その遊興を誰よりも心ゆくままに

 ──年始に放映される恒例のスポーツ番組に、俺はお呼ばれされていた。あの大御所芸人がMCを務める例のアレだ。

 ウチの本拠地ドームを借り切って、昔ながらの野球盤をリアルで再現するアレにとして呼ばれていた。

 その年の活躍した選手がオファーされる傾向があったが、俺は例外と思ってたからある種予想外だった。

 俺はを条件に番組のオファーを受けた。一応、アウトにならない選手であることを売りにしてるんでね。バラエティでもブランディングは守らせて貰うってね。

 プロ側で出てるのは、今年日本一取ったチームであるウチ、ウォーリアーズから四人。

 西東栄治さいとう えいじ。三塁手。主に三番を打ってた高卒の22歳。足と選球眼に自信あり。

 鵜飼翔うがい しょう。遊撃手。主に二番に位置した23歳。俺が入る前までは一番を張ってた俊足。

 戸倉大志とくら たいし 。左翼手。不動の四番の25歳。俺を除けばチームで一番ホームラン打ってた大砲。

 引佐良いなさ りょう。34歳の捕手。打って走れる捕手だが俺がいる都合上九番を張ってた、チームの正捕手で俺の

 俺はなんで、俺がここにいると知られているのは一部のみ。マジのサプライズゲストなわけだ。

 つーわけで、俺の出番は番組の後半。恒例の土下座後だ。

 今回土下座をしたのは芸人チーム。土下座して泣きの延長を頼み、ウチの連中に大御所芸人のマサさんが一通り弄られてこの野郎と睨むアレ。ガキの頃にテレビの中で見たアレの中に、これから俺が入るのはちょっとまだ現実感がない。

