて父母、そして祖父母の会話が一斉に止まる。
孫、そしてひ孫。生まれたら甘やかしたい欲が駄々洩れになっているのが玲と咲の夫婦も感じ取れる。
これは華を通して父母祖父母たちが聞いてきた質問だなと、瞬時に悟った。
「今はいいかな。俺も咲も忙しいし、楽しいし」
「だって、みんな」
『えー』
「えーじゃないが」
残念がる親たちにどれだけ孫が欲しいんだよと思う玲。
やはり年を取って孫ができると甘やかせずにはをいられない衝動というものがあるのだろうか。
「有り余る老後の貯金の使い道に困るんでしょ。お父さん達高給取りなんだし」
「ああ、そういうことか」
孫へ貯まる一方のお金を使いたいという欲求があるのかと、玲は納得する。二人の父も母も、そして祖父母も、自分が贅沢をしたいという欲求はあまりなかった。精々が華の医学部進学と咲の海外留学や会社設立の元手(利子付きで返済済み)、玲の日々の食事代くらいが大きな出費と言えたくらいで、収入に見合う消費と言えるかは疑問だった。
この結婚式も、もっと盛大に開かないのか、お金なら出すぞと言うくらいであった。静かに式をしたいというのも理解できるが、質素過ぎるのもまた父母たちには困りものであったのだ。
「それアンタたちが言う?」
父たちは医者、祖父は大病院の院長と高給取りと言えるだけの収入を得ているが、玲はメジャーリーガーで球団とホテルのオーナー、咲はいくつもの会社の役員を兼ねている上に球団とホテルの実質的支配者。倍どころではなく、桁が違う。
「俺、メジャーの選手としての収入はないぞ」
『…………え?』
「オーナーなんでね。ゼロだよゼロ」
「いやいやいやないないない、それはない」
玲の選手としての報酬ゼロ発言に、ツッコミをいれないわけにはいかない。
華は野球に詳しいわけではない。だが、この義弟がどれだけとんでもないことをしているかくらいは把握している。
テレビでも、オーナーでもある彼は自分のプレーにどれだけの値段をつけるのか、という話題があるくらいだ。
何十億か何百億か、どれだけの年俸になるのか野球評論家の多くが予想している。
「俺の選手としての値段をつけるってことは、それが野球選手の上限になっちゃうんだよ。オーナーじゃないと無理だねコレ」
「それ、あり?」
「あり。言うじゃん、タダより高いものはないって」
「それ、そういう意味じゃないと思う……」
「まあでも。特別殿堂の年金は出てるし、それ以外にも収入はあるし。別に困っちゃいないよ。全部咲に預けてるけど」
「信頼されてるねー咲」
「されすぎるのも考え物だけどね」
「というわけで未来のおじいちゃんおばあちゃんたち、甘やかす余地なさそうよ」
華がそう言うと父母祖父母から『横暴だー』や『お孫ちゃんを甘やかさせろー』や『早く孫に会わせてくれー』などなど、抗議の声が上がってくる。
それを玲と咲は、笑って聞き流していた。
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