その声は誰よりも大きく

 ────一年目ルーキーイヤー終了。

 東京ウォーリアーズはリーグ優勝、日本一を達成。

 俺もまあ……個人タイトルは獲らせてもらった。

 だが正直、終わった結果にあんまり興味がない。

 というか、あんなしょうもない奴らを相手にして得た賞なんて誇れるものでもない。

 勝って当然、当たり前。俺と他の選手との差はそれくらいある。

 そんなことは最初からわかりきっていた。問題なのは、俺に対する調子が来年以降も続くんじゃないかということ。

 俺が打席に立てば敬遠敬遠……マウンドに立てば打者も無気力。やる気あんのかと。

 これじゃあ盛り上がるものも盛り上がらない。

 


「……仕方ない」


 面倒くさいしやりたくないが、やるか。

 連絡手段にしか使わないスマートフォンを手に取り、押し付けられた名刺の中から使えそうなやつを一枚探し出して決める。

 全国ネットのテレビ局のプロデューサー……その電話番号にかける。


「もしもし、東郷です。はい、ウォーリアーズの東郷玲です。以前仰っていたお話、まだ大丈夫でしょうか──」


 ……たまには頭空っぽにして、派手に踊ろうか。






 某日、朝の情報ニュース番組の生放送ライブにて、東郷玲おれの特集企画に俺が出演するという情報は瞬く間に広まった。

 それも元プロのジジイのコメンテイターがご意見番となってくっそしょうもない古い価値観で好き勝手にぺちゃくちゃ喋る、あの番組だ。

 で、あのジジイは俺のことをまあボロックソに言いたい放題していたという。

 普段テレビも見ないしSNSも使わない俺にしてみれば全然知らなかったことだし、興味もなかった。

 どっかの記者がSNSで炎上したあのジジイの発言に俺の意見を求めてきてやっと知ったくらいだ。

 なんだっけ……確か『どんなに活躍しようが礼儀も知らんヤツに何も言うことはない!コイツもコイツを止められん連中も等しく情けない!』だっけか。

 それで対立煽りをさせたい番組プロデューサーが俺に名刺を押し付けてきて、今日この日に特別対談企画が組まれたと。

 ……俺としてはこの現状を一変させるための丁度いい拡声器スピーカーがこれというわけだ。


「それでは特別ゲスト、東郷選手です」


 俺がメディア露出するのはそれほど多くはない。大体が球場の出待ちの記者からだ。

 若すぎるビッグマウスの空前絶後の成績を残した新人選手、というだけで活躍度合いからして俺の明かされている素性プライベートは驚くほど少ない。野球に関係ない余計な質問は無視してきたし、そういう風にイメージ戦略をしたんだが。

 だからまあ、俺の世間の評価は強すぎる謎のベールに包まれた野球選手ってのになるらしい。一部界隈ではゲームの世界から出てきたチート選手だとか、野球星からやってきた野球星人だとかの与太話を、割とマジで言っているとか。


「どうも」

「東郷選手、来てくださってありがとうございます」

「いえいえ」


 放送が始まったんだが、まあこの空気……バッチバチだ。

 番組開始前に楽屋挨拶を行ったんだが、あえてあのジジイのとこだけ行かなかった。

 曰く、礼儀知らずらしいんでね。そうしてやった方が喜ぶでしょ。


「今年の東郷選手の成績なんですが……なんというか、凄いとしかいいようがないですね……」


 パネルにある俺の今年の成績は、確かに他の選手とは一線を画している。

 今までの野球を知る者であれば現実味がない、と言われてしまいそうな数字の数々。


「応援してくれているファンの皆様のおかげ……でもあるんですが」

「というと」

「失望していない、とは言えませんね」


 一人も投げた球を前へと飛ばせない。一人も打った球をグラブに納められない。

 そんなプロ野球に、俺は確かに失望している。


「……生意気な」


 ジジイが、怒り心頭でポツリと零し、それが俺の耳が拾う。

 ゴングはこれということでいいな。


「ええ。生意気な、まだ新人の19の小僧に誰もどうすることもできなかったんです」

「プロを侮辱するのもいい加減に」

「であれば、俺を討ち取る投手を。打ち崩す打者を。フィールドに連れてきていただけませんか?ああ、あなたでもいいですよ。往年の名打者でしょあなた」

「……は、はあ?」

「現役かどうかは関係ない。、俺が立ったマウンドの前で、バッターボックスに立つ度胸があんのかって聞いてんだが?」

「そ、そんなのできるわけが」

「何故?年齢か?病気か?関係あるか。現役の頃の力が出ない?知るか。無様と恥を晒す?どうでもいい。俺はな、


 パネル見ろよ、プロフィール欄の俺の尊敬する選手の名前。全員逝去してるぜ。

 プロである以上、敬意はあってもライバルに尊敬はあっちゃいけない。死んだ選手だけが尊敬してもいい選手だ。

 席を立って、土足のままテーブルの上に立つ。そして対面に座るジジイの前まで歩く。

 誰も止めない、止められない、動けない。俺が本気でブチ切れて、スタジオにいる全員が恐怖で竦んでいる。

 そしてジジイの眼前でしゃがんで、じっと睨む。


「やろうぜ野球。何打席だって付き合ってやるよ」

「で、できるわけが」

「じゃあ俺にモノ言うんじゃねえぞ腰抜け。俺が負かした奴らも同様にな。力は弱かったが俺とやりあって、ちゃんと負けたんだ。すげえよ。逃げた鈴原も、辞めた監督らも、最後は腹を切った責任をとった。立派だ。逃げた奴らも勝負の場には立った。そこに立ちすらしねえ口ばっか垂れるテメェとは比較すんのも烏滸がましいわ」


 勝負の場にすら立たない、立つ度胸もない奴に、どうこう言われる筋合いはねえ。

 それはテレビの向こうにいるお前らにも言ってるんだぞ。わかってるか?


「いいな?」

「え」

「いいなっつったんだが?」

「は、はい」

「よし」


 了承を得られたのを確認して、元いた席に戻る。

 そこでようやく、スタジオの全員が我に返る。


「と、東郷選手……」

「ほら、進行。質問あります?答えられる範囲ならなんでも答えますよ」


 そして、恙なく番組は終了した。

 ……まあ、案の定、世間の反応は大炎上だったけどね。

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