 ……さて、そろそろ出番か。


「こ~なったら最終兵器だ、出てこい!」


 ──ヴェルディのレクイエム“怒りの日”の冒頭。クラシックの有名な曲で俺が試合でも入場BGMとして使っている曲だ。

 それが耳に入った途端、ウォーリアーズの面々が肩をビクつかせたのが見なくてもわかる。


No.89ナンバーエイティナイン、レェェェイ、トォゥゥゴォォ』


 噴出するスモークを割って、ベンチから伸びるレッドカーペットから入場。

 そして俺の顔を見た瞬間、俺が出演することを知らない出演者やスタッフが歓声と悲鳴が湧いて出た。


「どうも、東郷玲です」


 カメラ目線で、イケメンスマイル。これでテレビの向こうの視聴者の女の子、八割は恋に落ちたな。

 そしてそのまま、マサさん率いる芸人チームに合流する。

 芸人チームはもう勝ったかのような喜びようで、俺を歓迎してくれる。そりゃこのゲームに俺が出たら点入るのは確定しているようなものだしな。

 同僚プロ連中は引佐イナ以外は知らされていないサプライズ。だから演技抜きに若手三人はマサさんに寄って、内緒話をする。


「何、何?」

「マサさん、マサさん、アレは駄目です。マジで駄目です」

「シャレになってないっす」

「ガチでヤバいっす、バラエティで真剣シュートは駄目ですって」


 ブンブンと首を横に振る上位打線三人衆。

 確かに。俺の力を一番近く見ている奴っつったらあの三人だ。


「え、ビビってんの?」


 俺がそう言うと、三人の頭が俺の方へと振り向いた。


「大丈夫だって俺は投げないから。怖くない怖くない」

「……や」

「ん?」

『やってやろうじゃねえかあ!』


 挑発に乗るヤツらを見て、俺はケラケラ笑う。

 野球選手なんてプライドの生き物だ。俺にボキボキにへし折られようとも根幹は変わらないし、ビビってるなんて言われて黙ってられるわけがない。

 ゲームが再開し、攻撃は芸人チームから。延長初回から俺へと打順が回って、一死二三塁。


「マサさん、遠慮しなくていいっすよね」

「遠慮すんな、ブチかませ!」

「Yes, Boss」


 打席に立ち、構える。

 ピッチングマシンで俺を抑えるのは不可能なのは向こうもわかっている。

 ……だからまあ、どう見てもストレートの最大球速が140km/hのはずが150km/h出てるのは大目に見てやろう。

 遠慮なく、看板にぶち当ててあげましょう。テレビだしね、宣伝も大事。

 看板直撃弾を高視聴率の特番でやってやるんだ。スポンサーも大喜びだろ。

 ダイアモンドを一周し、ハイタッチで迎えて来る皆に応える。


「I Play to Win!」

「パクんな(笑)」

「へへ」

「でもお前なら許す!」

「やった!」


 その後も攻撃は続き、二死満塁の場面で再び俺の打席。

 バッターボックスに向かえば、ピッチングマシン裏にいたプロチームがぞろぞろと出てきた。


「東郷、先輩命令や。左で打て」

「……いいでしょう、


 ベンチからは『言うねえ~』と聞こえた。

 言われた通りに左打席に立ち……明らかに140km/h超えてるスプリットがきたけど悠々打ち返して電光掲示板に叩き込む。


「すいませーん、俺両打ちなんです。言ってませんでした?」

『聞いてねえよ!?』


 駄目だなぁ、シーズンで右でしか打ってないからって左で打てないって思い込むなんて。

 で、俺の次でアウトを取ってチェンジ。攻守交替。


「東郷、お前ならどう攻める?」

「……こっち使いましょう」


 ここにいるのは球界最高峰のピッチャー、すなわち東郷玲おれだ。限られた球種で勝つ方法も、当然熟知している。

 俺が指さしたのは対プロ用の球種ではなく、芸人チーム用の球種。球種が少なく、球速も遅いやつだ。

 そう言った途端に全員が『ええ!?』みたいな顔と声が漏れた。

 ……あとは、これが無ければ始まらない。

 

「先輩、はいこれ」

「……なんだこれは」


 この回の先頭打者の鵜飼に俺が持ってきた物……金属バットを渡す。芸人チームののハンデを埋めるための物だが、それをプロチームに渡せばとんでもないパワーになるのは目に見えている。


「使ってください、。俺、ちゃんと先輩達を立ててあげたいんですよ」

「覚えとけよテメェ」

「はい♪」


 そして俺はスキップしながらピッチングマシン裏のネットに戻る。

 こういうのが許されてるバラエティ、最高に楽しいわ。


「お前大丈夫かよぉ!?」

「大丈夫ですって、三球で終わりますから。カーブお願いします」


 そしてピッチングマシンから投じられる90km/hのカーブは……俺の予想通り、アッパースイングでボールの上を叩いてボッテボテのゴロ玉がピッチングマシン前のネットに当たり、アウト判定。


「ね?」

「お、おお」

「じゃ、次。ストレートお願いします」


 次の西東も初球から打ってくる。110km/hのストレートをライナー気味の良い打球で普通なら単打だったかもしれないが、これは野球盤。打球の進行方向にアウト判定のネットに阻まれてアウト。


「じゃ、最後。チェンジアップお願いします」


 最後の打者戸張も、高く高く打球を打ち上げて、アウト。

 これにてゲームセット、お疲れ様でした。


「言ったでしょ、三球で終わるって」


 と、にこやかにチームメイトたちに微笑んだ。

 ……あれ、どうしたんですか。そんな化物を見たように怯えて。


「我々の勝利です!……と言いたいけど、やべえなコイツ」

「そうそう」

「ヤバいんです!」

「わかってくれましたか!」

「えー」


 締めの挨拶でマサさんら芸人たちからもヤバいヤツ扱いに笑ってしまう。


「そりゃ失望するとか言うよ。お前が正しい」

「じゃあ、来年も呼んでくださいよマサさん」

「ごめん、出禁!」

「そんなー!」


 マサさん直々の出禁宣告に俺はうなだれる。

 ──ここで、カット。

 年始に放映された際の最高視聴率は俺の登場シーンと左でのホームラン。SNSの反響も大きく、東郷玲おれの名前や東郷出禁がトレンドに入っていたそう。

 そしてホームランで当てた看板のスポンサーから臨時収入ボーナスが入った。

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